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第四話 経路運搬宇宙船ドリームランド号

 地球からはくちょう座の方向に約450光年。

 恒星アルビレオを公転するある惑星の地表に一隻の船があった。


 だが、仮にその船の傍を何者かが通過したとしても……。たとえ肉眼で視認可能な距離まで近づいたとしても、船だと気づくものは少ない。

 明らかに人工物な外見に興味を持ち、近づいたとしても。その中に生物が潜んでいる可能性を唱えた者は失笑を買い、夢見る坊やとしてしばらく笑いの種になるのは必定だ。


 大きな太い棒に螺旋状に針金、もしくは細い鉄板を巻いた用途不明の何か。

 経路運搬宇宙船ドリームランド号はそんな船だった。


 その大きな廃棄物の中では、真空に面している外側とは別種の静寂が場を支配している。


 船内は船員の悲しみを写し取ったように薄暗い。

 天井にある照明は故意に落とされ、赤暗い明かりを放つ非常灯が代わりに照らしていた。


 船内の一区画……。

 主に地球からの物資を受け取るための転送装置と[人間]を輸送するためのコールドスリープ装置が置かれている場所と同区画。

 その一室に普段は余分となった資材が置かれ、倉庫として使用されている部屋に五つの人影があった。


 一列に並ぶ若い男女五人の前には、板切れや鉄板をなんとかその形に収めたというような不格好な閉じられた棺八つ。同じく不格好ながら、蓋をされておらず空洞を晒しているものが一つ。そして簡素なベッドが一台。

 それぞれにベルトが巻きつけられ、床と固定化され。不意に自然または人工の重力が消失したとしても、動き出さないように守られている。

 ベッドは金属特有の光沢を残した骨組みに布を貼り付けてるだけの簡易的なものが使われていた。


 八つの棺は並ぶ男女から向かって奥側に横二列、空の棺とベッドは向かって右の壁際に置かれている。


 ベッドの上には若い青年が身を横たえていた。

 目にかからない程度に刈られた黒い頭髪に、平坦な鼻――並んでいる者と比べたらだが。目は閉じられ、口は人工呼吸器に繋がれ、肺を機械的に動かされている。

 人工呼吸器の下部から伸びる絶縁性の皮膜に覆われた黒いコードはメーターがついた赤い箱……電圧変換器を経由し、壁の中程から垂れ下がっているプラグと繋がっていた。


 列からひとり。長い銀髪を後ろに束ねている男性が抜け出ると、ベッドに寝ている男性の横を通り過ぎ、整然と並べられている八つの棺の前へ。

 棺をひとつずつ丁寧な仕草で触れながら語り始めた。


「グニー。責任感が強く頼りにされていた、あちらにいってもみんなのことを頼むよ。アポリーヌ。宇宙遊泳士への配置換えを望んでいた、君の背丈に合う宇宙服があれば叶えられていたのに。マモル、足が早く、良くイタズラをしてみんなを困らせていた。……程々にしておくんだよ。テーオ……ッ」


 語るごとに声が小さく、震えを含みだしていた男性の動きが止まると。

 棺に触れていた指から血が滴り落ちていた。

 触れていた部分には小さいが鋭利な金属片が鈍い光を反射していた。


「……テーオフィール。君はよく僕に苦言を呈していたな……感謝する。ガルデル。絵が上手く、物資に乏しい船の中でも絵への情熱を失わなかった。僕は、その絵が完成するのを楽しみに待っていたんだよ。残念だ。シン。物静かな男だった、しかし君のことを気にかけてない仲間はいなかったことを知っていたかな。キャリー。優しい子だった、優しすぎて自分を苦しめる悪癖は死ぬまで治らなかった。イーニア。キャリーは君のことが好きだったんだ。だから君を助けようとして死んだことを責めるのは止めなさい。これは最後の命令だ。そして……カイ」


 銀髪を束ねた男性は、空の棺……そしてベッドに固く目を移す。

 しかし、言葉が続くことはなかった。

 数秒、短く瞳を閉じると四人へと視線の行き先を変える。


 並んでいる幾人かの目は濡れ、幾人からは流れ落ちていた。


「……九人の同胞たちは任務に忠実に生き、そして死んだ。

棺の中には五体満足な者もいれば一部欠損してる者も一部さえない者もいる。

しかし、そのことについては悲しむことはない。彼らの魂は常に僕らの傍にあるのだから。僕たちがそう信じる限り、それは真実となんら変わりはしない。

僕たちは彼らの死を永遠に忘れないだろう。彼らの死は無駄ではない。また、無駄にさせる訳にはいかない。彼らの意思を継ぎ、必ずや……」

「おい、副船長さんよお。俺たちだけか? 他の奴らはどうしたんだ。それによお、数が間違っちゃいねえか?」

「ちょっと……。その話はもう終わったことでしょ……。どうしようもないじゃない」

「うるせえ。俺は納得してねえぞ! 納得出来るわけねえだろ……」


 髪を逆立てた男性が割り込む。

 制止しようとしている癖っ毛の少女を意に介する素振りはない。


「……。キミも、もちろん知っているはずだが。他の者はこの船の修理とあの惑星の調査で手一杯で割けるような労力はない。この倉庫に集められた者も休憩や睡眠の時間を削れる者だけだ。我々に余剰なんて贅沢品はない。とキミですら理解していることを僕は信じていたんだが……。残念だ。……それにだ。カイはキミと違って納得していると確信している」


 髪を逆立てた男性の皮膚は非常灯で照らし出されているものとは別種の赤みを帯びてゆく。

 鍛え込まれた体に力が込められ、額には青筋が浮き、口をわずかに開き、獣じみた息づかいをしていた。

 それでも銀髪を束ねた男性は気にした素振りもなく短髪の男性に近づき、敢えて対峙する。


 いさかいから争いへ変化の気配を感じとったであろう剃髪の男性がさりげなく、今にも唸り声をあげそうな髪を逆立てた男性の後ろに移動した。


「……アルフ。てめぇ、そういうところがよお。いっつもよお……ペラペラ喋りやがってよお。我慢にも限界があるぜ」

「そうやって恫喝すれば誰でも引くと思い違いしてるのがキミの愚かさのひとつだよ。セルブロ君。宇宙に出てから3年も立ってるというのに……。そろそろ僕のほうが立場が上だと、その小さなミソに刻み込んでほしいね。それとも、キミのミソは生まれたときに不要だと取り除かれたのかい?」

「て、てめえ……ッ。おい、離せ。コラッ」

「……」

「やめなさい! こんなときにいい加減にしてよっ。私達が争ってどうするのよ。……ありがとう。ハイコ」


 癖っ毛の少女の悲痛な声に、場は静まり返った。

 アルフは気まずそうにジっと虚空を見つめ。セルブロは剃髪の男性……ハイコに羽交い締めにされ、微動だにできずにいる。

 この場ではふさわしくない事に、二人共遅まきながら気がついたのか。

 先程と位置は変わってはいないが、剣呑な雰囲気は薄まっていた。


「……すまない、セルブロ君。キミの気持ちと僕の気持ちに違いは全くないことはわかってほしい」

「チッ、別にここで暴れるつもりはねえよ。……離してくれ」

「……わかった」


 ハイコは慎重にセルブロを開放する。

 だが、彼の後ろからは離れなかった。


「……でもよお、俺はお前みたいに諦め切れねえんだよ。まだ三十分も立ってねえんだぜ? まだ生きてんのによ。あんまりじゃねえか。……せめて、パルミラが戻るまで待てねえか」

「あの子が一度こうと決めたら絶対に途中でやめないことを知ってるでしょ? いつ帰ってくるかもわからないんじゃどうしようもないわ。

それにこの船には最低限の設備すらないの。私だって好きで言ってるんじゃないのよ……。

地球でなら可能性はあると思うけれど。……鼻で笑われるのがオチね。

私達は消耗品なの。消耗品を大事に扱う[人間]なんていないわ。少なくと私が知る限りの[人間]はそうだったわ」


 癖っ毛の少女の最後の言葉には諦めと侮蔑が混じっていた。


「サラ、それは僕たちみんなが似た感情を少なからず持っているさ。

だからこそ僕たちはどんな逆境に陥ろうとも。たとえ自らが犠牲になろうとも、仲間が生きられるなら構わない。

そう思えるまでの結束を得ることが出来たんだ。

その点については、僕は[レプリカ]として[人間]に感謝しても良いと思ってるよ」

「俺は感謝なんてこれっぽちもしてねえがな。ま、前半は同意してやるよ」


 セルブロの怒気が和らいだ瞬間をアルフは見逃さず。

 時間すらも貴重な資源のひとつとして数えようとしているかのようなアルフの決断は、既に為されているようだった。


「……さあ、キミたちはここから出るといい。僕はみんなの……そしてカイのためにも僕の責務を果たす」


 アルフは滅多に見せることはない微笑をわずかに見せると、その蒼い瞳から輝きを消した。


 これから起こる事を感じ取った3人は、押し黙るしかなかった。

 あまりにも辛すぎる故に。

 セルブロの手は固く握りしめられ。サラは両手で目を覆い。ハイコは大粒の涙でまた頬を濡らしている。


 非常灯の明かりが一瞬消え、灯る。

 ベッドに寝ている青年……カイに取り付けられている人工呼吸器の電力が足りなく始めていた。


 経路運搬宇宙船ドリームランド号はその体躯に比べ、驚くほど微弱な電力で運用されている。

 人工重力を生み出す為に回転する動力以外に割けるようなパワーはほとんどなく。苦心し生み出した余剰分は電子機器、隕石、空間跳躍で負ったキズを癒やすために使われている。

 もともとはその微弱な電力すら、統一政府は”節約”しようとしていた。

 交渉し、なんとか最低限とすら呼べるか疑問だが。しかし、確かな勝利をもぎ取ったのがアルフである。


 副船長という肩書だけではない信頼と尊敬を一身に集めるアルフの言葉は重い。

 セルブロですら、最終的には従わざるを得ないほどに。

  

 もう時間が少ないことを感じ取った3人は未練残しながらも、扉に向かって動き出した。


「アピー君。キミも」


 アルフは事態をじっと見守っていたセミロングの小柄な少女に通達する。

 彼女の目にも涙の跡があった。が、倉庫にいる者たちの中で唯一、目に生気が宿っていた。

 アルフの通達は聞こえてるはずだが、なにかを迷っているように動こうとはしない。


「頼む。命令はしたくないんだ……」


 アピーは意を決したように後ろに組んでいた手を前に出すと。


「あ、あのアタシ。やっちゃいけないと思ったんだけど……。マモルの私物なんだけど、持ってきちゃった。でも、そのままじゃ使いづらいから。ほらっ、アタシ幼児教育の為に生まれたでしょ? だから得意なのこういうの」


 その手のひらには四角い蛇腹状の黒い箱が載せられていた。


「……なんだね、それは?」

「これねっ、ふいごっていうの。でもそのままじゃダメだから、中もきちんと綺麗にしてね。ホースも柔らかくて細くて綺麗なものと取り替えたの。アタシね。この船じゃ一応医師ってことになっちゃってるけど、応急処置くらいしかできないから……。だから。だからね、なにか他にやれることがあるんじゃないの? って、ずっと考えてたの」


 アピーはアルフに近づくと爪先立ちになり、黒い箱に着けられているホースを向け、箱を上から押しつぶした。


 シュー……パッ。

 シュー……パッ。


 アルフの前髪がアピーの手の動きと連動するように動く。

 しかし、彼の瞳は変わらず暗いままだった。


 セルブロ、サラ、ハイコの三人は倉庫から未だ出ずに、先程までのアピーの代わりに事態を見守っていた。

 アルフは彼らに”キミたち”と言った。その言葉を正確に捉えれば四人でということになる。と、解釈したのかもしれない。

 なにわともあれ、彼らの足は全て床に縫い付けれているように留まっていた。 


 アルフは右足のかかとを苛立たしげに数度動かすとカツンカツンと硬質な音が部屋に反響する。それでもまだ、優しげに諭しようとしている努力が見受けられた。


「……やめなさい。アピー君。キミの言いたいこと、やりたい事はわかる。僕も検討したからね。

問題は電力の不足に集約されると、そう考えたんだね? 

カイの体は意識がなく、自力で呼吸出来ないこと以外は問題は見つからなかった。それは僕よりキミのほうがよく知ってるはずだ。

だから、電力に頼らなければカイを死なせずに済ませることができるかもしれない……と」

「うん。これならアタシか誰かがカイの傍にいるだけでいいの。……問題解決でしょ?」

「残念ながら、それだけでは問題を先送りしているだけなんだ……。電力に頼らず呼吸を助け、点滴で生きるための最低限の栄養を送ることは可能だ。しばらくは、カイも生き続けることが……」

「ねっ!ねっ! カイは死なずに済むんだよ!」


 アピーの大きな瞳はすぐ目の前にいるアルフを見てはいなかった。その瞳には自分にとって都合の良い未来のみが映し出されているのだろう。

 手を前に祈るように組み、やった!やった!と飛び跳ねている。


 瞳の輝きが増すアピーとは対象的に、アルフの目は更に暗く堕ちていく。


「僕は、問題の、ひとつしか、解決していない。そう言ったんだ」

「……オイ」


 怒りを孕んだ静かな声に、アピーの動きが止まる。

 見過ごす事はできなかったセルブロの制止を受け、アルフはひとつ大きく深呼吸をした。


 明かりが数秒消え、点灯。


 落ち着きを取り戻したアルフは優しげな声で語りだす。


「すまない。アピー君。だが、それじゃだめなんだ。……何も言わずに聞いてくれるかい。もう時間がないんだ。どちらにしろ、もうすぐカイの命を繋いでいる人工呼吸器の電力は強制的に切られてしまう。……そんな結末は嫌だろ?」

「……うん」


 アピーはコクリと頷いた。


「……僕らは先日の空間跳躍で八人の仲間を失った。……その後、思わぬ事故にあったカイを入れると九になる。

犠牲が出る度に幾度も繰り返されたように、統一政府は僕たちのような[レプリカ]を九人補充するだろう。

これがどういう意味を持つかわかるかい? 

彼らは、僕たちだけで船を維持出来るギリギリの人数を二十九と決めたのさ。……それは腹が立つほど正しい。

そして今、動くことが出来る乗員数は二十。さらに、その二十も万全な状態とはいえないんだ。

みんな大小あれど。体の内外問わず傷を受け、耐えながら自分たちの仕事を精一杯こなしている。これ以上みんなの負担を増やすことは僕には出来ない……。

僕らは既に飽和状態なんで生易しい言葉では表現できない状態に陥っているんだ……。

カイを生かすためにキミを手助け出来るような余剰は残念ながらない。

本当は惑星調査なんて出来る状態でもない。

けれども……。

いや船長のことは今は関係ない。すまない。僕が時間がないと言っていたのに。

……話を戻すよ。

そして、キミは船内で唯一の医師だ。カイの傍においてずっと空気を送り続ける仕事につかせて消耗させるわけにはいかない。

事故というものは突発的に起こるものなんだ。カイに起きたことのようにね。僅かな余力すら惜しむ僕を蔑んでもいい。

だけどね、キミはキミが思ってるほどずっと大事な存在なんだよ。

キミが謙遜する医者としての腕を。そして、キミ自身を必要とするものがこの船には驚くほど多いんだ。

だから……、わかってくれるね」


 アピーはすぐには言葉を返せるような状態ではなかった。

 輝いていた瞳は閉じられ、体はこれから起こる事への恐れのためかガタガタと震えている。


 勝敗があるとすれば、決したことになる。

 いや、既に決していた。と言うべきか。

 部屋に五人が入った瞬間から、誰がなにを言おうとも行おうとも覆ることはなかったのだ。

 必要だったのは大きさではなく、小さくとも硬い決心。

 そして、ほんの一歩を踏み出す勇気だけでいい。

 その一歩を踏み出せる者だけが、勝者のメダルを得ることができる。


「おいおい、余力なら……ここにあるぜ」


 セルブロがニヤつきながら割り込んだ。

 そうしなければ生きている意味がないと言いたげに。


「……僕は黙ってくれと頼んだ。静かにして邪魔しないで貰いたいね。それにキミは料理人だろ? セルブロ君。もう料理人は”残念ながら”キミしかいない。毛ほどの暇も持ちあわせてはいないはずだよ」

「頼まれたのはアピーだ。そして俺は”残念ながら”アピーじゃねえ。俺はよお、常々思ってたんだ。たまには素材本来の味を知ったほうがいいってよ。ここにいないヤツ等もそう思ってるはずだぜ? 俺のカンはよく当たるって評判なんだ」

「あ、あの……アタシ」


 アピーが何か言おうととしたその時。

 パンッ!と破裂音。


 同時に、非常灯の明かりが消えた。

 たっぷり10秒を数えた後。非常灯の赤い明かりではなく、通常の白んだ明かりに変わっていた。


 焦げた臭いを放つ煙が電圧変換器から流れ出ているのにいち早く気づいたハイコは、壁に留めてある消化器を取りに動きだしていた。

 空気清浄機の羽が勢いよく回る音。そして、耳に突き刺さるような警告音が鳴り響く。

 カイに着けられている人工呼吸器が最後に残った電力で停止したことを知らせていた。

 

「……ごめんなさい」


 そう言うと、アピーは一歩目を踏み出した。アルフの横を駆け抜けベッドへ一直線に進む。

 カイの下へたどり着くと。もうただの置物となった人工呼吸器を外し、代わりに先程までただの置物だった”ふいご”のホースをカイの喉に差し込む。

 いつのまにかアピーの隣に移動していたサラがそれを補助していた。


 アルフはアピーの我を通す有様に驚き、数瞬ではあるが思考が停止したように動かなかった。

 普段は良くいえばおとなしい子。敢えて悪くいうならば自己主張が欠落した子という認識が彼にはあったのだ。

 数瞬とはいえ遅まきながら我に返ると、定めた責務を果たそうと動こうとしたときには既に遅く。セルブロの鍛えられた体躯はベッドとアルフの間を占領するように置かれていた。


 瞬間的な判断に重きを置いた教育と訓練を受けているアルフは事態を正確にすばやく理解せざるを得ない。

 導き出された最も適切な処置の答えとして、ハイコへ助けを求めるように顔を向けると。

 ちょうど消化器を取り外し終え、アルフの方を向いているハイコと視線が合う。

 ところが、ハイコはするりと視線を外してしまう。

 アルフにもセルブロにも目もくれず、ほんの小さな煙を排出している赤い電圧変換器の方がより重要なのだと言いたげに小走りで向かった。


 アルフは自らの敗北を認めた。


 ベッドまでの道のりを阻むセルブロは生まれながらのグラディエーターだ。

 対戦相手を打ち倒し、観客を喜ばせること。それこそが彼の存在意義だった。

 個対個を得意とし。死闘ではなく試合……なるべく命を奪わずに叩き伏せるよう教育とトレーニングを受けている。


 そんなセルブロをかわすことは教育のプロセスが異なるアルフには不可能であった。――厳密には不可能ではないが、そぐわない選択肢を取れるはずもない。


 太息ふといきを吐くと、アルフは。


「……なにが、ごめんだ。あとで辛くなるのは自分なんだぞ」

「いいじゃねえか。ひとりでかっこつけてひとり背負うより、みんなで足掻いてみんなで笑うか……そうじゃなけりゃ、しこたま泣こうぜ」


 アルフはジロリとセルブロを睨む。


「だから、僕はキミが嫌いなんだ」


 アルフの蒼い瞳には光が灯っていた。


 セルブロはそんなアルフを見て抑えた声で笑う。

 二人はそれ以上言葉を交わさず、アピーとサラ。そしてカイを見守った。


 ハイコは電圧変換器を気にしつつもお腹を右腕で撫でていた。

 彼の好物の中にはセルブロが作る料理が多く含まれていたことが、もしかしたら関係していたのかも知れない。

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