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第三話 半透明な石

 道中に落ちているヒカリゴケの白い残骸を横目に、[管理者]オッペが持つ明かりを頼りに歩き右へ左へ、幾度も上り下りまた上り。※1

 ようやく一行はアウラザ洞窟の出入り口。――の近くにある広い横穴。にたどり着く。

 ダウザと[管理者]オッペはダウザが預けていた荷物を受取るため入ってゆく。ボティの姿はなかった。


 ボティとは道中で古い木の匂いが漏れ出ている横穴に惹かれるように入っていったきりである。

 食事をしに向かったのはダウザにはすぐにわかった。

 古木や枯れ木に巣食うワームの芳醇な体液の幻臭に惹かれ、フラフラと危うく着いて行きかけたダウザはなんとか思いとどまった。

 [管理者]オッペの手前、羨望の眼差しを向けるだけに留め先を急ぐことに。

 だが[管理者]オッペの年老いしぼんだ灰色の瞳もダウザと同じ輝きを放っていることに気づくことが出来なかった。


 ダウザ達が入った広い横穴は二人どこかろか二十でも三十でも十分に余裕を持って収められそうな広さがあった。

 更に奥へと続く道があるが、[管理者]のみ入ることを許されている。


 特に破ったからと言って罰則があるわけではないが、[管理者]からの心証は確実に悪化するのは間違いない。


 それにダウザは奥へ続く道よりも好奇心を刺激するものを既に見つけていた。

 先程までいた洞窟の奥とは違い、ヒカリゴケが繁茂する光景を不思議そうな目つきで見つめていた。


「なあ、オッペ……」


 理由ワケを聞こうと[管理者]オッペに目を移すと。

 老いたトアグレース人は杖の上部にはめ込まれてた物を取り外している最中だった。

 洞窟の奥で眩しかった光は今は弱まっていおり、発光源が露出している。

 半透明な石の欠片がそこにあった。

 

「……その石のおかげであんなに明るかったのかい?」


 ダウザの好奇心はときに移り気だった。


「そうじゃよ。明かりになるもんがないかと漁っとったときに出てきたんじゃ。ほれ、真っ暗闇だと起こすことも分けることもできんからのぅ。綺麗な石じゃなあ~と眺めてたらの。ピンときたんじゃ。儂より前の前の……儂より後じゃったかの? ……。ンッ。[管理者]をやっとったもんがの。透明な石を洞窟の外にしばらく置くとの。置いた時間分だけよーけ光ると言っておったのを思い出したんじゃ」


 と朗らかに笑いながら答える[管理者]オッペ。

 ボティを叱っていたときとは似てもつかない好々爺然とした顔を覗かせていた。

 あまりにも自然に笑うので一瞬面食らったダウザだが、演技ではなくこれが本来のオッペなのだろう。と信じられた。

 ボティが悪いわけではないが、彼には厳しく教え込まないといつまでたっても甘え。仕事を覚えないことを容易に想像できた。


「ほーぅ、それは良いことを聞いた。あ。そういえば、なんでここにしかヒカリゴケがたくさん生えてないんだ?」

「まあ、気づくわの。

大分前に大地が揺れるとこん洞窟ン中が信じられんほど冷たくなったんじゃ。

わしゃあ生まれてこの方あんなに凍えたことなかったのう。

ヒカリゴケは儂以上に繊細じゃろ? じゃからみるみる枯れていきおった。

それを[管理者]バムがあれこれ手を尽くして、ここまで戻したんじゃよ。一時期は儂の手のひらに収まるくらいまで減っとったんじゃ」


 そういうと[管理者]オッペはその小さな手のひらを見せる。――半透明な石はいつの間にか、特別に縫い付けられたポケットの中で淡く光っていた。

 痩せ筋張っているのが実物より小さく見せる要因になっていたが。

 それを加味しても。ヒカリゴケは少なくともこの洞窟内では消滅の危機に瀕していたのだとダウザは理解の色を顔に浮かべる。


 そんな[管理者]の負った苦労を思うとしのびなく思いながらも。

 ダウザは、洞窟にも外にも面白いことが起きてるぞ。不謹慎ながらもとわくわくとしていた。

 ニヤケて口が楕円を描きそうなのをこらえる分別はまだ残ってはいたが、長くは持ちそうもなかった。


「……へぇ。それは大変だったなあ。大地の揺れかあ、俺はしばらくは遠慮してえな」

「なにいっとるんじゃ? まだ続いとるじゃろ。たまに止まるが揺れっぱなしじゃ」


 ダウザの瞳が一瞬呆けたようにくりっと丸まった。

 [管理者]オッペの年月を重ねしぼんだ灰色の瞳とは違い、二十二歳のダウザの瞳はまだ黒く張りがあった。


 ダウザは確かめようと足元に意識を集中してみたが揺れは感じられない。

 からかわれたのかと思い、[管理者]オッペを見るがそんな気配は見つけることはできない。


 周囲を見回し、なにか動いているものはないかと黒い目を凝らすダウザはヒカリゴケの様子がおかしいことに気づく。

 よく見ようと顔を近づけると、かすかに振動している様子が見て取れた。

 初めて見る現象にダウザの瞳は爛々と輝き釘付けとなっていた。


 しかし、[管理者]オッペはそんなトアグレース人に見慣れているのか十分な時間を与えようとはせず先を急かす。


「さてと、ずっとお主を見物するのも悪くはないんじゃが……。お主は運がいい。儂と同じような衣服をまといたいんじゃないかの? ちょうど、あやつの余りがあるんじゃよ。……もし、そのままで居たいというなら止めはせんが」


 未練がましくもヒカリゴケから目を離すダウザ。

 代わりに[管理者]オッペの灰色の瞳を覗くとダウザの一糸まとわぬ姿が映し出されていた。


 ダウザがいたアウラザ洞窟の奥は比較的低温だが凍えるほどでもなく。入り口まで戻ると気にもならない程度まで収まっていた。

 裸でほかのトアグレース人と出会ったとしても、少しは奇異の目で見られるだろうが困ることはほとんどない。のだが、少しとはいえ裸を見られて喜ぶ性癖を残念ながらダウザは持ち合わせてはいなかった。


「服を着るのは大好きだ。そんじゃ頼むわ」

「そうじゃろそうじゃろ。ついでに預けたものはあるかの? ……あるんじゃな。よし、わかった。割石は……持っておらぬようじゃの。それじゃあ、ちょちぃーっと後ろを向いてくれるかの」


 今更、何かあるわけでもなかろうと。ダウザは了承し。くるりと背を[管理者]オッペへ向ける。


 ダウザの背には覆い尽くすほどに大きく、そして痛々しい傷跡があった。

 目を背けずに見ることが出来たならば、その傷跡が鋭利な炎をかたどっているのがわかるだろう。

 輪郭が鋭利に研がれている炎の傷跡の下には棒線が六本、乱雑に描かれていた。


「……ふむ。<憤怒>の系譜に連なる者じゃったか。ギザギザ炎に……六本っと。もう良いぞ」

「どういたしまして」

「では、取ってくるからの。おとなしく待っておるんじゃぞ」


 朗らかだった雰囲気から、すこしではあるが[管理者]オッペの声質と態度が固く変化する。

 しかし、そのような扱いには慣れていたダウザは何も言わなかった。


 カツコツと杖をつきながら、預けられた荷物を取りに行くため奥へと進む[管理者]オッペの背を見送った。

 杖の音はしばらく止むことはなかった。


 ……。


 ダウザが痺れを切らす前に[管理者]オッペは戻ることが出来た。

 枯れ木のように細い腕に荷物と服を抱え。


「……おお、待たせてすまんのう。ほれ。間違いないはずじゃよ」


 ダウザは礼を言うと、[管理者]オッペが抱えている新しい服と鋭利な炎の印が付いている鞄を受け取る。


 渡されたアーサ服はボティが着ている服とは少し違い、上下一体で大きさ以外は[管理者]オッペと同じ作りをしている。

 ダウザは何も言わずに体へ通すが、やはりぶかぶかと。それにところどころ破れており隙間も多く、風通しの良さがウリだと主張していた。

 それとわかるボティのお下がりだが、ダウザから不満の声が上がることはとうとうなかった。

 目覚めてから村や集落に着く間、裸のままのトアグレース人も多くいる。

 それに比べたら出だしは上々と彼は思った。


 気にはならなくとも煩わしさを生む背中の傷跡を早速隠せた幸先の良さに、ダウザは感謝の笑みを[管理者]オッペに向けると。

 「管理者」オッペも笑みを返した。


「気に入ったようじゃな、なかなか似合っとるぞ。ほれ、お主の鞄もなんもなっとりゃせんと思うが一応確認しとくとええ。まあ、多少ベタつこうとるけどこればっかりはどうにもならんでの」

「あいよ。なあにボロボロになって使えなくなるよりはマシさ。しばらく乾かしゃ取れるしな」


 [管理者]オッペの言った通り、樹皮と葉で作ったダウザの鞄は触ると手にひっつく感触があった。※2

 あんまり触りすぎると、手の皮がかぶれるのでダウザはすばやく開けると中身を取り出す。


 入ってるものはそう多くない。

 灰色でギラギラと光を反射する石と……。


「おおっ。大きいのう……」


 半透明な石。

 [管理者]オッペが持っていたものより不格好だが球体を維持しており、三倍は大きい。


 ダウザが卵還りに入る前に、友人から貰ったものだ。

 特に思いれがあるわけではいが、貰った時の経緯からしてそこらの野原に捨てたり、つまらないものと交換するのははばかれて持ち続けているだけであった。

 かつての彼の友人はこの石をどのような思いで渡したのか。二百年以上過ぎた今では伺い知ることも出来ない。


「だけどよお、俺のは光ったことないんだぜ? 出来損ないかもしれねえな」

「ふむぅ、儂の持っとるもんとおんなじよぅにみえるんじゃが……。他の[管理者]ならなんか知っとるかもしれんが、ちょうどみんな出掛けとったり卵還りしとるんじゃよ。すまんの」

「……。ま、期待せずにもっとくよ。他になんか最近変わったことはあったかい?」


 ダウザは取り出した石をしまうと、鞄を肌に触れないよう肩にかけながら聞いた。


「なーんもありゃせんの。ヒカリゴケと地の揺れ以外はいつも通りじゃ」

「そっか。じゃあ世話になったな」


 手早く別れを伝え背を向けるダウザのあまりに素早い動作に、[管理者]オッペは面くらい背中に返答するしかなかった。

 そんなダウザの口はくっきりと楕円を形作りながら出口へ歩き出す。

 洞窟内で聞くことは全て聞き。知ることは知ったダウザの足取りはと軽く、早く。グングンと歩を進めた……。


 大地の揺れも半透明な石も、体の中に潜む異住者に比べたらダウザにとっては小枝と大木ほどの違いがあった。

 今は口を閉じている異住者には知能があり、大きな謎を秘めている。そんな確信と希望がダウザの胸を満たしている。

 他の誰かではなく、自分の身に起きた。その事実がダウザにはたまらなく嬉しかった。


 彼は一体どこからきたのか。

 空を見上げたときに、何らかの反応を起こすことをダウザは期待している。

 そのためには早く、早く。外へ。

 ダウザは二足歩行では、これ以上ないというくらいまで足を早く動かした。



 ボティのダボダボなお下がりのせいでダウザは大人にも関わらず後ろ姿ははしゃいでいる子供にそっくりだった。

 見送っていた[管理者]オッペはたまらず吹き出したが、幸か不幸か当の本人へは届くことはなく。

 両手にワームを何匹も握りながら一足遅く現れたボティが笑い声をあげている[管理者]オッペへ不思議そうな顔で見たときには、ダウザは外へ飛び出した後だった。



 空を見上げたダウザの目は陽に眩み。細くなる。

 荷物を受け取った横穴のヒカリゴケで慣らされたとはいえ。圧倒的な光量の違いにより目が慣れるまでいくらかの時間が必要だった。

 しばらくすると、最初は白に塗りつぶされていた世界が徐々に色を取り戻していった。

 その瞳に映るのは……大地。


 ダウザの足元から伸びゆく大地はやがて反り、そのまま切れ目なく頭上の遥か上へと。そして、ダウザの後ろへと繋がっている。


 閉じられた世界がそこにあった。


※1

 計画性というものを忘れて久しいトアグレース人が掘り進めて作ったアウラザ洞窟は、道がウネウネと曲がりくねり、数えきれないほどの分岐と横穴をその腹の内に収めている。

 内部を熟知している者の案内なしには同じ場所に戻ることすら難しい。

 迷った者の運が良ければ卵還りで時間を稼ぐことも出来る。いつかは誰かが見つけてくれるだろう。悪ければ……多くの場合は死を迎える。

 そんな不幸な者が出ないよう[管理者]と呼ばれる者達が存在する。

 道案内人だけが、彼らの役目ではない。


※2

 [管理者]の技術のひとつ。物質保存液に漬けられたものは少しの不快感さえ我慢すれば多大なる恩恵が与える。

 長期間、卵還りに入る者が預けた荷物は時の流れによって少しずつ朽ちていく。その流れを遮断する効果が物質保存液にはある。

 製法は秘匿とされているが、この世界にベタベタとするものはそう多くはない。

 この世界の秘密は、公然の秘密と同義といっても過言ではなかった。

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