足長幼馴染
「たちまちクライマックス」だかなんだかの「胸キュン賞」応募作品
「ねえ、話あるんだけど、いい?」
友達との話が終わって、鞄に教科書とかノートとかしまってるあいつに、私は聞いた。あいつはこっちをなんでもない顔で見たけど、すぐに全部察して大きなため息をついた。もう何度も経験してるから、やっぱりわかっちゃうよね。
「・・・またか?」
「・・・うん」
「みんな帰ったら、ここな」
「・・・うん」
あいつはそういって、元の作業に戻った。表情だけは戻ってなかったけど。
放課後開始30分後、部活を休む伝言を友達に頼んで、私は教室に戻った。扉を開けると、あいつはちょっと前から読み始めた難しそうな本を読んでた。最近流行ってる作家が書いたとか訳したとか言ってたような気がする。こういうのを読めって言われたけど、結局1度も読んでないな。
「来たか。まあ、座れよ」
本から目を離して、あいつは自分の前(ちゃんと座ったとしたら後ろになるんだけど)の席を手で指した。私はそこに座った。でも、なにもしゃべれなかった。だって、何から言えばいいのかわからなかったんだもん。
「今回は、どんくらい?」
「・・・1年ちょっと」
「まあ、もったほうか」
あいつが本を鞄にしまいながら言う。確かに、いつもよりちょっと長かったかな。前回は1か月続かなかったし。惚気た回数も、多かった気がする。
こいつに失恋の相談をするのは何度目になるんだろう。記憶に残る一番古い履歴は、中学の時、付き合ってたバスケ部の先輩に振られた時だ。階段で泣いていた私を見つけたあいつは、私の背中をなでて、警備員に見つかって追い出されるまで、黙って話を聞き続けてくれた。たぶん、そこから私とこいつの奇妙な関係がはじまってる。私が振られて、こいつが慰めてくれて。
「ずっと一緒だって、飽きるまでお前のそばにいてやるって言ったのにさ・・・」
「お前それ何度目だよ・・・毎度毎度言われてるじゃねえか」
「そうだけどさ・・・信じたく、なっちゃうんだもん・・・」
放課後の教室、夕陽の差し込む詩的な空間で、私とあいつは向かい合って話している。私が机に向いて座って、あいつは椅子のちゃんとした向きと反対に座って、背もたれに組んだ腕を乗せてる。青春の光景って、こういうのを言うんだろうな。話してる内容も青春的。失恋じゃなくて、いちゃいちゃならもっと素敵なのに。
「ああ・・・もう言う側の俺が嫌になるほど言ってるけど、もう1度言うぞ?」
「うん・・・」
ため息と一緒にあいつはいつものセリフを言おうとしてる。その顔は私をちょっと諦めてる。
「男の言う永遠なんて、かっこつけたいか自分に酔ってるときに言う嘘八百なんだから、絶対信じちゃだめだからな?」
「うー・・・」
私も学ばないな。このセリフ、何度も言われてるのに。こいつもほんとにえらい。どうしようもない私のことを見捨てずに、何度も何度も言ってくれる。「腐れ縁だからな」って言うけど、それでもなんでこんなに話を聞いてくれるんだろ。普通見捨ててると思う。
「頼むからそろそろまともな奴と付き合えよ。いい加減俺も付き合い切れねえよ」
「あうー・・・そんなこと言わないでよお・・・私だって頑張ってるんだよお・・・」
こんなこと言いながら、次も付き合ってくれるんだろうな。いや、そんなこと考えちゃだめなのはわかってるんだけどさ。でも、いつもいつもこいつに甘えちゃう。ダメ女って、私みたいなやつのこと言うのかな。前はいつだっけ?覚えてないけど、おんなじ話をしながらおんなじこと考えてた気がする。
あいつは右手で頭を抱えて、またため息をついた。「なんでかなあ・・・」なんて言って、抱えてる手で頭を掻いて、肩を落としてる。ごめんね、ほんとに。わかってる、そう思うなら相談なんかするな、失敗なんかするなだよね。でも、たぶんまた頼っちゃう。
「まあ、頑張ってるんだろうけどさ・・・」
「そうだよお、頑張ってるんだよお・・・」
「もう成果出てもいいんじゃないか?」
またまたため息。私が悪いけどさ、そんなにため息ばかりつかないでよ。自分が悪いってわかってる分、傷つくんだよ。申し訳ないなあとも思ってるんだからね。
「で、今度はなにがきっかけだ?」
「・・・重いって」
「ん?」
「私が、重いって・・・」
「なんだ、でぶったか?」
「そうじゃなくてー!!」
あいつが口角を上げてニヤっと笑う。昔はこれにむかついてたけど、今はもうわかる。落ち込まないようにしてくれてるんだよね。普段は私たち、こんな真面目な会話しないし。辛気臭いって感じの雰囲気を変えて、私が病まないようにしてくれてるのは、もう理解できてる。
「ていうか、またそれかよ。前も重いからその前も重いから。3回連続だろ?」
「うー・・・だってー・・・」
「だから言ってんじゃん。そういうところも含めて愛してくれる奴じゃないと、お前はダメなんだって」
「そんな人、いないもん」
「探してみなきゃわかんねえだろ」
「いままでいなかったもん!」
愛されたいから、ずっと一緒にいたいと思っちゃうから、どうしてもチャットとか電話とかが多くなっちゃう。ダメなのはわかってるけど、でもどうしても心配になっちゃう。それでいつも重いって言われる。もう何度も繰り返してきたこと。メンヘラってやつなのかな?たぶん、そうなんだろうな。
でも、あいつはそうは言わない。私に自分を変えろとは言わない。代わりに、私にあった人を見つけろっていう。前に、「変わったほうがいいのかな?」って言ったことがあった。そしたらあいつに言われた。
「自分を変えるなんてできるわけねえだろ。男は35億いるんだぞ?そんなかから自分にあったの探すほうが楽だ」
こういうことを言うのがあいつだ。私をからかったり、だめなところを率直に指摘してくれるけど、なんだかんだで優しいのがあいつなんだ。ダメンズウォーカーとか、男依存症とか、そういうことばかりいうけど、結局は私を気遣ってくれるのがこいつなんだ。
「しかし理解できねえな」
「なにが?」
「なんで明らかな地雷を笑顔で踏み抜いていくんだ?」
呆れたって感じの顔であいつが私に聞いた。その前には大きなため息をついてた。
「地雷って?」
「俺に言わせてみれば、お前が高校で付き合ってきた連中って、その程度が一目見ただけでわかるようなやつばかりだぞ?なんでそんなやつと簡単に付き合っちゃうんだって話だよ」
いままで告白されたときのことを思い出しながら、ちょっと時間をかけて考えてみた。高1の時のバスケ部男子、高2の時の水泳部、そして今回のサッカー部。そういえば、なんでみんな夕方に告白するんだろ?3人とも放課後残ってって言ってきて、残ってみたら告白されてる。男の子にとっての告白って、休みの日とかじゃだめなのかな?
10分くらい考えてみたら、ぼんやりとだけ答えがでてきた。だからそれを、携帯をいじりながら待ってる奴に教えた。
「たぶんだよ、たぶんなんだけど・・・うれしくなっちゃってるんだと思う」
「うれしくなる?」
「うん。私を好きっていってくれたことがうれしくて、それに応えたくて。好きっていうことは、私のことを受け入れてくれるってことでしょ?それって誰にでもしてもらえることじゃないじゃん?それに、振られたあとだったりすると、自分に自信なくしてたりするし」
「なるほどねえ・・・」
あいつの目は途中からこっちを見てなくて、悲しそうになって斜め下を向いてた。
「はたしてそこまで考えてるものかねえ」
「・・・私はそう思ってたの」
「馬鹿だなあ」
「うーるーさーいー!わかってるよ、そんなこと!」
「おお、自覚はあるのか。まだマシだな」
「それ褒めてるの?馬鹿にしてるの?」
「後者に決まってるだろ」
私の抗議は全く聞かずに、あいつは頭を少しいじって、考えるときの癖を私に見せた。
「ていうかあれだよお前、もう少し見極めをしたらどうだ?」
「見極め?」
「今回含め、毎度毎度告白されたらすぐ付き合ってんじゃねえか」
「だって、いい人そうだったし・・・」
「それだ」
きょとんとする私に対し、あいつはイライラしてるときに見せる渋い表情になった。そしてまたため息。この後に、いつも解決策を教えてくれる。
「お前、自分から恋してないじゃん」
「え?」
「お前は自分から好きになるんじゃなくて、いつも相手から告白されてんじゃん。そんで結局捨てられてる」
「・・・あ」
確かにそうだ。反論できないのは悔しいけど・・・
私から好きになって付き合ったこと、一度もない。いつもいつも誰かが私を好きになって、それに対してわたしがOKする。それで、私がいつの間にか嫌われないように努力してて、相手は段々冷めて・・・
「いつもお前のこと好きっていったやつに捨てられてるじゃん。だから次は、お前が自分から人を好きになるまで、ちょっと色恋は待ったほうがいいんじゃねえか?」
あいつは顎をいじって、考えながら言葉を紡いだ。
「たぶん、またお前は重くなるんだろうし、それで振られることもあるかもしれないけど、てめえから好きとかいっておいて捨てるような奴相手よりも、少しは気分もマシなんじゃないか?」
私の好きな人。私を、じゃなくて私自身が好きになってる人。そんな人できるのかな。ていうか、いるのかな。
「まあ、わかんねえけどな。俺、お前より恋愛経験値低いし」
目の前のあいつは、欠伸をしながら目元を掻いて、真面目な雰囲気を吹き飛ばした。そして、顎を手で支えて窓から遠くを見始めた。自分の考えをもう1度考え直す時に、あいつはこういう風になる。呑気な表情のはずなのに、どこか真剣なところがある目。目元を掻いた後なのに、すごく深く考えているのがわかる手の動き。
そういえばこの顔、かっこいいかもしれない。私が自分から誰かを好きになるとしたら、誰だろう?そんなことを考えていた私は、気づいたらあいつの顔をじっと見てた。何度も見てきた顔が、なんだかはじめて見たもののように思えてきた。それはすごく優しそうで、すごく知的で、何よりもすごくかっこよく見えた。なんでだろう。こいつのこの顔は、もう何度も何度も見てきてるはずなのに。
「なんだよ、人の顔じろじろみて。そんな面白いもんでもないだろ」
そう言われても、なぜかこいつの顔を見てしまう。「あ、うん・・・」なんて返すけど、他に言葉がでてこない。なんて言っていいのかわからない。「いつもに増して変だな」なんて言って、あいつはまた顔を背けた。その動きも目で追ってしまう。こんなにあいつの顔を意識したことなんてなかったのに、おかしい。
「で、どうするんだ?」
「・・・え?」
「だから、俺のありがたーい忠言は受け容れるのか?それとも、また告白されて即OKなのか?」
あいつの怒ってない睨みで、私は現実に引き戻された。今の、なんだったんだろ。
「え・・・ああ、忠言、忠言・・・あ、自分からね!自分から好きになるね!わかった、うん、その通りだと思う」
「お前、ほんとに話聞いてたか?」
「聞いてたよ!ちゃんと聞いてた!そうだよね、私いつも告白される側だったよね。今度は、告白する側になってみるのも、悪くないかな~」
「なんか怪しいな・・・まあ、いいか」
そういった後、あいつは椅子に掛けてたコートを掴んで袖を通しはじめた。それから鞄を肩にかけた後で、思い出したようにまた口を開いた。
「お前が別れたって話、すぐ広まるだろうから気をつけろよ。また言い寄ってくる奴がくるから、簡単に受けないようにな」
あいつはそのまま扉まで進んで、少しだけ乱暴に開けた。そして枠に体を預けて、スマホをいじりながら私を待ってる。たぶんつぶやいてることは、「本日の人生相談終了」。
なんだか、立ち上がりたくなかった。疲れてるとか、体調が悪いとかそういうのじゃなくて、ここにまだいたいような気がした。ここにいて、まだ喋っていたいような気がした。時計はまだ4時。あと2時間は話ができる。今日はバイトがないし、あいつはそもそもバイトをしてない。時間は私を許してくれる。
「あのさ!」
「んー?」
気怠そうにあいつが答えた。スマホから目は離してない。
「なんていうかさ、その・・・」
「おう」
スマホから目を離さないあいつに、なんて声をかけていいか迷う。普段からこんなことない。「話きけー!」とか言って、強引にこっちを向かせることくらいする。でも、なんだか今はそれができない。体が強張ってる。声も出ない。言葉が浮かばない。言いたいことはわかってるのに、それを言うのを躊躇ってしまう。
「お前、ほんとどうした?」
怪訝な顔(で、いいんだっけ?)をして、あいつがこっちを向いた。いつもは気にもしないその表情が、なぜか恐い。
「もう少し・・・もう少しだけ、話していかない?」
ようやく、言いたいことが言えた。こんなに簡単なことに、私の心臓はバクバク音を立ててる。ちょっとだけ、汗も流れてる。
「いやだよ。帰ってモンハンやりたいし」
5秒置いて、あいつはあっけなく断ってきた。視線もスマホに戻してしまった。こっちはものすごく勇気が必要だったのに、あいつはたぶん何も考えてない。
「えー!いいじゃんべつに―!」
「いやまだ序盤だから早く進めたいんだけど」
「モンハンは明日でもできるでしょー!」
できるだけいつも通りにしてみるけど、やっぱりどこかぎこちなくなる。言葉が所々で詰まって、端々が震える。こういう時にお約束の、手を掴んで強引に引っ張るのも、今は難易度高い。近づくことすらなぜかできない。近づきたい気持ちは今までで1番強いのに。
「話だって明日もできるだろ」
「明日私バイト!」
「じゃあ明後日」
「部活!」
「じゃあ週末」
そんなに家に帰りたいのかよ!って思うと、段々悲しくなってくる。こっちは必死なのに、モンハンに負けてるってあんまりだと思う。それに何よりも、やっぱりなんだか恐い。さっきからこの感情がずっとある。なんで、こんな恐いんだろ。こいつと離れることなんて、今まで別に気にしなかったのに。
「いいから!今話すの!」
震える手であいつを掴んで、今までの何倍もの力で引っ張って、席へ連れて行った。大したことじゃないのに、息が切れている。あいつはそんな私を見て、相変わらず怪訝な顔をしてる。
「お前、そんな強く掴まなくてもいいだろ」
「そんなこといいから。ね、話そ?」
怪訝な顔は首を傾げた後、すこし間を空けてからため息をついた。
「まあいいけどよ。それで、何話すんだ?」
「え?」
聞かれて、はじめて自分がなにも考えてなかったことに気づいた。そうだよね、話すには話題が必要だよね。でも、何を話せばいいのかはわからないまま。
「えっとー・・・」
「まさか、なんも考えてなかったのか?」
「いや、考えてたよ!考えてた!」
「じゃあ何話すんだよ」
「えっと・・・」
明らかに私を信じてないあいつに向かって、私はついとんでもないことを言ってしまった。
「あ!私が、私みたいのが、なんでモテるのかな!?」
言った後で、私は激しく後悔した。
「なんでって・・・」
あいつはなにか言いかけて、急に困った顔になった。首の後ろを掻いて、下唇を噛んで、時々私の顔を見ては唸るような声を出してる。
「なんでっていったら・・・そりゃ・・・」
「なに?そんな変な理由なの?」
「いやまあ、変な理由もあるけど・・・」
あいつは返事すると、私をみる視線をやや下に降ろした。そしてその視線をすぐに教室後ろの黒板に移して、顔を少しだけ赤くした。・・・サイテー。
「・・・ちょっとそれどういう意味!?」
「いや、これだけじゃないぞ!これだけじゃないんだけどさ・・・」
問い詰められたあいつは、また言葉に困って首を掻いてる。正直に言ってくれればいいのに。心からそう思った。ただそれだけの意味じゃなくて、いま教えてくれた理由だけじゃないことを証明するためにも。みんなが体目当てで私に告白したなんて思いたくない。もしそれが否定できない事実だとしても、こいつにだけはそういう目で見てほしくない。だって、ずっと一緒にいた理由が体とか、いやだもん。
「それだけじゃないなら、他になにがあるの!?」
「ちゃんとあるんだぞ、もちろんあるんだ・・・だけど・・・だけどなあ・・・」
「ねえ、はっきり言ってよ!」
詰め寄られたあいつの顔は、今までに見たことない顔だった。いや、ちゃんと言うなら、正面からは1度も見たことがない顔だった。昔、高1の時に1度だけみたことがある。たしか、おんなじように詰め寄った時。こいつもこういう顔するんだって、すこしびっくりした。頬は赤くなって、低い視力のせいでいつも細くなってる目が開き、黒目は私から逃げようと必死になってる。ちょっと可愛いかも。
「・・・か、可愛いからだろ」
小声であいつは、私に聞かれたくないみたいに、私があいつに対して考えていたことを言った。そしてそれをしっかり聞いてしまった私は、予想外の言葉に凍り付いた。
「・・・き、急に・・・そんな急に何言ってんの!?ば、ばば、馬鹿じゃないの!?」
「お前が言えって言ったんだろうが!」
思わず下がった私に、あいつは真っ赤なまま言った。私の顔も、なんだか妙に熱かった。
顔が冷めないまま、気まずい沈黙が続いた。その間は、あいつを直視することもできなかった。時々横目で見たあいつは、夕陽のせいなのかどうなのかわからない赤い顔を仏頂面にして、口元に右手、その肘に左手を当ててなにか考えている様子だった。たまに目が合うと、すぐに逸らしてくる。いや、私も逸らしてるんだけどさ。
「ちなみに・・・さ」
たった5文字で、ゼエゼエ言うことってあるんだね。
「どんなところが、可愛いと思う?」
目の前の、少し離れたところにある目が、また大きく開いて私を見た。その下にある口が、目がこっちを向かなくなったあとで小さく動く。
「ねえ、どんなところなの?」
「どんなところってお前・・・」
「気になるじゃん、教えてよ」
「いや、そういうのは面と向かっていうもんじゃ・・・」
あいつは必死で私の追求から逃げようとしてる。でも、答えたもらうからね?
「言えないの?それなら、可愛いってもの嘘?」
「!?そうじゃない!」
「じゃあどこが可愛いのか教えてよ」
「それは・・・」
「言えないってことは、適当に嘘ついたってことでしょ?」
「・・・」
「ねえ、どうなの?」
下唇を噛んで、難しい表情をしてるあいつが、なんだかすごい可愛く思えた。たぶん、顔が真っ赤なせい。ずっと、初めて会った日からずっと、こいつが気難しいやつだと思ってたのはこの表情のせいだったのに、顔の色がちがうだけで全然印象が変わる。
「まあ、なんだ・・・顔はいいよな。愛嬌があるっていうか、なんていうか・・・」
よく聞かないと、口が動いてるだけにしか見えない程度の声であいつは言った。まだ顔は赤い。
「ほかには?」
「・・・声も、いいんじゃないか?聞いてると癒されるっていうか、落ち着くっていうか」
チラチラと私をみるようになった。やっぱり顔は赤い。
「あとは・・・性格も、まあ、放っておけないっていうか、つい気にかけちまうっていうか・・・」
自分からしゃべりだした。顔は赤いまま。
「なんか、私がすっごいいい女みたいだね」
「・・・否定はしない」
いつもなら貶してくるあいつが、やけに私を褒める。なんだかそれが無性にうれしかった。あいつが自分から褒めてくれた時、それがMAXになった。
「まじか!私いい女!?」
「・・・まあ」
「ふーん・・・じゃあ、他はどんなところがいい?」
質問が、いつまで経っても止まらなかった。
私を褒めちぎった後のあいつは、黙り込んでこっちを見なくなった。意外に、恥ずかしがり屋だよね、あんた。一方の私は、なんだか無性にうれしくて、ちょっと踊りだしたいなー、なんて考えてたくらいだった。こいつにあんまり褒められた記憶がないから、そのせいだと思う。こいつは誰かが私を褒めても、「いやあ、そういうけどこの野郎は」とか言って、いつもすぐ台無しにしてくる。それが、今は私を褒めまくって真っ赤になってる。うれしくならないわけないじゃん。
「そっかー・・・あんた、私のことそう見てるんだー」
「満足かよ・・・」
「いやーいいこと聞いたなー・・・あんたの目に、私ってそう映ってるんだー・・・ふーん」
あいつは黙ったままだった。私のうれしさも爆発したままだった。
「へーそうなんだ・・・私のこと、そういうふうに・・・」
ほんの冗談のつもりで、私はちょっとふざけてみた。
「実は、私のこと好きだったりして?」
あいつがそれをどんな表情で聞いてたかはわからない。ただ、突然ガタって音がしたのだけが確かなこと。私が顔を動かすと、あいつがコートを羽織ってるのが見えた。
「待ってよ!」
一瞬ビクッとした以外には、あいつは全く反応しなかった。なにも言わずに、教室を出ようとしてた。
「ねえ、待ってってば!」
あいつの腕を掴む、いつもならそれで止まってくれる。今回もそうだと思ったから掴んだ。けど違った。私の腕は振り払われて、気付いたら斜め下に向いてたはずの指が上を向いていた。
「もう充分話しただろ?モンハンやりたいんだけど」
1秒だけこっちにびっくりした顔を見せた後、誤魔化すようにあいつはまた前を向いた。そして、すぐにでも立ち去りたいみたいに急加速して歩きだした。
「待って!まだ話したい!」
「おれはそうでもない」
教室の入り口から乗り出して引き留める私に、今度あいつが見せたのは、いつもの後ろ姿だった。かっこつけて、そうじゃなければ自分に都合の悪い時に逃げ出すために見せる、左手を揚げてさよならを示してる後ろ姿。
「もっと詳しく聞きたい!」
「もう充分話した」
私が駆け寄ると、あいつは速足になった。伏せているからどんな表情なのかはわからない。
「具体的にどんなところが可愛いの?」
「・・・」
「ねえ教えてよ!」
「追いかけまわして、しつこく質問しないところだよ」
「そういうのいいから!」
階段をどんどん降りていく。3階、2階、そして1階。あいつは止まらない。私も止まらない。気付けば下駄箱、左から3番目の真ん中。2人は3つ空けて隣。
あいつは戸を開けて、黒い革靴を迷いなく取り出した。上履きを戻すときも、革靴を履くときも迷いがない。
「止まってってば!」
いままでで1番、今日最初に掴んだとき以上の力で、あいつの腕を掴んだ。あいつはまた振り払おうとしたけど、私が頑固だったからできなかった。
「なんなんだよ!」
玄関に、急に怒鳴り声が響いた。すぐ近くにいた部活の子も、3人で話してたのにこっちを向いた。
「なんでそんなしつこく聞く必要があるんだよ。お前が可愛いからモテる。それでいいだろ?これ以上何を聞きたいんだよ」
・・・そういえば、なんでだろ。なんで私、こんなに気にしてるんだろ。なんで私、あいつが私のどこを可愛いと思ってるのか、知りたいんだろ。
「それは・・・」
自分でもわからなかった。わかんないけど、どうしようもないくらいに知りたかった。もっと、もっと深く、あいつが私をどういう風に思ってるのか知りたくて知りたくて、我慢できそうになかった。
「理由がなくて、興味本位とかなら今日はもういいだろ・・・俺、帰るから」
少しだけ震えた声であいつが言った。体も強張ってるように見えるのは、私の気のせいかな。
「ちがう、興味だけじゃない・・・それだけじゃ、ない」
「じゃあなんだってんだよ」
興味だけじゃないのだけは間違いない。でも、じゃあなんでなのかはわからない。とにかく知りたい。あいつは私のどこを可愛いと思ってて、あいつは私をどう思ってて、あいつにとって私ってなんなのか。だけど、その理由がわからない。すぐ近くに答えがある気がするのに、何かが邪魔してそれに近づけない。気持ち悪い。ここを突き抜けて、これがなにか知りたいのにわからないまま。
「わからない・・・」
あいつが振り向いた。その顔は、なんていっていいのかわからない顔だった。驚いてるとも、悲し気とも、怒ってるとも取れる表情。その表情をすぐに隠したあいつの体が、強張って震えているのを確信できた。
「わからないって、なんだよ・・・」
涙は見えなかったけど、泣いているのはわかった。聞きなれた声が、初めて聞く声になってた。
「ごめん・・・」
「なにがだよ・・・」
答えれなかった。けど、謝らなきゃいけないと思った。あいつを泣かせたのは間違いなく私だから。
いやちがう。許してほしかった。あいつに嫌われたままなのが嫌だった。許してもらえないと、2度とあいつが話してくれないような気がした。絶対に許してもらわなきゃいけなかった。「もういいよ・・・お前に期待した俺が馬鹿だった」ため息と一緒に、そういってほしい。それがあいつが諦めたサインだから。お願い、私を許して。
「また、わからないか・・・?」
「・・・ごめん」
あいつの顎が強く引っ張られて、首が太くなった。なにかを必死に堪えてるのがわかった。それが嫌になるほど痛々しくて、自分を切り裂きたくなった。
「俺は・・・俺はずっと・・・」
掠れた、ほとんど聞き取れないくらいの声でそれだけ言って、あいつは駆けだしていった。
部活の顧問が私を見つけたとき、私は目を開けたまま、少しも動かずに、泣いていたらしい。
春休みで暇なので、現役JKが書いてみました☆
初投稿なんで優しくお願いしますm(_ _)m
なわけねえだろ。
高校なんてとうの昔に卒業した、なんだったら顔文字なんて上の含めても数える程度しか使ったことねえ野郎の作品だよ。悪かったな。
東直己だったと思うのだが、こういういい文章がある。
「美しい女に稀にあることだが、この女は自分がどれほど美しいか、よく理解していないようだった」
(東直己,『探偵はバーにいる』,pp168,1995 8,早川書房)
うん、東直己だったわ。「だったと思うのだが」って言いたかっただけなんだ、すまんな。今から書くことは上の文章の意図とは外れるのだが、まあ言いたいことが似てるため引用した。
美しい女の中に、自分の美しさに気づかずに、告白されたうれしさに、(それが大したものでないともしらずに)愛されたうれしさに包まれて、どうしようもない男と付き合ってしまうのがたまにいる。そして往々にして、うれしさのあまり重くなって、どうしようもない男達に捨てられてしまうのだ。
哀れなのは彼女ばかりではない。彼女たちの美しさをしっかり理解した男達も、往々にして幸せな結末は迎えられない。そういう頭の少しだけいい奴らは、自分が女と釣り合っていないことに気づくか、あるいは頭の空回りでそうだと誤解して、機会が訪れても、1歩踏み出すことができないのだ。かくして、実際はお似合いなのかもしれない2人は、永遠に結ばれない。
もしかしたら2人は、やり取りさえ間違えなければ、会話選択肢を間違えなければ、夕方の教室で結ばれて、幸せな道を歩んだのかもしれない。だが、人生はシミュレーションゲームのようにはいかないものだ。些細な言葉が、深い考えのない失言が、相手を深く傷つけるというのは小学校で教える内容である。しかしその教えを守るとなれば、おそらく人間は会話できなくなってしまうだろう。セーブ&ロード機能でもあれば話は別なのだろうが。
ところで、これって胸キュンなの?と尋ねるお方があるかもしれない。最後にそういう方々の質問へのお答えを、小説風に書いて後書きとしたい。どうか質問者の方々は、自身が視点人物となったつもりで読んでいただきたい。
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パソコンの前に座った男は、私の質問を耳に入れると、それまで忙しく動かしていた腕を止めた。そして、右手で頭を掻きむしった後、下唇を噛みながらこちらを向いた。
しばらく動かなかった彼は、突然可愛げの全くない上目遣いでこちらをみると、右手を口元に動かして、人差し指を口に当ててから、小さな音を発した。
「シー」
2018/2/19 栃木の片田舎の教習所にて。