鏡恐怖症
鏡が怖い。そう彼は私に言った。
「いや、鏡が怖いんじゃない。鏡に映る自分が怖いんだ。」
「自分の姿が見れなくて大丈夫なのか?」
「大変だよ。身支度をするにも一苦労だ。」
「いつからだ?」
「いつからだろう…。昔は特に怖くなかったと思うんだが…。」
そう言ってため息をついていた彼だったが、最近はなにやら嬉しそうだ。
「最近はやけに嬉しそうだな。なんかいいことでもあったのか?」
「俺はとうとう鏡に映らなくなったんだよ!」
「何を言っているんだ。」
「ほら見てみろよ!俺は鏡に写っていないだろう?」
そう言われて鏡を見てみる。しかしそこに彼の顔はしっかりと映っている。
何を言っているんだと言いかけたが、私を見つめる彼の二つの目はキラキラと輝いていて私は何も言えなくなってしまう。
そんな目で私を見ないでほしい。何も言葉が言えなくなってしまうから。それにその目が私は嫌いだ。キラキラとして、相手のことを信じきっている、相手も自分と同じ思いを抱えていると思っている目が嫌い。嫌いなんだ。
あれは以前どこかでも見たような、記憶にない誰かの目と似ている。あれはいつ見たのだっただろうか、あれは誰の目だったのだろうか、あれはどこで見たのだろうか、あれは
ふと鏡を見つめると私の顔は、目は鏡に映っていなかった。
私は彼に言う。私も鏡は嫌いだ、と。
そして確かに君は鏡に映っていない、と。