表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/22

8

 人で酔っていた数十分前のことが、懐かしく思える。

ラウンドワンで三人で三時間遊ぶことにした。愛美さんは誠治の腕をがっちりと掴んでいた。二人でプレイするゲームが多く、あたしは二人が遊んでいる姿を見ているばかりだった。


 一人でぼんやりするのも退屈だから、少し離れた場所でダーツをしていた。はあ。デートだからと心を踊らせていたあたしに説教をしてやりたい。


「あの人ずっとダーツしてるわよ」


 背後で愛美に笑われるし。


 だいたい、愛美って名前は何だ。女の子らしいキュートな名前で、しかも見た目も可愛いだなんて、神様は不公平だ。あたしもあんな容姿ならば、こうやって一人でダーツをする羽目にならなかったはずだ。


「いい加減にしろ」


 何かを叩く音が背後で響いた。振り向いたら、頬を抑えて唖然としている愛美さんがいた。


「今日はこっこちゃんとデーとしにきたんだ。ついてきてもいいけど、愛美はこっこちゃんを笑う資格なんてないだろ」


 手を止めて、誠治のほうを見た。涙ぐんでいる愛美さんが睨みつけた。


「四階にさ、バドミントンができるところがあるらしいんだ。三人でやろうよ」


 誠治はそう提案した。三人で四階へ向かうエスカレーターに乗り込んだ。愛美さんはずっと黙ったままで、ぶたれた頬に手を当てていた。あたしはツイッターに「修羅場なう」なんてのんきにつぶやいた。


 

 コートには誰もいなかった。休日なのに、珍しい。


 それぞれラケットを持ち、誠治から順に時計回りで打っていくことになった。あたしが誠治の次の番である。


 バドミントンなんて高校の体育の授業以来で、特別苦手でもなかった。


「愛美はこっこちゃんに謝らなきゃいけないよな」


 あたしは愛美さんのほうにシャトルを打った。愛美さんはそれしか見ていない。


「ごめんなさい」

「よし、いいこだぞ」


 兄と妹のようだ。と思う。愛美さんはシャトルを地面に落としてしまった。彼女は拾い上げて、それを誠治に渡した。


「私、打つのが苦手だから誠治がやって」


 誠治が打ち上げて、あたしがそれを愛美さんに高めに打った。高めに打つと愛美さんも打つことができるようだ。円のラリーは続く。


「愛美さんと誠治はどういう関係なの」

「幼なじみだよ」

「恋人だよ」


 それぞれ言うことが違って、誠治と愛美さんはお互いをみた。


「俺がいつおまえの恋人になったよ。中学生みたいな体型の女なんてタイプじゃないんだよ」


 確かに、愛美さんは胸も小さいし、身長もあたしよりずっと低い。たぶん百五十センチくらいだろう。


「ひどーい。ね、こっこちゃん、こんな男やめておくべきだよ」

「あたしも付き合ってるわけじゃないし」

「え、本当に付き合ってないんだ?」

「ついこの間出会ったばかりだし」


 へえ、と楽しげに相槌をうち、愛美さんはスマッシュを誠治に打つ。


「いきなりスマッシュ打つなよ」


 えへへ、と嬉しげだ。幼い子供が兄にいたずらをしているような、ほほえましさがあった。


 しかし、二人と同じ空間に居続けるのは危険なのでは、とも考えた。今の状況は修羅場でこそないが、修羅場という泥沼に片足をつっこんでいる状態だ。


「私、こっこちゃんなら仲良くできそう」


 そんなことを、満面の笑みで宣言されたあたしの気持ちがわかるだろうか。家畜の豚になった気分だ。


「よろしくね」


 当たり障りのない返事しかできない。それ以外の言葉を選んだら、あたしはどうなってしまうかわからないだろう。


 ラウンドワンの三時間はずっとバドミントンをしていた。


 言うまでもないが、誠治はげっそりとした顔をしていた。彼の生気を愛美さんが吸っているかのように見えた。


 ラウンドワンを出たあと、軽食を食べにタリーズへ入った。本通りにあるそのタリーズは三階建てでガラス張りになっている。日曜だから特に人は多かったが、席がなくなるほどではなかった。


 あたしはカフェモカとホットドックを頼み、愛美は期間限定のホワイトチョコのカフェモカとパンを、誠治はただのウインナーコーヒーをそれぞれ頼んだ。


 二階の四人掛けのテーブル席に座り込んだ。愛美さんは誠治の腕を胸に寄せたまま、二人掛けのソファ席に座り込んだ。元々、誠治の隣に座るつもりなんてさらさらないのだが、愛美はどや顔で、あたしを軽く見下ろした。


「早く飲みなよ、冷めちゃうよ」


 ホワイトチョコをスプーンですくいながら、愛美さんは言った。


 愛美さんは性格こそひねくれているが、こういうお洒落な喫茶店にも頻繁に訪れているのだろう。あたしとは違う「慣れている雰囲気」がにじみ出ている。どうも、あたしはほかの人と比較しても芋臭さがぬけ切れていないように思う。


「そういえば、こっこちゃんってラインやってる?」


 唐突の言葉にあたしは焦ってしまった。ラインで繋がる友人などいないので、もちろんインストールなどしていない。


「やってないかなあ」

「こっこちゃん、友達いないの?」


 それは声の高い女性の声、愛美は目をきらきら輝かせていた。はあ、とため息をつく息を飲み込んで、


「まあ、あんまりいないね。わざわざラインじゃなくてもメールやメッセージで事足りるし」

「そうかなあ。ライン楽しいよ、やってみればいいのに」


 愛美さんの唇の端はにやついていた。


「あたし、別のアプリ入れてるからさ、ラインの必要性がわからないんだわ。どーでもよくない、他人のスマホ事情なんて」

「そうだね、どーでもいいけど。今時ラインを入れてないなんて、どれだけ友達がいないんだろうってかわいそうになったの。気を悪くしたならごめんね」


 ごめんね、なんて嘘でも言われてしまったら、


「別にあたしもどうでもいいから、いいよ」


 気にくわなくても大人の対応をするしかなくなった。


「こっこちゃんってやさしー」


 甘ったるい声が耳に障る、ああこれだから若い女は苦手なのだ。あたしが非常に弱々しい個体に見えるのだろうか、こうやっていじってきたり喧嘩をふっかけられる経験は少なくなかった。


 誠治はおどおどとした顔であたしと愛美さんを交互に見て「どうしたんだ」と焦っている様子だ。男って気楽でいいよね、なんて悪態をつきたくなる。


「私、こっこちゃんとなら女の子でも仲良くできるかも」


 誠治のシャツの裾を引っ張りながら、愛美さんはホワイトチョコモカをずるずるすすった。



 誠治と愛美さんと別れたのは電車を降りてからだった。二人は用事があるからと言って、そのまま電車に乗っていってしまった。あたしはそのまま自宅へ帰宅するつもりだったので途中で下車した。恐ろしく愚痴を誰かに聞いてもらいたい気分になった。竜也の顔が頭に浮かんだ。


 まだファミレスにいるだろうか。確か今日は夜のシフトだったはずだ。気分転換にと勤め先のファミレスへ行こうと考えたけど、よくよく考えるとおこがましくて恥ずかしかった。


 しかも、竜也に会いになんて、ありえない。


 SNSに


「今日は最悪だった。変な女に絡まれるし」


 と愚痴をつぶやいて、自宅へ帰宅した。


 帰宅して玄関で靴を脱いでいると、母が「おかえりい」とあたしに駆け寄ってきた。


「今日は琴美ちゃんが大好きなシチューだよお」


 そっか、とつぶやいてエプロンを身につけた母を無視して自室へ籠もり、着慣れていない服をすぐさま脱いで部屋着に着替えて、ベッドに横たわった。気疲れと、パンプス疲れ、あと歩き疲れ。やっぱり慣れないことなんてしないほうが良いのかもしれない。デートとか女とか、あと都会にも。


 同性は苦手だ。気が合わないというか、なんというか。


「琴美ちゃん、ケーキがあるわよお」


 その声で起きあがって自室を飛び出した。キッチンで鍋を見張っている母が、あたしの足音に気がついて、


「冷蔵庫の中にあるわよお」


 鼻歌交じりに腰を振りながらシチューを混ぜていた。そんな母を見て見ぬ振りをしたまま、冷蔵庫からチョコレートケーキを取り出して、ついているプラスティックのフォークと一緒にテーブルに置いた。


 チョコレートケーキを一口食べてしまったら、今日起きた様々なことがどうでもよくなってしまう。自分は単純だなあ、なんて母の下手な鼻歌を聞きながら考えた。


 SNSのタイムラインを眺めていると、かにかまさんが「死にたい」とつぶやいていた。かにかまさんはかまってちゃんの女性を批判するくせに、自分はそのかまってちゃんなのだ。たぶん自己嫌悪ってやつなんだろうとは思うけど。


 SNSの恐ろしいところは、自分の考えてない感情や意識下の思考さえ露わにしてしまうところである。あたしは恐ろしいSNSを理解しているから、注意してつぶやくのだけど、ほとんどの人は知りもしないから時々へまをやらかしてしまう。


「俺は美人なんて嫌いだ。不細工で劣等感を抱えた女のほうがよっぽど美しい。美人はだめだ、あいつらは自分の美しさを自覚しているし、何よりずうずうしい」


 誰かに影響を受けたかのような文章である。かにかまさんは美人に何をされたのだろうか。


「フラン暴落を免れたけど、おかげで二万マイナスだ(涙)」


 ヒースさんの毎日は充実していそうだ。トレーダーといったら聞こえはいいが、ただのギャンブラーでしかない。ヒースさん自身もそう言っていたけれど、世間の目はまた違うのだそうだ。


 ネットで様々な人の感情を目の当たりにしていると、自分のような平凡な人間が珍しいように思う。トレーダーでもないし、ネットで出会った異性と性行為したこともない。


「私はおまえ等に比べたら普通だな」


 つぶやいて、空になった皿を流しの下においた。



「あの界隈でイきがってるかにかまってやつ、あいつはろくでもないから、このスレにいるお前らも関わらないほうがいいぞ。


 あいつはオフで出会った女の顔殴って病院送りにしたり、あいつ自身の母親を殴って病院送りにしたらしいから。


 イかれてるよ。父親は弁護士だし、争おうとした女もいたらしいけど、泣き寝入りしたんだと」


「リークか? お前こそやけにかにかまについて詳しいけど、何者なんだよ(笑)」


「俺はリアルで関わりがあるだけだ(笑)」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ