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 目が覚めたのは朝の五時で、布団から出たのが午前七時だった。ひんやりとした空気が自宅にはり巡らされていて、その空気によってすぐに目を覚ましてしまった。そうは言っても、春の朝の寒さに耐えられず、掛け布団にくるまってスマホを触っていたのだけど。


 日曜の朝のリビングは、深夜の道路みたいだった。いつもとは違う風景に戸惑いつつも、納豆を混ぜて、リビングのテーブルの奥にある小さな窓から差し込む朝日を見ていた。一人だと退屈で仕方ないから、スマホを眺める。スマホは退屈をしのぐことができてお金もさほどかからない素晴らしいツールだ。


 母がコスメを選んだり低俗なテレビを楽しむように、父がゴルフや競馬を楽しむように、あたしはスマホを眺めるだけで、それ以上でも以下でもない。


 よく年長者はスマホを触る若者をおかしいと揶揄するけど、あたしたちにとってのスマホは年長者にとっての本やテレビなのである。


 自分に理解のできないメディアを使う人間を、ばかだとか異常者だと罵るのは筋が通ってない。少なく

とも論理的ではないはずだ。論理的であることが善であるわけじゃあない。だけど、根拠もないのに、頭が悪くなるだとか、悪影響があるだとか決めつける姿勢が気に食わない。ただ、自分の感情のために、論理的に装飾して正当化しているだけじゃないか。いっそのこと「若者が機械を使いこなしているのが気に食わない」くらい言ってしまえば清々しいのに。


 けれど、あたしもそんな大人になってしまうのだろうか。


「最近の若者はロボットと遊んでいる、けしからん」なんてため息をついてしまうのだろうか。そんな大人になるのは避けたい。ただ、今の感情を将来にも抱き続けられるのだろうか。


 はあ、最悪だ。デートの日なのに、どうしてくだらないことを考えてしまうんだ。気分は急降下している。



 ラウンドワンは市電で八駅、それから徒歩でおおよそ十分ほどの場所にある。本通り、と呼ばれる通りの裏にひっそりと、かつ堂々と建っているビルがそれだ。バイトと自宅の往復ばかりの毎日だったので、本通りの人の多さに頭がくらくらした。土日は特に若者やカップル、あと家族連れや観光客で溢れかえっている。その通りを歩くとき、いつもシューティングゲームをしている気分になる。誰ともぶつからずに通りを抜けられたら、ゲームクリアだ。


「え、こっこちゃんは街出ないの? 電車ですぐじゃん」


 それは皆に言われることだ。単純な距離だけならば、あたしの住んでいる街から本通りまですぐではあるが、わざわざ出る必要もないと判断しているだけだ。イオンが近くにあるし、用事はすべてイオンで解決するし。


 ラウンドワンに行くつもりだったのに、なぜだかウィンドーショッピングをしている。あたしはウィンドーショッピングなんて退屈なことはしたくないのになあ。


 洋服屋や雑貨屋なんかを見ては、「あの服、可愛いねえ」とあたしを横目で見ては言い、「そうですね」と半ば強制的に肯定させられる。


 これが一般的なデートと呼ばれるものなのか。


「パルコやスタバも街に出ればあるのに、もったいない」


 もったいないと同情されるほどのことなのだろうか。誠治はソフトクリームを買ってくれた。歩きながら、白くて甘いそれを口に含む。


「こっこちゃんは達観しているよ。もっと若者らしく生きればいいのに」

「らしくって何よ?」

「そりゃあ、お洒落とか、色々あるじゃない」


 ふうん、とつぶやいて考えてみたけど、ぴんとこない。


「もっとお洒落をしたほうがいいかな」

「今日は十分お洒落だと思うよ。ただこの間の服は」


 この間とは誠治の家に行ったときの格好のことだろう。


 確かに、あたしは達観しているのかもしれない。同い年くらいの女たちは、ばかみたいに騒いで遊んでいるし、ファッション雑誌のいうことを鵜呑みにしてしまっている。


 でも、それは今に始まったことではない。昔からである。あたしの肩すれすれにすれ違った茶髪のギャルは彼氏の腕を掴んで、心底幸せそうな表情をしていた。


 ああいう無邪気さや、かわいらしさが欠如している。ただ、あんなものは意識してどうにかなるものではあるまい。元々の素質に左右されることだろう。


 誠治はぺろりとソフトクリームをすべて食べてしまって、まだコーンにすら到達していないあたしのソフトクリームは次第に溶けて今にも手が汚れてしまいそうだった。


「俺が食べてあげようか」

「食べたいだけでしょ」


 誠治は溶けかけているソフトクリームを一口、大きな口でとらえた。唇の端が白く汚れていたけれど、あまりに突然の出来事で驚いてしまって、声すら出せなかった。


「溶けそうだったから」


 笑みを投げかけられて、顔がみるみる熱くなるのを感じた。衝動的に、早口でソフトクリームをすべて口に放り投こんだ。


 間接キス、じゃないか。あたしにとって、間接キスでもキスはキスで、特別なことだけれど、誠治にとってはそうじゃない。


 こういうとき、

「間接キスだね」


 とかわいい顔ができるのは、モテている可愛い女の子だけだ。自信がなきゃ、そんな言葉を口にはできない。


「どうしたの? 気分悪い?」


 急に接近した誠治の目は、あたしをなめ回すように見ていた。わかってやっているに違いない。目を合わせるのが恥ずかしくて、顔を伏せた。


「誠治って、女の子にモテるでしょ」


 顔を離して、うーん、と唸る。


「モテるわけじゃないけど、女の子に告白されたり、迫られることはあるかな」


 それをモテると表現しないならば、何がモテなのだ。十分モテているじゃんか。


 本通りの宝石店の上にある大きな時計によると、現在の時刻は十時らしい。


「お腹空いたの?」


 誠治の目線は時計の奥にある唐揚げ屋に向いていた。


「誠治のほうじゃないの、お腹が空いてるのは」

「バレた?」


 舌を出して、誠治は唐揚げを購入しに店の方へ消えてしまった。空腹じゃないあたしは、時計の下あたりで待つことにした。行き交う人の波で酔ってしまいそうになる。やはり地元のほうが好きなのかもしれない。


「あんた、誠治の何なの?」


 ぼうっとしていたら、通りを歩いていた女性に声をかけられた。きっと人違いだろうと、無視してスマホを触っていたら、


「ちょっと、無視しないでよ」


 あたしのすぐそばにまで近づいてきた。彼女は今にもスマホを取り上げそうな勢いだ。茶色がかったセミロングヘアの女性は、目が大きくお人形さんのような顔をしていた。


「どなたですか」

「名乗る必要なんてない」


 大股で、あたしに一歩寄せた。花柄のロングスカートがふわりと揺れた。


 あたしよりずっとお洒落で可愛らしい。ひょっとしたら、誠治の元カノなのかもしれない。


「だから、答えなさいよ。誠治の何なの?」

「何でしょうね……」


 合コンで出会ったというべきなのだろうか。下手にはぐらかしても逆上しそうな勢いだから、はぐらかさないほうが良いだろう。こんな人通りの多い場所で怒鳴りつけるような人だ。


「お友達でしょうか」


 はあ? とその声で周りの人はあたしたちをぎょっとみた。


「友達があんなソフトクリームの食べ方しないわよねえ。あんたは友達にも間接キスしちゃうようなあばずれなの?」


「そんな言い方ないんじゃない? そもそもこっちが聞きたいよ。どーせ誠治の元カノなんでしょ、ストーカーして何したいの? 警察に通報してもいいんだからね」


 思わず口にでてしまった。


「おまたせ」


 山盛りのから揚げを右手に持つ、誠治の表情がみるみる青ざめていく。


「どうして愛美がいるんだ」

「どうしてもこうしてもないわ。どうして私以外の女とデートなんてしてるのよ」


 誠治は一口唐揚げを口に頬張って、飲み込んでから


「今日はこっこちゃんとデートなんだから邪魔しないでくれるか。相手なら明日してやるから」

「嫌よ。そんなこと言われたらますます気になるじゃない。いやらしいことしないなら、あたしが一緒でも何も問題ないわよね」

「気が散るんだよ。おまえがいると」


 そんな誠治の耳元に愛美さんは近づいて何かをささやいたかと思うと、すぐに


「いいよ、人数が多いほうが楽しいだろう」


 と心のこもってない言葉で答えた。あたしはその様子を呆然として見ていた。だって、二人の間に割り

込むすきもなかったからだ。


「じゃ、ラウンドワンへ行くんだよね。楽しみましょ」


 愛美さんはウィンクをして誠治の手を握りしめた。

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