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「好きな人って誰だよ」
バイトの更衣室を出てすぐに竜也は聞いてきた。げんなりする。
竜也はあたしよりシフトが多い。俗に言うバイトリーダーってやつだ。結構仕事はできるから社員にならないかと誘われているらしいが、バイトリーダーの立ち位置をキープしたいのか、のらりくらりと断り続けているらしい。
汚れた制服で濡れた手を拭いながら、竜也はしつこくあたしに絡む、あたしはあたしで仕事があるので調理に向かう。竜也はあたしの周りに蠅みたくうろついて「誰だよ」と聞いてくる。
何が一番不幸かって、あたしと竜也は同じ調理ということだ。
「どうして教えなきゃいけないのよ」
半ば切れ気味に言う、装っているだけなのだけど。
「琴美ちゃんのファーストキスもらったのって俺じゃん?」
「そんなことどーでもいいじゃん。たかがキスなんかに拘るなんてほんと気持ち悪い」
「いやいや、拘ってはないけど」
あたしは伝票にある注文をチンしたり焼いたり、盛りつけしながら口を動かす。竜也はタブレットのような機械を使って食材を発注している。
昼のシフトなので幸い、ジョンはいないようだ。
「琴美ちゃんみたいな非モテの女の子は、俺みたいな男が貰わないと売れ残っちゃうでしょ」
「あたしは物じゃないから」
「たとえだよたとえ。琴美ちゃんは頭が固いんだから」
こいつは二人きりの時にだけ「琴美ちゃん」と呼ぶ、他に人がいたら「相川さん」なのに。
「あのさ、琴美って呼ばないでくれない? 相川でいいからさ。その名前嫌いなの」
「自分の名前なのに?」
そう、と頷くと、どうでもよさげにふうん、変わってるね、と目を合わせないまま言った。
仕事だとはいえ、冷蔵庫を開けたり締めたりを繰り返しているので、うっとおしくてたまらない。昼時だから注文も多いというのに。
「さっさと発注終わらせて手伝ってよ」
「もう終わるから待てよ」
発注もほかの人がすると十五分以上かかるのに、こいつは五分で済ませられる。仕事ができるところは評価しているけれど……いかんせんそれ以外がひどすぎる。
「あんた、今彼女いるの?」
「気になる? 俺のことそんなに好きなの?」
やれやれと頭を抱えた。こいつは本気なのか、ジョークなのかがわからないから苦手だ。
「今はフリーだよ。彼女がいてこんなにアプローチするわけないじゃん」
「それアプローチなの?」
「他になんだと思ってたんだよ」
ふうん、と相づちをうって、ホールの子にできあがった料理を渡してから、顔を合わせたくなかったから手洗いへ行った。
今度の日曜に誠治とラウンドワンへ行くことに決まった。どう決まったかというと、「ラウンドワン行ってみたい」とラインでつぶやいたら、誠治が「じゃあ行こうか?」と返信してきたからだ。なんとまあ、軽いノリなのだろう。
しかし、問題がある。あたしはこの間着ていった服以外に、よそ行き用の洋服を持っていないのだ。ジャージとジーパンとあと中学の時から着ているTシャツくらいで、デート用の服を持っていなかった。
正直、非モテやモテ関係なく女としてまずいような気がする。しかも、それを相談できる友達すらろくにいない。数少ない友人は皆上京してしまって御盆か正月まで帰省してこないだろう。こんな「デートのとき、何を着ればいいかな?」なんて中学生でも解決できるような質問を、真っ当に働いている友人に投げかけるのも、気が引ける。
今日は火曜なのであと五日間の猶予がある。お金はどうにでもなるけど、しまむらかユニクロへ買い物に行かなければいけないのだろうか。そもそもあたしのセンスで選んでしまって良いのだろうか、ううん。
竜也がてきぱきと仕事をこなす中、あたしはぼうっと業務連絡用ホワイトボードを眺めていた。
「魂抜けてるような顔してどうしたんだ」
手を動かしながら竜也はあたしに聞いた。
「デートするための服がない」
もしかしたら魂が抜けていたのかもしれない。
「イオンで買えばいいんじゃねえの。おまえだって女なんだから、可愛い服買えばいいじゃねえか」
「あたし、しまむらとユニクロでしか服を買ったことないんだよ」
悲壮感が漂っていたのか、哀れみを持った目であたしを見ていた。包丁を置き、竜也はホワイトボードの横にかけてあるカレンダーを確認しながら
「俺が選んでやろうか。ついでに服も買ってやるよ」
「その代償にセックスさせろとかじゃないよね」
「おまえは俺のことをなんだと思ってるんだ。何もしねえよ。女の服選ぶなんて面白そうだし、おまえだって洒落た格好したいんだろ、協力してやりたいだけだ」
表情を一つも変えないで竜也は言った。あれ? 竜也ってもしかしていい奴なんじゃ?
「いつデートなんだ」
「日曜日だけど」
「じゃあ、明日でいいか、明日シフトが終わってから」
明日はあたしと竜也は夕方四時までのシフトだったので、イオンへ行くことは十分可能だった。
「頼むから、明日はクロックスやジャージは控えてくれよ。さすがの俺も恥ずかしいから」
「じゃあ、あんたも酒を飲まないでよ」
「考えておく」
そうだ。こいつは酒癖の悪さと女癖の悪ささえ改善されれば良い男なのだ。あたしなんかよりよっぽどできる人間だけど、だけど、認めたくないしやっぱり嫌いだ。




