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 竜也と付き合いはじめても、日常は変わらない。変わったことといえば、竜也があたしに優しくなったことくらいだろうか。それでもジョンがいればいつもと同じように口が悪くなる。


 バイト中にあたしと竜也で二人きりのシフトのとき、SNSを見ていたらヒースさんが


「そろそろ定職探さなきゃな」とつぶやいていたから返信を書いていたのだけど、そこをちょうど竜也がのぞき込んだのだ。


「何見てんの」


 言うと、きょとんとした顔を貫いた。


「お前、アラレさんだったの」

「え?」

「いや、俺がヒースだよ」


 ひっくり返りそうなほど驚いていた。そうか、竜也がこの人だったのか、と考えると笑いが止まらなかった。


「どうしたんだよ、そんなにおかしいか?」


 焦ってる竜也すら愛しくて、ますます楽しくなってきた。


「なんでもないよ」


 いうと、竜也は首を傾げて黙ってしまった。


 そんな彼を横目にかにかまさんのアカウントを見ようとページに飛ぼうとしたけど、彼のアカウントは消えてしまっていた。



 バイトが終わってすぐに誠治のスマホに電話をかけた。しかし、でることはなかった。誠治が住んでいたマンションへ出向いたが、誰もインターホンにでることはなかった。ジョンに電話しても「知らないよ」とけろっとした声で言われた。愛美も誠治と同様に連絡がつかなくなってしまっていた。


 ひょっとして二人とも一緒にいるのだろうか、そんな考えが頭に浮かんだが、確認方法すらない。


 短い期間でも友達でいられたと思ったのに、こんなに簡単に関係が切れるのか、そう思うと無性に悲しくなった。悔しくもあった。


 そこから自宅に帰宅する途中に、竜也に出会った。彼は青い看板のコンビニの袋を手にぶら下げている。


「どうしたんだ。浮かない顔して」

「誠治がいなくなったの」


 そう言うと、ああ、とまるで思い当たる節がありそうな返事をして頭をかいた。


「何か知ってるの?」


 いや、と目をそらした。あたしはその竜也の胸ぐらをつかむ勢いで寄りかかる。


「教えてよ」

「いやだよ」

「どうして」


 竜也はあたしの右手を握り、歩き始めた。こんな風に触れて紛らわそうとするなんて、ひどい男だ。竜也自身は穏やかな表情をしていたし、なおさら腹が立つ。


「別に言ったっていいんだけどさ」

「じゃあ、言ってよ」


 妙に汗ばんだ左手は不思議と嫌ではなかった。


「言ったところでどうにもできないぜ」

「別にいいよ」


 竜也が口ごもってるとき、スマホのバイブがうなった。あわててあたしはホームボタンを押して通知を確認すると、誠治のスマホの番号から写真が一枚届いていた。


「誠治からだ」


 うん、と何もかも見透かしたような顔の男は薄く笑っていた。あたしはすぐさま写真を開くと、そこにはコバルトブルーの海と、見覚えのある白い右手があった。多分、愛美だろう。


「あいつら、引っ越したんだよ」


 納得はできなかった。でも、納得するしかなかった。この一枚の大した情報量のない写真で、なぜだか安心できてしまった。おかしいだろう、私だっておかしいと思う。


「何で、竜也は知ってたの」

「相談されたから。琴美には言うなって言われてたんだよ、きっと寂しがるだろうからって」


 突然立ち止まった竜也はあたしの頭をなでた。

「面倒だから泣くなよ」


 いたずらに笑う。別に泣かないよ、とそっぽを向いたけど、少し寂しい。寂しくても今は竜也が前よりそばにいて、触れてくれている。


「あたしはもう大人になったからさ」

「なんだそれ」


 再び手を握る竜也は、けらけらと笑っていた。



「もう、誠治は前から勝手なんですよ。僕に何一つ相談しないで勝手に決めちゃうんだ。大学時代からずっとそうで」


 ジョンは目を真っ赤にしてウイスキーの水割りを水のように飲んでいる。


「おい、それ安くないんだぞ」


 竜也はジョンをにらみつけた。そんなジョンは


「まあまあいいじゃないですか、僕も日本酒を提供してるわけですし」


 狭い竜也の家のリビングで三人でちゃぶ台を囲ってちょっとした飲み会をしていた。本当は愛美や誠治も呼ぶつもりだったのだが、あいにく彼らはあたしたちの知らないどこか遠くに旅立ってしまった。ジョンも知らなかったようで、事実を知ってたいそう悲しんだようだ。


「だって、親友だと思ってたんですよ。なのに勝手に引っ越しちゃって、アカウントも消してしまったし」

「あはは、あたしも同じ気持ちだったよ」

「親友だからって何でも相談しなきゃいけねえわけじゃないだろ」


 竜也は日本酒をちょびちょびと飲む。


「そりゃあ、無関係なのに相談してもらった竜也さんは何も思わないかもしれませんよ?」


 そうだな、と竜也は笑う。


「まあ、縁があればまた会うこともできるだろ。他人の心配するより、自分の心配しなきゃな」


 ちゃぶ台を囲んでいた三人はどこか、触れたくない暗い雰囲気に変化した。あたしは部屋のクリーム色

の天井をにらんだ。将来とか、未来とか、そんなことを考えたくなくて、目をそらしたかった。


「あたしたち、ちゃんと生きていけるかなあ」

「怖いこと言わないでくださいよ」


 それにあはは、とはっきりと竜也は笑った。笑い事じゃないだろう、と怒りたい気持ちを隠すために缶ビールを空けた。


「どうにかなるだろ。心配するだけばかばかしいぜ。こんな世の中なんだからよ」


 はきはきと言ったその竜也の言葉に、あたしはどこか肩の荷が降りた気がした。これまでずっと抱えていた肩に取り付いたネガティブな亡霊が、どこかへいなくなってしまったような。


 隣にいるこの男についていけば、どうにか生きていけるように思えた。ひょっとしたら、一時の気の迷いなのかもしれないけれど。


「どうした?」


 竜也はあたしの顔をじっと見た。


「なんでもない」


 とたんに恥ずかしくなって、目を伏せた。その目線の先にある右手に、竜也は自身の左手を重ねた。


「今日はたくさん飲もうぜ」


 首を大きく縦に振った。今のあたしは最高に幸福だと、はじめて思った。

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