命の廻り
白鳥を失った王子と北風は言葉を失ったまま、人が住む最北の村に向かって歩き続けます。
もう少しでその村にたどり着こうとしたとき、またもオオカミの群れが姿を現しました。
王子は、持っていた槍の穂先の覆いを外し身が構えます。
「精霊王の第一王子、我らはそなたを狩るつもりはない」
オオカミの群れから一頭進み出て、王子に語りかけました。
しかし、王子は槍を構えたまま、オオカミを睨みます。
「オオカミよ、そなたらは白鳥を殺した」
「……殺したと言うが、王子よ、そなたは生きるための狩りをし、己の糧にしないのか?」
オオカミが、逆に問います。
「王子、あなたが自ら手汚さずとも、生きるために何かしら命を奪っておられます。
いや、それ以上に、生きるため以外に、何らかの形で命を奪っておられます」
王子の構えた槍先が、大きくぶれていきます。
「我らは生きるために、白鳥を狩りました。それでも我らに、命を盗るな。と、仰せられますか?」
王子はオオカミの言葉で、ようやく槍をおろしました。
「……わかってくださり、感謝いたします。
精霊王のご子息様が、このような地までお越しの件は、すでに雪と氷の主に伝わっております。
雪と氷の主からの言伝でございます。空にカーテンがかかる時、最北の村近くの岬でお待ち願うと」
「空にカーテン?」
「オーロラと呼ばれるものです。この時期空にカーテンのような光が現れます。
そのオーロラが現れるそれまで、最北の村で長旅の疲れを癒していただきたい」
三日後、オオカミの言ったオーロラが現れました。
「……なるほど、確かにこれは空のカーテンだ」
王子は急いで岬に向かいます。気がつくと声をかけてきたオオカミが並走して走っています。
やがて、凍りついた海に突き出した岬に辿り着きました。
オオカミが立ち止まり、空に向かって遠吠えします。おそろしく澄んだ空にビリビリと響き、さらに寒さが厳しくなるのを感じ、王子は思わず身を強張らせました。
「……あぁ、雪と氷の主が来られる」
北風がそう呟き、空に吸い込まれるかのように、その姿が消えていきます。
「王子、北風は雪と氷との主の元に戻られました。これから、さらに寒くなりますゆえ、我に身体をお寄せになってください」
王子はオオカミの言葉に従い身体を寄せます。そして、はっとなりました。オオカミの身体が、見た目よりかなり痩せ細っていることに。
「お主、白鳥を狩り、糧にしたはずでは?」
「あれは次の担い手に譲りました。命を確実に繋げるために」
鳴くような風が彼らを包み、雪と氷の渦が見えました。雪と氷の主が姿を現したのです。