ナニカさん
のどかな昼休み。
「ねーねー。舞子、ナニカさんって知ってる?」
咲良が話しかけてきた。
私は海野舞子、高校2年生。咲良とは同じクラスだ。咲良は占いの類が好きで、コックリさんやキューピッド様もやっていた。しかし高校生になり、そんなことをやっている暇も無く、最近はそういう話をすることもなかったのだが。
ナニカさんとは何だろう…。私も聞いたことがない。それを咲良に言うと、
「へへ。そうでしょ。私も昨日ネットで知ったんだ!」
咲良はそういうサイトが大好きなのだ。
「ふーん、どんなの?」
どうせ今までと似たようなものだろうと思いつつ聞いてみると、
「っとね…大きな鏡をふたつ向かい合わせに用意して、その中に立つの。そして、ナニカさんに会いたいって強く思うの。するとね、鏡の中に無限に映る自分の顔のひとつが、ナニカさんになるんだよ。」
「顔のひとつが?」
「うん、ひとつがね、ジッと見つめてきて、ニタッと笑うの。」
「…それで、どうなるの?」
その先を聞くのが怖い気がした。
「それでね、ナニカさんに願い事を言うと、それを叶えてくれるんだよ。」
「何でも?」
「そ!何でも!」
そう言った後で、付け加えるように言う。
「でもね、願い事はあんまり多く言っちゃいけないんだって。」
「何で?」
「ナニカさんが、鏡から出て来ちゃうから。鏡の中の顔がナニカさんになるんだけど、だんだん近づいてくるんだよ。最後には、すぐ近くにナニカさんが来て、それで願い事を言っちゃうと、ナニカさんが出て来るの。」
「出て来るとどうなるの。」
「知らない。そこまでは書いてなかったから。」
「ふぅん…。」
怖いけど、鏡だったり、願い事だったり、よくある怪談話のような気がした。
「それ、咲良は試してみたの?」
「うーんとね、涼クンとは両思いになりたいけど、それはキューピッド様にたのんだよ。」
涼くんとは、咲良の片思いの相手だ。
「そっか。」
結果は聞かなかった。そんな占いなんて当てにならない。
数日後、咲良が嬉しそうに話しかけてきた。
「聞いてよぉ〜。私ね、涼クンに告白されちゃったの!キューピッド様のおかげだよ!」
「良かったじゃない。」
キューピッド様のおかげだとは思わなかったが、咲良が両思いになったことは素直に喜べた。その時ふとナニカさんのことを思い出し、咲良に聞いてみた。
「あ!それね、3組に試した子がいたみたいだよ。その子、女の子なんだけど、ナニカさん見たみたい。願い事が叶ったかどうかは知らないけど、怖がってもう2度としないって言ってるみたい。」
「願い事の内容は分かるの?」
「さぁ…?」
結局、願い事の内容も、叶ったかどうかも分からない。その子が「2度としない」と言っているだけだ。これでは本当かなんて分からない。
ーしかし…ナニカさんの話も忘れてしまった頃、舞子はクラスの女子の様子がおかしいことに気づいた。歩いていると、視線を感じる。舞子が見ると明らさまに目を逸らす。席に座っていると後ろからクスクスと笑い声が聞こえたり、「ねぇ、あの子。」「あぁ、知ってる。」という声が聞こえたりする。一体何なのか。咲良までその輪の中に入っていることがある。放課後、咲良をつかまえて聞いてみると、「知らない。」と繰り返すだけ。最近、何かした覚えもなく、なぜなのか分からなかった。
家で舞子はスマホで学校の裏サイトを見てみた。
「…!」
そこには、悪口がびっしりと書きこまれていた。
(もしかしてこれは私のこと?)
『あの子マジサイテーだよねww』
『フラれた(笑)』
『何?ってカンジで見てくるの、超ウケるんですけどwwww』
そのなかのひとつの書き込みに舞子は目を疑った。
『サクラ、情報提供サンキュー(*゜▽゜*)♪』
『イヤ名前出すな〜(`_´)/オイ』
様子が変なのは、咲良が何か喋ったのか。何を喋ったのか。舞子は気になり、同じクラスの女子にメールで聞いてみた。その子は、おとなしく、人の悪口も言えないタイプだったので、女子の輪に入っているのは見たことがなかった。
しばらくして、返信が来た。メールを読むうち、舞子の目つきが険しくなっていった。そこには、女子が噂しているのは舞子が「高木涼に舞子が告白するもフラれ、高木涼は咲良に告白した」ということだと書いてあった。
(咲良、どこでそれを…。)
涼は咲良の片思いの相手だったが、舞子もまた涼のことが好きだった。そして、この間、告白したが、咲良のことが好きだからと断られてしまった。そのことは舞子のほか涼しか知らないはずだった。だとすれば、涼が咲良に喋ったのか。
怒りが湧き上がってきた。
(許せない。)
舞子のことを咲良に喋った涼のことも、クラスの女子に言いふらした咲良のことも。
(酷い目に合わせたい…!)
何か方法はないか。
(そうだ…。ナニカさん…。)
ナニカさんなど信じていなかったはずなのに、自分には何も出来ないこと、何でも願いを叶えてくれるという言葉につられてやってみる気になった。
いつの間にか、夜になっていた。舞子は自分の部屋に、母親の姿見を持ってきた。自分のものと向かい合わせにして置く。真ん中に立つと、無限に顔が映っている。電気を点けていたが、夜特有の暗さが部屋の中に満ちていた。鏡の中を覗き込む。(ナニカさん来てください、ナニカさん来てください、ナニカさん来てください…)舞子は心の中で何度も繰り返した。ふと、ずらりと並ぶ自分の顔に違和感を感じた。ひとつがジッと自分を見ている。恐怖は感じなかった。むしろ、願い事を叶えられる喜びがあった。ナニカさんの口が微かに動いた気がした。
[ネガイゴトヲ]
(まずは咲良。)
「宮根咲良に怪我をさせてください。」
怪我をして痛い思いをすればいい。苦しめばいい。そう思った。ナニカさんを見ると、瞬きをするうちに、自分の顔に戻っていた。鏡の中に見えるのは、全て自分の顔だ。ぼんやりと見ていると、さっきのことが嘘のように思えてきた。自分は確かにナニカさんを見た。願い事をした。でも、それは幻覚だったのではないか?夢を見ていたような気持ちで姿見を片付ける。ベットに倒れ込み、そのまま寝てしまったようだ。
次の朝も学校に行くと女子の視線を感じたが、舞子は気にならなかった。咲良の姿を探すが、見当たらない。舞子は心の中でほくそ笑んだ。ホームルームの時間、担任が咲良が行方不明だと告げた。舞子は首を傾げた。願ったのは怪我のはずだ。何事もないまま授業は終わり、帰りのホームルームの時間、また担任が咲良のことを言った。咲良が意識不明の重体だと。咲良が見つかったのは、道路だった。制服姿だったが、通学路ではなく、交通量が多く信号のない道路で、血を流して倒れていたという。舞子は少し驚いた。まさか本当に…。
しかし、もう一人の人物、高木涼への復讐は、しなければならない。
舞子はその夜、またふたつの鏡の間に立った。手に冷や汗が吹き出してくる。舞子は鏡の中をジッと見つめた。ひとつの顔がゆらりと揺れた。唇が釣り上がる。ちろりと覗いた舌は血の様に赤かった。
高木涼。成績トップクラスの秀才。その秀才の成績が急に落ちたら…。
「高木涼の成績を落としてください。」
空間が揺れるようにナニカさんが消える。舞子はナニカさんが消えた後で、ナニカさんが何処までも続く鏡から近づいてきているのに気付いた。でも…まだまだ距離がある……。明日、高木涼はどうなるのだろう?期末テストが近づいてきている。その結果はどうなるのか…。想像しただけで舞子は楽しくならずにはいられなかった。
3日後の期末テストが終わり、校内にほっとした空気が流れた。しばらくして結果が出た。舞子は2組,高木涼は3組。姿は見えないが,ショックを受けていることだろう。舞子は移動教室の時,3組のクラスの子が高木涼をちらちらと見ていることに気づいた。
「ひどかったらしいよ。」
「なんでだろうね…。」
願った通り,成績が落ちたようだ。しかし舞子はじぶんを見て笑う女子を目にすると,まだナニカさんをやめる気にはならなかった。
(クラスの女子をどうしようか?)
舞子は当たり前のように鏡の前に立った。ナニカさんは、確実に近づいてきている。
(噂…。噂で怒り、怖がればいい。)
「チェーンメールを流して……。女子が怯えるような…。そのことで、争いにでもなるといい。」
舞子はクラスのスマホを持っている女子とすれ違うたび、顔つきを観察した。時々、顔の引きつっている子を見た。日にちが経つうち、そういう子が増えていく。授業を受けていても、携帯を取り出してメールを確認する。口論している様子もある。舞子は、仕返しをする相手がいなくなっても、ナニカさんを呼ぶのをやめるのが嫌だった。
願えば、何でも叶う。それが、舞子をナニカさんから離れられなくしていた。
「成績をあげてくれ。」
「○○が病気になればいい。」
「○○が欲しい。」
舞子は取り留めのないことから、ナニカさんでなければ叶えられないことまで願った。
ナニカさんが近づいてくるのも、目にはいらなかった。
—果てしなく続く鏡の回廊の中、鏡を挟まずにナニカさんと向き合う。
「…………………。」
ゆらり。鏡の表面がさざ波のように揺れる。ナニカさんは前に倒れるように動いたと思うと、消えた。
2枚の鏡に、ナニカさんの様に笑い続ける舞子が何処までも映っていた。




