第八愛
翔君が集中治療室に入ってから四度目の朝を向かえた。しかし未だに私が送ったメッセージは既読になっていない。
ほんとに大丈夫なんだろうか。そう思うと、心臓が耳元で騒がしく感じられた。
その間、私の髪の毛もかなり抜け落ちていった。パパが買ってきてくれたピンクのニット帽を被り生活を送ることにしたのだ。
――ピンコン。
お昼ごはんを食べ終えた時、わたしのスマホが軽快な音を立てた。
スマホの中央に現れたピンクの小窓には、
――やっと病室に戻ってこられたよ。
そう書かれてあった。
あ、翔君だ。
弾む心を押さえきれずスマホを胸の前で握りしめた。わたしはスマホに指を滑らせ送信ボタンをタップした。
――お帰りなさい。会いたかったよ。
返信した次の瞬間、何かのキャラクターがわんわん泣いているスタンプが送られてきた。更に、
――まだ絶対安静だけどね。しかも面会謝絶のおまけ付き。
――そっかあ。でもちょっと一安心だね。
――へえ。心配してくれてたんだー。
――もう。嫌い。
――ごめん、ごめん。心配してくれてたなんて嬉しいよ。俺もはやく凛に逢いたい。
――なら、よろしい。
彼から送られてきた「あいたい」は「会いたい」ではなく「逢いたい」だった。なんだか嬉しくてわたしは再びスマホを胸の前で握りしめた。
――面会謝絶が解けたら逢おうね。
――うん。
この恋、翔君から仕掛けてきたのだけれど、なんだかわたしの方が夢中になっているのかもしれない。少し悔しい気もするけれど、人を愛する事のできるわたしがいる事に幸せを感じている。
夜七時、仕事を終えたパパがやってきた。わたしに変な心配をかけたくなかったのか、笑顔で病室に入ってきた。
「よう! お嬢。体調はどうかな? はい、お土産」
そう言ってパパはケーキが入ってそうな白い箱を開けてわたしに見せた。鮮やかな緑色をした抹茶のケーキが可愛い洋服を着ておとなしくわたしを待っているようだった。
「やったあ! 美味しそう!」
――コンコン。
病室のドアがノックされたのだ。パパは慌ててケーキの箱を持ち、後ろに隠した。
「凛ちゃん、具合はどうかな?」
そう言って入ってきたのは看護師の鳥越さんだった。
「鳥越さん、絶好調ですよ」
「やったあ! 美味しそう! って聞こえたんだけど、何が美味しそうなのかな?」
鳥越さんはいたずらっ子のような顔でそうわたしたちに問いかけた。
「あ! 今、スマートフォンで凛の大好きなロールキャベツの画像を見せてたんですよ。な? 凛」
パパはアニメでよく見るような「額から汗が出てる」ような分かりやすい顔をしていた。
「そおなんですかあ。さぞかし美味しそうなロールキャベツなんでしょうね。凛ちゃんパパの後ろにあるロールキャベツは」
鳥越さんにはバレバレであった。
「え? これはその……。僕が食べようと思ってその……」
あちゃ。パパ嘘つくの下手過ぎ。わたしもパパも観念したのだ。すると鳥越さんは呆れた顔で、
「じゃあそれはわたしが食べたということにしておきましょう。遠藤先生には内緒ですよ」
そう言いながらわたしにウインクをして出ていった。
わたしはパパと目を合わせどちらからともなく微笑みを交わした。
「プッ!」
「プッ!」
わたしとパパは同時に吹き出した。
「パパ、鳥越さんいい人だよね。パパの事、好きなんじゃない?」
驚いたようでいて、しかも間抜けなパパの顔が妙に可笑しくてたまらなかった。
「鳥越さん? パパは凛がいれはそれでいいんだよ。パパの恋人は凛だけで充分」
「もう、そんな事言って……。もしもわたしがお嫁に行ったらどうすんのよ。パパ一人になっちゃうんだよ? もうちょっと自分の幸せの事もちゃんと考えてよね」
「はい、はい」
全くその気のなさそうな「はい、はい」である。
しかし、わたしだけのパパだという事実が嬉しく思えた。