第七愛
「あー良かった。安心した」
わたしの笑顔に安堵したのか、パパも笑顔になった。
「よかったな、凛。凛もゆっくり寝なさい。いいね?」
DJでもやっていたかのようなパパの低い声――それでいてわたしに安心させるような優しい声が耳に届けられた。
「うん。寝るね」
「明日休みだから、お泊まりの申請してくるよ。待ってなくていいから寝てるんだよ」
パパはそう言うと部屋を出ていった。眠ろうと思い瞼は閉じたのだけれど、翔君の顔が頭から離れなかった。
「大丈夫かなあ、翔君」
すると廊下を猛スピードで転がるタイヤの音がした。誰かが運び出されたような緊張感がドア越しに伝わってきた。
と、その時、パパが慌てて部屋に戻ってきたのだ。
わたしはパパの表情からただごとではない何かが起こっているのだとすぐに分かった。
「凛、また誰かが集中治療室に入ったみたいだ。やっぱり大変な病気なんだな」
「こんな時間に?」
わたしは止まりそうになった心臓に力をこめた。そして胸の前で両の拳を合わせた。
「遠藤先生! みんなを助けて下さい」
わたしはかすれた小さな声で祈るようにそう呟いた。
パパはベッドに腰を降ろしわたしを抱き締める。
「凛、大丈夫だ。凛にはパパがついてるから」
「うん」
わたしはパパの厚い胸の中でこくりと頷いた。
パパはわたしの頭を撫でた後、ソファーベッドの背もたれを倒し寝る準備を始めた。病院から借りた掛け布団を敷き、布団に潜り込んだ。
「凛、心配し過ぎると身体に悪いから。先生を信じてゆっくり寝なさい。いいね。おやすみ」
「分かった。おやすみなさい」
わたしは枕元のスイッチを押し部屋の電気を消した。
そしてわたしは目を閉じた。寝なきゃ――そう思えば思うほど彼の笑顔が頭を過る。彼の言葉が頭を過る。そして彼の唇が頭を過る。
目を閉じて一時間経っただろうか。眠れないまま彼の事ばかりを考えていた。
お茶でも飲んで落ち着こうと思い、わたしは上半身を起こした。パパを見ると寝息を立てていた。
わたしはゆっくりベッドから降り、備え付けの冷蔵庫を開ける。ペットボトルの烏龍茶を取り出し喉の奥深くに流し込んだ。
「うーん! 美味しい!」
また眠れなければ飲みたくなるかもしれない。そう思ったわたしはペットボトルをベッドの枕元に置いた。
カーテンの隙間から外を見ると中庭が街頭に照らされていた。翔君と散歩した中庭がなぜだか寂しそうな風景に見えたのだ。明日になれば何人もの人々が訪れる中庭。その賑やかな時をじっと待っているのだろうか。
わたしはしばらく中庭を眺め続けた。また彼と歩ける日は来るのだろうか。
一緒に歩きたい。
そんな小さな夢。元気な人ならいつでもできるであろうたわいもない事。
当たり前の事を当たり前にできる事の素晴らしさを感じながらベッドに戻って行った。