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第六愛

 わたしたちは再び忍び足で病室に戻ってきた。そのスリルを翔君とシェアした事もあり、なんだか楽しかった。


 わたしの病室を出る前、翔君は再び私の唇を塞いだ。


「じゃあ、また明日ね」

 翔君はそう言って、三度忍び足で帰っていった。その姿がなんだか可笑しくて、わたしは笑ってしまったのだ。


「何笑ってんだよ」

 翔君は病室を出る前、わたしが笑ってるのに気づいてそう言った。


「ふふっ。別に。おやすみなさい」


「お、おう。おやすみ」


 わたしは彼の感触思い出すように唇を撫でた。目を閉じると彼の顔が過ってくる。わたしはちょっとしたこの喜びを感じながら眠ってしまった。





 翌日、翔君は現れなかった。ラインも既読になっていないのだ。


「どうした、凛。なんか具合でも悪いのか?」


 わたしの不安そうな表情を読みとったのか、パパはわたしの顔を覗き込んだ。


「翔君ね、今日来るって言ってたんだけど来なかったのよ」


「なんだ、会いたかったのか?」

 パパは意地悪そうな顔でそう言った。


「やだあ、パパったら。そんなんじゃないよ。でもね、ラインも既読になってないのよ。具合でも悪いのかな」


「そうなのか? じゃあパパが看護師さんに聞いてきてやろうか? 凛、ちょっと待ってろ」


 パパは慌てて病室を出ていった。

 五分ほど経っただろうか。帰ってきたパパの顔を見ただけで何かがあったのだとすぐに分かった。


「パパ、どうだった?」


「今朝容体が悪くなって集中治療室にいるらしい。あ、でもいますぐどうこうなることはないらしいから心配しないでくださいって看護師さん……鳥越さんだっけ? 彼女がそう言ってた。だからあんまり心配するな」


「集中治療室って……そんなに悪いの? パパどうしよう」


 わたしは溢れる涙を押さえる事ができず、気づくとパパに抱き付いていた。


「大丈夫だ、凛。心配し過ぎると凛の身体に悪いから。鳥越さんが大丈夫だって言ってるんだから信用しよう。な?」


 パパはわたしを抱き締めてくれた。抱き締めて、何度も何度もわたしの頭を撫でてくれた。


「心配なら鳥越さんに直接話を聞きにいくか? そうしよう。ほれ」


 ほれ。ベッドの脇でそう言いながらパパはしゃがみ、わたしに背中を見せた。おんぶしてやる。そんな格好だった。

 わたしはベッドから起き上がり、パパの背中に乗っかった。パパの背中はとても広く、暖かかった。


 わたしを軽々と持ち上げ、パパは部屋を出ていく。


「パパ、おんぶなんて久しぶりだね。(あった)かい」

 わたしはパパの背中に寄りかかり目を閉じた。


『そこはドロップショットのチャンスだろ! 相手の動きをちゃんと見てれば簡単にポイント取れる場面だぞ!』


 小さな頃、パパがわたしに言った言葉が走馬灯のようによみがえる。


「あら、凛ちゃん。パパにおんぶされていいわね。凛ちゃんパパ、わたしもしてほしいなあ」


 気づけば鳥越さんが目の前にいた。


「いやだ、鳥越さん。自分で歩くって言ったんですけど、パパがおんぶしてやるってしつこいから」


 パパはわたしの話に合わせてくれた。


「ははっ。お恥ずかしい。娘が病気にでもなってくれないと、十八歳になっておんぶなんてできませんからね。ちょっと幸せな二十メートルでした」


 鳥越さんは笑顔でわたしを見ていた。パパより少し歳上ではあるけれど、こんな人がパパの再婚相手ならいいのにな。そんなおせっかいなことを思ってしまった。


「鳥越さん、翔君大丈夫なんですか?」


「大丈夫。うちには白血病のゴッドハンドがいるのよ。安心して」

 作り笑顔とは思えない鳥越さんの笑顔を見たわたしは少し安心した。


「はい。分かりました」


「鳥越さん、ありがとうございます。それじゃあ後二十メートル幸せを感じながら病室に戻ります」

 パパはそう言うとわたしを背負いながら鳥越さんに背中を向けた。


「凛ちゃんパパ、今度はわたしもおんぶして下さいね」

 鳥越さんは笑いながらそう言った。


「鳥越さん、駄目ですよお。わたしのパパですから」

 わたしはぺろりと舌を出し、鳥越さんに笑顔を投げかけた。


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