第三愛
毎日病室で時の流れを重ねていると、季節の移り変わりにも疎くなってしまう。
入院生活も一ヶ月半になった。今日は良いお天気だったので外に出ることになったのだ。看護師さんに車椅子を押され、病院の周りを散歩する。
お見舞いに訪れてくる人達とすれ違いながら……。
ついこの前まではその大多数を占めていた半袖姿はもうない。
「もうすっかり秋なのね」
看護師さんがしみじみと呟いた。
「そうですね。そういえば、セミの声も聞こえなくなりましたね」
セミに負けてらんないな。
「そういえばそうね。ついこの前まであんなに元気に鳴いてたのにね」
すると、この前のチャラ男さんがわたし達の後ろから声を掛けてきた。
「こんにちは」
その声はこの前の軽い声とは少し違うように聞こえた。
――ピロリロリン
看護師さんが首からぶら下げているピッチのような形をした電話が鳴る。
「はい。鳥越です……はい。すぐに行きます」
看護師さんに急用が入ったらしい。
「ごめんね、凛ちゃん。急変した患者さんがいてすぐ戻んなきゃ。また来ようね」
すると、あろうことか、チャラ君が口を挟んできた。
「俺、凛ちゃんの散歩付き合いますので、鳥越さん患者さんのところへ行って下さい」
「ありがとう、翔くん。体力のことも考えて十分くらいで病室に戻してあげてね」
「はい。わかりました」
なに? このチャラ君もショウなんだ。嫌な思い出が頭を過る。
ていうか、このあと二人になっちゃうの? 最悪なんだけど……。
チャラくんは黙ってわたしの車イスを押し始めた。なんだか居心地の悪い思いをしながら車イスは大きないちょうの木の下で止まった。
「凛ちゃん、生きたいと思わない?」
唐突な質問にわたしは答える事ができなかった。
「俺、生きたいな。あ、ごめん。余計な事言っちゃったかな」
なんだか彼の言葉が重くのし掛かってきた。
「わたしも……生きたい……」
「だよね? そうだ。二人で頑張ろうよ。」
頑張ろう……か。
頑張る……口で言うのは簡単だけれど、何をどう頑張ればよいのか……。わたしには分からなかった。
しかし……。
「うん。頑張る」
自然とそんな言葉がわたしの口から出てきた。
「凛ちゃんは彼氏とかいないの?」
彼はわたしの前にしゃがみ、わたしと目線を合わせてそう言った。
「わたし……病気になって振られちゃったんだ。笑っちゃうでしょ? 病気でエッチできないから別れようってLINEでふられたんだよ」
「ひでえ男だな! そんな男別れて正解だよ。って俺も同じようなもんかな。最初は彼女、お見舞いにも来たりしてくれてたんだけど、ほらこの通りだろ? 治療で毛が抜けてさ、彼女に振られちゃったって訳」
彼はそう言いながらニット帽を取って見せた。
「ふふっ。なんか帽子取るとイメージ違うね」
「あー! 今笑ったなあ?」
「ごめん、ごめん。だってギャップが大きすぎて」
チャラ男だと思っていたけれど、なんだか親近感が沸いてきたのだ。
その後二十分ほと散歩しながらたわいもない話をしていた。
彼の名前、ショウという漢字も翔だったので少しショックはあったものの楽しい時間を過ごす事ができたのだ。
「そろそろ病室戻ろっか」
彼は病室までわたしを送り届けてくれた。
「あのさ……」「あの……」
彼とわたしは同時に話し出した。
「どうしたの?」
彼がわたしに問いかけた。
「翔君こそどうしたの?」
「あ、いや……その。明日も会えるかな」
わたしは言葉にこそ出さなかったけれど「うん」と頷いた。
「で? 凛ちゃんは何を言おうとしたの?」
「ううん。何でもない」
答える必要はなかったのだ。わたしも翔君と同じ事を言おうとしていたのだから。
彼は「そっか。また明日」そう言って帰っていった。