第二愛
わたしは十八年間近く貫いてきたロングヘアーを短く切った。少し寂しい気はしたけれど、どのみち全部抜け落ちてしまうのだ。
抗がん剤治療を行うことになりそう決心した。
今日は土曜なので、パパもお昼前にきてくれた。
「おう、ショートも似合うじゃないか」
パパはわたしの顔を覗き込んで目を細めている。
「なんだか恥ずかしいな」
わたしは手鏡を持ち、鏡の中のわたしににこりと微笑みかけた。
「病気が治って髪の毛が生えたらまたロングにするのか?」
「うん。多分......」
「じゃあ、今のうちに写真撮ってやろうか?」
「うん」
わたしはスマホを取り出し、カメラ機能をONにしてからパパに渡した。
ーーカシャッ。
「可愛く撮れてる? 見せて、見せて」
「どうだ? 可愛いだろ?」
我ながらなかなか可愛かった。
「ねぇ、パパも一緒に撮ろ。ここに座って」
わたしは片手で器用にスマホを握った。
「パパいくよ。はい、チーズ」
――カシャッ。
「あとでパパの携帯にも送っといてね」
「うん。LINEのノートに入れとくね」
――コンコン。
「凛ちゃん、調子はどう? そろそろ検査の時間よ」
パパと同じ歳くらいの看護師さんのその言葉に、わたしは項垂れた。
「凛、頑張って」
パパは笑顔でわたしを見送ってくれた。
「うん」
わたしは肩を落とし、力なく頷いた。
検査室のベッドにこしかけながら先生がくるのを待っていると、二十歳前後と思われる男性が入ってきた。
背は高く、キリリとした目元には、うっかりすると見落としてしましそうなほど小さなホクロがある。髪型は分からない。ニット帽に隠されたその中はひょっとして……。
少し素敵な人だったのでぼうっと見続けていたのだ。
目が合ってしまった。わたしは慌てて目を反らす。
しかし、わたしの視界の端っこにいる彼の視線は明らかにわたしの方へ向かっている。
諦めたわたしは再び彼に目をやり愛想笑いでぺこりと頭を下げた。
「ねえ、君いくつ?」
ちょっと素敵な人だと思ってやっていたのに女性に歳を聞いてきたのだ。しかも初対面のファーストトークである。
無視する訳にもいかす、必要最小限のことだけ話すことにした。
「十七歳」
わたしは会話が続かないようにすぐに下を向く。
「高二なの?」
わたしの願いは僅か二秒で打ち砕かれた。
「高三です」
「へー。可愛いね。今度一緒に散歩しない?」
散歩? 一緒に食事とかお茶とかは聞いたことがある。
新手のナンパ?
「凛ちゃん、じゃあ始めようか」
さっきの看護師さんに呼ばれたのだ。
ほっとしたわたしは彼に背を向け看護師さんについていく。
すると後ろから、
「またね」
軽い声が飛んできた。
わたしは少しだけ首を後ろに向け、僅かに頭を下げた。
検査も終わり、一息ついていると病室のドアの向こうが少し騒がしくなった。
――コンコン。
入ってきたのはわたしのチームメイトだった。
「わっ、みんなきてくれたの? ありがとう」
彼女達の首にはキラキラ光る丸い物が掛けられていた。
「凛、大丈夫?」
心配そうに真っ先にわたしの前に来たのは親友の愛である。
「もう、全然。ピンピンよ」
「良かったあ。しっかり治して、絶対プロになろうね。わたしも凛に負けないから。だから凛も病気なんかに負けないで」
愛は目を潤ませていた。
「もう、愛先輩ったら大袈裟だなあ」
わたしの代役でコートに立ってくれ、大活躍をした後輩の麗奈が無邪気に愛に話しかけた。
白血病のことは愛にしか話していないのだ。
すると、表彰式の定番ソングが彼女達の口から流れ出した。
せいの……。
「ジャーンジャージャジャーンジャーン、ジャラララジャンジャンジャー」
麗奈が首から銀色のメダルを外し、わたしの首に掛けてくれたのだ。
「凛先輩。これはプレゼントです。凛先輩がいてくれたらもう少し綺麗な色のメダルだったかもしれないけど、これは凛先輩にあげます」
「何言ってんの麗奈。これはあなたが実力で取ったメダルなのよ。こんな大切な物、わたしが貰えるわけないでしょ」
「大丈夫です。わたし、来年も絶対取りますから。そんなの持ってると、なんだか満足しちゃって練習に身が入らないかもしれないし。まあ、あげるっていうかあ、そうだ、無期限でお貸しします。それならいいですよね?」
他のチームメイトもうんうんと頷きわたしに微笑み掛けている。
わたしは涙をこらえることができず、メダルを抱きしめてわんわん泣いてしまった。
側で見ていたパパも目を真っ赤にしていた。
「みんなでベッドの両脇に集まって。写真撮ってあげるから」
パパはそう言ってスマホをジーンズのポケットから取り出した。カメラ機能に切り替え、わたし達にレンズを向ける。
「じやあいくよ。笑顔でね。ももいろクローバー!?」
「ゼーット!」
――カシャッ。
「おじさん、ウケるんですけど」
愛が笑顔で呟いた。
一時間ほどインターハイの出来事をみんなが話してくれた。
「じゃあまた来るね」
愛は泣きそうな顔でそう言った。
「うん。みんな、ありがとう」
西陽が消えたころ、みんなは帰っていった。