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第二十一愛

 一筋の光が見えたあの日から一ヶ月が経過しようとしている。しかし、骨髄を提供するともしないとも、何の連絡も来ていないようである。


「鳥越さん、なんで何の連絡も来ないんですか? 凛が……凛がこんなに苦しんでるのに。ドナーさんの連絡先教えてもらう訳にはいかないんですか!」


 パパはわたしの事になると興奮を隠せなくなってきている。


「お父さん、もしも骨髄を提供してくれたとしても、ドナーさんの情報は教えてくれないんですよ。そういう決まりなんです。教えてしまえば双方に『貸し借りの感情』が出てしまうんです。だから教えてくれないんですよ」


「そんな。凛にはその人しかいないんです。凛が生きていくにはその人の協力がどうしても必要なんです。家でもなんでも売り払ってお金なら作ります。ドナーさんに全財産を差し上げてもいい。凛さえ生きていてくれれば、四畳半のアパートでもどこでも喜んで住みます。鳥越さん、お願いします。凛を……どうか凛を助けてやって下さい」


「パパ……」


 テニス界で世界ランク三十位まで昇りつめたパパが命乞いでもするかのように頭を下げている。わたしはどこまで親不孝者なんだろう。そんなパパの姿を見ると胸が苦しくなる。


 パパ……ごめんなさい。


 それから二週間経ってもドナーさんからは梨の(つぶて)であった。


 ――コンコン。


 病室のドアを叩き部屋へ入ってきたのは鳥越さんである。


「凛ちゃん、お父さん、これ」


 鳥越さんがパパの手に握らせたのは一枚のメモ用紙のようなものであった。


「わたしの看護学校時代の同期が骨髄バンクのある機関で働いてるの。その人に無理をいって教えてもらった情報よ。こんな事がバレたらわたし首になるわ」


 パパは四つ降りにされたメモ用紙を開いた。そこには人の名前と電話番号らしき十桁の数字が並んでいた。


「鳥越さん……こ……これは」


 鳥越さんはおもちゃをねだるだだっ子に負けてしまった母親のような表情で病室を出ていった。


「鳥越さん……」


 パパは鳥越さんに向かって深々と頭をさげている。既に部屋から出ている鳥越さんの姿は見えない。それでもしばらく頭を上げる事はなかったのだ。


 メモを持つパパの手は震えている。


「凛……この電話番号、ドナーさんの番号だよ。山元さん……山元さんて人らしい。パパ電話してお願いしてみるよ」


「パパ、でも鳥越さんに迷惑がかからないように気を付けてね」


「分かってる。078……。この市外局番どこだろう」


「06が大阪よね。京都とか兵庫とかかな」


 震えの止まらない手でスマホを取り出し電話をかけ始めた。


「もしもし、わたくし前園と申します。山元修二さんはいらっしゃいますでしょうか?」


 わたしは相手の声が聞こえるようにパパが耳につけているスマホに寄り添った。


『マスコミの方ですか? もういい加減にして下さい! 何回()うたら分かるんですか! 主人は何もやっていません!』


 わたしはパパと顔を見合わせた。


「あっ、いえ、違います。わたしの娘が白血病でドナー登録されている中で修二さんだけが一致したんです。それで……お願いしたくお電話させていただいた次第です」


『あ、そうやったんですか。すみません。毎日のようにマスコミから電話がきたりしているので、またかと思いまして……』


「いえ、こちらこそすみません。ところでご主人様は……」


『うちの人は殺人の汚名を着せられてしもて、今警察にいてます。神戸の地方裁判所では死刑の判決をうけました』


「死刑……」


『違うんです。あの人、犯行時刻には私と一緒にいてたんです。でも夫婦の証言はアリバイとして認められへんのです。それで情況証拠だけで犯人に仕立てられてしもて……』


「そうだったんですか。こんな時に申し訳ありません。娘は骨髄移植しないと死んでしまうんです。だから、失礼かとは思ったんですがお電話させていただきました。あっ、これも何かの縁です。わたしに協力できる事はありませんか?」


『もう無理なんです。娘の手術費用で我が家には優秀な弁護士さんを雇うお金もありません。うだつの上がらない国選弁護人で裁判に臨みましたが……』


「そんな! 無実である事は奥様が一番よく知っていらっしゃるんですよね? 高等裁判所へ上告しましょう。弁護士ならわたしがなんとかします。明日にでも面会に行ってご主人の意思を確認してきて下さい。弁護士費用はわたしがなんとかします。お願いです。娘を助けて下さい」


 スマホの奥ですすり泣く声が響いてきた。


 翌日の夕方、山元さんから連絡が入りパパはその足で神戸へと向かって行った。

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