第十三愛
もう、パパったら何が「お寿司でも取ってたべようか」よ! パパを睨み付けるとぺろりと舌を出した。
「愛、みんな、ありがとう」
「凛先輩、みずくさいですよ。白血病の事なんで言ってくれなかったんですか?」
後輩の麗奈が頬を膨らませている。
「ごめんごめん。みんなに変な心配させたくなかったのよ」
「もう! 凛先輩の優しさは分かりますよ。でもね、それでもしもですよ……もしも……そのまま凛先輩が……」
麗奈の頬には大粒の涙が滑り落ちた。
「ありがとう、麗奈。もういいよ。現にこうして元気に帰ってきたんだから。よちよち」
小さな娘を諭すように、わたしは麗奈を抱き締めた。
「さあさあ、みんな。乾杯しようか。愛ちゃん、音頭よろしくね」
パパは湿っぽくなった空気を払拭するように明るい声で愛にバトンを渡した。
「凛パパ、オッケーでーす。それでは凛の全快を祝って乾杯しまーす。おっきな声でご唱和願いまーす! いっきますよー! ももいろクローパー?」
「ゼッート!」「ゼッート!」「ゼッート!」
まるで打合せでもしたかのように、全員が言葉を合わせた。
「おい、おい、愛ちゃん。それおじさんのネタじゃないか 」
パパは苦笑いしながら頭を掻いた。それと同時に愛も舌を出す。
「ふふっ。頂いちゃいました」
みんな笑顔である。わたしは久しぶりにみんなの楽しそうな顔を見て、生きている喜びが一層深くなったのだ。一人一人の顔を順番に眺めた。今まで当たり前のように側にいてくれた仲間がこんなに有難いものだとは考えた事もなかった。
ありがとう。みんな。
するとわたしのスマホが音を立てたようだ。わたしは気づかなかったのだけれど、麗奈が気づきわたしに問いかけた。
「なんか携帯鳴ってますよ。凛先輩の携帯じゃないですか?」
「あっ、ほんとだ。みんな、ちょっとごめん」
賑やかな中、わたしは左耳にスマホをあてがい、右耳を指で塞いだ。
「もしもし、翔君? ごめんね、賑やかで。どうしたの?」
『声……聞きたくて』
「嬉しい。ありがとう。つい一時間前、一緒にいたのにね。会いたいよ」
彼からの電話に口元の緩んだわたしを麗奈は見逃さなかった。わたしの顔をニヤニヤしながら覗き込む。
「せんぱーい。なんだか嬉しそうですねー。誰からの電話ですかあ?」
「な、何言ってんのよ。友達よ、友達」
わたしはスマホの送話口を押さえながら小声でそう言った。しかし自分でも赤くなっているのが分かるほど顔が熱く感じられた。
「あっ、ごめんね。こっちの話。テニス部のみんなが退院祝いしてくれてるの」
『そっか。いいなあ。俺も早く退院するから待っててね。あ、ごめんね。みんなと楽しんで。じゃあね』
「うん。待ってるからね」
彼は電話を切った。もっと話をしたかったのかもしれない。しかし気を遣ってくれたのだろう。わたしはスマホをテーブルに置きみんなの輪の中に戻っていった。
「ほんとにただのお友達ですかあ? 先輩真っ赤な顔してましたよ」
わたしは観念し一つ咳払いをした。
「みんな、パパも聞いて。あのね、わたし……その……」
わたしがただならぬ雰囲気を出していたのだろう。愛はジュースの入ったグラスを持ったまま固まり、麗奈は口まで運びかけた唐揚げを持ったまま固まっている。パパも例に漏れず、缶ビールのプルタブに指を掛けたまま固まっていた。
「ど、どうしたの?」
愛がグラスをテーブルに戻し呟いた。
「わたし……お付き合いしてる人がいます」
パパは少し寂しそうな表情をした。そして喉の奥から言葉を絞り出すように問い掛けてきた。
「あの……翔君なのか?」
わたしは言葉にこそ出さなかったが「うん」と頷いた。
「そっかあ」
パパは作り笑顔でそう呟いた。
「翔君と付き合ってる事、なんで今更私たちに話すの? 高校一年の時からずっと付き合ってたよね?」
愛がそう言うのも当然である。
「あ、その翔君じゃないの。工藤翔君には入院した時振られちゃったんだ。病院に入院してる平野翔って人なの」
「ああ、そんなんだ。凛、おめでとう。良かったあ、実は最近工藤翔君が他の女の子と仲良く歩いてるの見掛けちゃってさあ。その事を凛に話すべきかどうな悩んでたんだよね」
愛は胸のつかえが取れたように安堵した表情を見せた。
「あの男は最低よ。だって別れようって言ってきた理由がね……」
わたしはパパがいる事に今更のように気づき、振られた理由を言い出す前に言葉を止めた。
しかしそこまで言って麗奈が食いついてこないはずもなく、
「どんな理由なんですか?」
食い入るように問い掛けてきた。
「え? あ、いや。新しい彼女ができたから別れようって……」
わたしは言葉を濁した。




