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第十一愛

「じゃあ、凛。おやすみ」


 夜九時前、パパは残った仕事を家でする為にいそいそと帰っていった。


 部屋の電気を消し、枕元の蛍光灯のヒモを引っ張ると、淡い灯りが病室内を優しくてらしてくれた。

 わたしは読みかけの小説を手に取り(しおり)を外した。


 お気に入りの小説ではあるのだけれど、活字を追っても内容が頭に入ってこない。


 その理由は分かっていた。一行読んでは彼の事を思い出す。そんな繰り返しで二ページ読み進めた。

 わたしは元のページに栞を挟み本を閉じる事にした。


 しばらくベッドに座り窓の外を眺めていた。電飾は九時で消えている。電飾ばかりに目をとられていたせいか、今更のように冬の夜空に輝く星に気が付いたのだ。


「うわあ! 綺麗」


 かすれるような小さな声で独り言を呟いた。


 十時が近づくとわたしはベッドに潜り込み、枕元の蛍光灯を消した。


 ――ガチャ。


 病室のドアが開いた。看護師さんの巡回である。ドアが締まるのを確認するとスマホを取り出し握りしめた。


 五分ほど握りしめているとわたしの手の中が短く震動した。翔君だ。踊る心と緊張がわたしの中で同居している。


 スマホの中の緑のアイコンをタップした。そこには彼からのメッセージが。


 ――巡回終わったよ。そっちは?


 わたしは震える指先を画面に滑らせ送信ボタンを押した。


 ――こっちも終わったよ。


 ――今から行くね。


 ――看護師さんに見つからないように気をつけてね。


 すると、何かのキャラクターが親指を立てたポーズをしたスタンプが送られてきた。


 五分ほど待っていると病室のドアがゆっくりと開いた。廊下の灯りが部屋に差し込むと同時に、身を(かが)めた泥棒さんのような格好をしながら彼が入ってきた。


 わたしは三度(みたび)蛍光灯のヒモを引っ張った。


 泥棒さんは安堵したような表情で声を殺しながらわたしに話し掛けた。


「見つからないかヒヤヒヤだったよ。喉乾いちゃった」


 わたしは冷蔵庫を開けペットボトルのお茶を取り出した。

「わたしの飲みかけのお茶で良ければあるよ」


 わたしも声を殺し、彼にペットボトルを突き出した。


「おう、サンキュ」


 彼はお茶を喉の奥深くに流し込む。飲み終えると三分の一ほど残ったペットボトルに蓋をした。


 わたしがペットボトルを預かろうと手を伸ばすと彼はわたしの腕を引き寄せた。


「翔……君……」


 次第に彼の顔が近づいてくる。わたしが目を閉じると彼は優しく唇を重ねてきた。


 数秒前まで優しかった彼の唇は徐々に激しさを増していく。


 お互いがお互いの唇を求め合い、わたしたちはベッドになだれ込んでいった。そして彼の指がわたしのパジャマのボタンに掛かる。


 ゆっくりと一つずつボタンを外して行く彼の指はわたしをあられもない姿に変えていった。

 

「恥ずかしい……」


 わたしは胸の前で両腕を交差させた。彼はその腕を優しく掴み、ゆっくりと開いて行く。


「凛、綺麗だよ」


 次第に彼の唇と指先がわたしの身体中を優しく愛撫する。わたしは唇を噛みながら声を押さえた。


 そして……。


 彼の熱い物がわたしの中に入ってきた。わたしの中で彼がゆっくりと動き出す。


 耳元で彼の息づかいが激しくなっていく。


「凛、俺……もう……」


「翔君……わたしも……」


 ベッドのきしむ音を聞きながら、わたしは彼の背中に爪を立てた。


 わたしは彼の胸の中に顔を埋めた。彼は優しくわたしを包んでくれている。


「凛、愛してるよ」


 そう言いながらしばらくわたしを包んでくれた。この時間がわたしには新鮮だったのだ。前の彼――わたしの初めての彼――は、事が終わるとすぐに煙草を(くわ)えていたのだ。


 しばらく幸せな余韻を味わっていると彼が夜空に気づき話し掛けてきた。


「凛、空凄い綺麗だよ。ちょっと窓際に行って見てみない?」


「うん」


 わたしたちはベッドを降り、窓際にパイプ椅子を運んだ。


 彼はその椅子に座りわたしの手を引き寄せた。彼の膝の上に座ると両腕が再びわたしを包みこんだ。


「ほら、凛。オリオン座が綺麗に見えるよ」


「オリオン座って横に三つ並んでるやつだよね?」


「そう。俺、星とか好きなんだよね。その横に三つ並んだ星のすぐ下に、星が三つ縦に並んでるんだけど見える? 今日は空が澄んでるから肉眼でも見えるよ」


「あっ! ほんとだ! 小さいけど縦に三つ並んでる。凄ーい。初めて知ったよ。縦にも並んでたのね。なんだか不思議ね」


 (またた)く星たちの音さえ届けられてきそうな静寂の中、彼の温もりがわたしを包み続けてくれていた。

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