事の始まり
「これをやったのは誰ですか?」
先生が訊く。
「もう一度訊きます。これをしたのは誰ですか?」
もう一度訊きます、だって。猶予期間を与えます、ってこと?はは~ん、笑っちゃうね~。
「聞いてるんですか!……さん!」
クスクス。フフフフ。ちょっと、笑っちゃだめよ――。
笑われたのは私。呼ばれたのは私。あーもう、いやんなっちゃう。これだから、私は――。
笑っちゃだめよ、なんて言ってるくせに自分も思いっきり笑ってるヤなやつは、禰戸さん。禰戸円。なんと、苗字の読み方がネコ。私は、タマって呼んでる。心の中だけだけど。
タマは、運営委員長。学級委員とか、児童会員とかみたいなもんなのに、「運営」なんてスカしちゃって。学校の本当の運営は、PTAだろ。運営委員会なんて、朝会とかなんかの会か式の司会とかやるだけじゃん。ちょっとめだってかっこいいだけじゃん。
で、しかも、タマは美人。可愛い。本当は私と同類なのに、なぜこんなにも違うのか。背はすらりと高くて、細い。勉強も良くできて、学園のマドンナ、的な。
小五でこんなに差つけられたら、ねぇ。
そんなで性格もいいから、みんな、クラスのみんなは、タマの言うことに味方する。
そこんとこが、クサイのよねー。
実は、知っている。一つ。しかも、もう一つ、クサイと思っていることがある。
だから、私をかばう。ばらされたく、ないから。でも、全然、だめ。効果ナシ。少なくとも、私には。
ていうか、なんで、私が叱られなきゃいけないの?聞いてたよ、ちゃんと。
「聞いてましたよ、先生」
「そうですか。それなら良かったです。じゃあ、『見て』ください」
「はい」
ふん。屁理屈だい、そんなの。
「話がずれましたね。で、誰ですか?」
シーン。
「仕方ありませんね。では皆さん、机に顔を伏せて下さい。はい、やった人は手を上げて?」
上げるわけない。見られてるかもしれないし。
先生はため息を少しつくと、
「いいですか。これは、人を傷つける行為です。犯罪にも、なるかもしれません。やってはいけないことです、いいですか。……では、休み時間です」知ってるわ。
もう一度先生は大きくため息をついた。そして、教室から出とたん、ワーッと排水溝に水が流れ込むみたいに根中さんところに集まった。主に女子。というか全部女子。優等生系な女子。
私は行かない。仲良くないし。優等生でもないし。行ったところで根中さんが嬉しがるわけでもなし。
――かわいそうだったね樹里ちゃん、ダイジョウブ?――私たちにできることがあったら、何でも言ってね。――うん、ありがとう――。
根中樹里=ブリッコ。これが絶対の方程式。
いやいやいや、違うでしょ?ブリッコだとか、そんなんじゃなくて、プライドが高い、でしょ?
――やったの誰だろ?――さあ、でもなかなか賢いよ、やったやつ。――おいおい、犯人ほめてどうすんの、アハハ――。
それから、何も話してない子達。ジミ系。
先生が叱ったこと――その被害者は、根中樹里。
やられたこと――鉛筆を全部折られた。消しゴムも刻まれて、「精肉場(笑)」と書かれた紙がペンポーチに入っていた。そのペンポーチも色つきの落書きとかに使うスプレーでぐちゃぐちゃにされていた。
根中樹里について――自己評価が高い。高すぎる。要するにナルシ。アダ名は、ジュリ、ジュリちゃん、ジュリー、コンチュー。ちょっととっつきにくいように見えるが、その独特な冷たさはわざとではない――たぶん。
というのが、私が根中さんについてしっていること。私は、〝ジュエリー〟と、呼んでいる。なんか、ある意味、輝いてるから。もちろん、心の中で。
佐伯司。これが、私の名前。アダ名は、ツカサ、ツカサちゃん、カバ、など。
何が、カバか――たぶん、様子が。カバのようにのーろのろ。カバのようにブークブク。
カバは遅いし泳ぎ方が変、だから佐伯司=カバ。そんなら、カメのほうが良いんじゃね?カメの方が可愛いイメージがあるから?
「おーい、カバぁ。お前なんじゃないのかぁ?」男子の声。
ガハハ。ワハハ。下品な笑い方。んなわけねーだろ。
カバだって。お前がカバだろ。デブのくせに。
私は立ち上がって、そいつのところへ行った。
「そういうこと言うやつがやってたり、とか。ほら、いつかのあの時もさ……」
「バ、バッカじゃねえの」
男子の顔が赤くなる。
「だから、何?あんただって」
よし、スペイン語の粋なダジャレを。
「アホじゃない。どうせ、にんにく大好きなんでしょ」
「……はああ!?」
あー、怒っちゃった。ま、想定内。
「にんにくぅ!?この俺が!?ふざけんなよなああ!!」
想定内。
体臭をめっちゃ気にしてるからなぁ、あいつ。
「おらああああああ!!!」
みっともねー×∞。私を追いかけてくる。おお、こわ。おらあ、て古くない?
さーて、どうするか。
A.女子トイレに逃げ込む!
スバヤク逃げ込んだ私に、つっこんでくるあいつ。あーあ、女子トイレ、入っちゃったよ。
「こらあ、何してんだ横島!」
横島徹。デカくて、デブ。
先生に連れられてった横島は、数分後帰ってきた。反省したらしい。もう追っかけてこない。
「……確かににんにく臭いけど、別に言わなくても」
「そんなことで、キレる横島くんが悪いって」
あーあ。アホらし。
ほんとのこと言うと、横島はそんなに嫌いじゃない。もちろん、好きじゃ、ないけど。
「広野萌よ!」
いきなり、ジュエリーが叫んだ。悲鳴。絶叫。
広野萌。
でも、そんな、広野さんだなんて、それはない。ありえない。
ちょっときついけど、素直で正義感が強くて、単細胞って言われるけど……良い子だ、と、思う。おもう……。
私は広野さんの方を見た。私は、というよりクラスの皆が、と言った方が正しかったけれど。
ぎゅるっと視線が広野さんに集中した。広野さんは、…少し赤くなって震えていた。
ああ、やっぱり、という雰囲気がクラスを包んだ。
「いつもの」広野さんなら、反論する。正義感が強いから、嘘をつけないでいるのかもしれない。じゃあ、やっぱり、やっぱり――。
その瞬間、広野さんは「悪者になった」。