この世界の女はおかしい2
カリカリカリカリ・・・
『陛下、勇者が城門を潜りました』
執務机の前に座っていた魔王は魔法で伝えられた内容に、規則正しく動いていたペンを止める。
『そうか。すぐに行く』
机の上の書類の山を一瞥して、溜め息を吐き、魔王は席を立つ。
◆◇◇◇◇
玉座の間で勇者を待っていた魔王の下にやって来たのは、紅茶に1滴ミルクを垂らしたような髪の娘。鎧に身を包み、剣を腰に佩いている。ダークブラウンの目。
娘の静かな様子にある程度冷静だと安堵した魔王は勇者に仲間がいないことを不審に思った。
「よく来た、勇者よ。一人か? 仲間はいないのか?」
「ここに参りますのに、仲間なんかいりません!」
鼻息荒く、勇者は言った。
魔王は勇者の目が血走っていることに気付き、さり気なく身体から力を抜いて腰を落として、いつでも反撃できる警戒態勢をとる。
「一人とは、余も見縊られたものだ」
「私は伝言を届けに来ただけです」
「伝言?」
勇者の返答に魔王は内心、訝しむ。
「ノイエ国の王女オウレリア様からのご伝言でございます」
◇◆◇◇◇
畑仕事をしていた村人がここ1年以上、よく見かける人物に声をかける。
「勇者様~!」
紅茶に1滴ミルクを垂らしたような髪の娘は下処理をした獲物を肩に担いで歩いていた足を止める。
「ああ、こんにちは」
「今日も魔王のところですか?」
「ええ。今日もそうです」
「魔王は倒せそうですか?」
心配そうに村人は訊く。
魔王の住む城に近いせいか、この村の周辺の動物は気が荒かったり、魔物が強かったり、魔族が闊歩していたりして、村人たちは気が気でない。
それでも、実り豊かな土壌であることが彼らをここから離れさせない。
勇者は肩を竦め、首を左右に振りながら言う。
「そうですね。まだまだ私では無理そうです」
勇者の返答を聞いた村人は落胆する。
「そうですか。大変でしょうが、応援していますから、頑張って下さい」
◇◇◆◇◇
カリカリカリカリ・・・
『陛下、勇者が城門を潜りました』
執務机の前に座っていた魔王は魔法で伝えられた内容に、規則正しく動いていたペンを止める。
『またアレか?』
『はい。伝言勇者です』
『そうか。すぐに行く』
魔王は席を立ち、机の上の書類の山を手にする。
◇◇◇◆◇
玉座で魔王が書類に目を通し、決済の必要なものとそうでないものに仕分けていると、大広間の扉が開いた。書類をすべて執務室の机の上に転送する。
魔王の下にやって来たのは、いつもの娘だけではなかった。その後ろに他国の王城を訪問しているかのような格好をした娘がいる。いや、格好だけはなかった。雰囲気もそうだ。魔王の前だというのに、怯えの色は一切ない。
そして見知らぬ娘は何故か目を吊り上げて、怒っているようだ。
「ちょっと、魔王!! 何で、私を攫いませんの!!!」
娘のあまりの言いがかりに魔王は唖然とした。おかげで「魔王様、素敵なお顔でございます。家宝ものです」と呟いた勇者の声に気付かなかった。
「?」
指を突きつけて捲し立てる娘に魔王は反応できない。
「あ・な・た・が私を攫わないから、私は不自由している顔だって言われますの! どうしてくれますの?! 婚約は破棄されるは、縁談は来ないは、本当に迷惑しておりますのよ!」
「・・・」
「だいたい、あなたの攫った王女たちは皆、私より劣っておりますのに、何故、私のほうが不自由していると言われなくてはいけないの?! 理不尽だわ!!」
「・・・」
そんなことを言われている魔王のほうが理不尽だと言えるのだが、魔王に攫われなかった王女は気にも留めていない。
「この人類の宝にふさわしい私が、どうして嫁き遅れなんて不名誉を背負わなければならないのか、教えて下さらない?! そして、私を攫いに来なさい!!!」
魔王が王女たちを攫っていたのは、勇者の母親となる血筋で、本人も聖女になれるからである。美女だからと攫ったわけではない。好きで悪行を重ねたわけでもない。
それなのに自分を攫いに来いと怒鳴り込んで来られても、魔王は困惑するしかなかった。
「それに、何度伝言を頼んだと思ってますの?! 15回! もう、15回ですのよ! 今か今かと待っておりましたのに、一向に来て下さる気配もなく、1年も音沙汰無し・・・どうなってますの?! このままでは私は嫁き遅れに・・・。キィィィィーーーー!!!」
◇◇◇◇◆
魔王は安定の不憫属性だった。
初めての伝言を終えた後の会話
勇者:「ところで我が姫は何処に?」
魔王:「姫? どの姫だ?」
勇者:「人一倍繊細で、男嫌いで世を儚んでおられる方です」
魔王:「その姫は獣、トカゲ、魚のどれが好きだ?」
勇者:「獣? トカゲ? 魚? 我が姫は好みが厳しいですが、ゲテモノ料理は口に為さりません」
魔王:「アレか、アレなのか。アレなら理想の男たちと暮らしているぞ」