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6.あの声でトカゲ食らうかほととぎす

あの声でトカゲ食らうかほととぎす:人はみかけによらないこと。


「お帰りなさいませ。ご帰還を信じておりました」


 本当に心配していたのか分からない平淡な羽谷の第一声に、摩耶は悟が着替えをしている間に理由を聞いてみた。


「私が心配すれば、他の者にも不安が伝染いたしますから」


 これまた淡々を答えられてしまう。

 摩耶が表情を歪めたのを察したのか、「それに監視カメラにも犯行の様子が映っておりましたし、どうやら悟様の方から相手方に付いて行ったようでしたので」と続けられ、ようやく一応の納得をした。

 摩耶と悟の二人は、拉致らちされた翌日の昼前には、邸に戻って来た。マヤの自宅で一夜を明かし、明るい内ならと移動したのだが、これが拍子抜けするぐらいにすんなりと邸に戻れたのだ。


(邸の周囲で何かあるかも、って思っていたんだけどな)


 昨晩のことを羽谷に説明しつついぶかった。ふと、彼女の大先輩であるベテラン遠藤さんの言葉が頭に浮かんだ。


『相手が急に静かになったとき、その理由はだいたい二つだ。


 一つは、これは滅多にあることじゃないが、諦めた。

 もう一つは―――手段を変える準備だ』

 フィッティングルームで身支度を整えている悟を羽谷含む使用人に任せ、一足先に彼の部屋へ戻る。


(あの立川って人の要求を、完全に跳ね除けることになったんだから、きっと本腰を入れて来るはず)


 キラー・ショウの殺人予告が来て、摩耶が雇われた。

 そして、立川が最後通告のために悟を拉致らちした。

 そのタイミングから、キラー・ショウの雇用主は、立川と仮定して良いと思う。

 それならキラー・ショウの日時入りの殺人予告が来るか、……そこまで考えて摩耶の背筋をうら寒いものが駆け巡った。

 開きかけていたモバイルPCの電源を落として立ち上がる。


(忘れてた! キラー・ショウは日時入りの予告を必ず出すわけじゃない!)


 慌てて戻ったフィッティングルームの扉の前には、羽谷が立っていた。


「おや、安威川さん。先に悟様のお部屋に行ってらしたのでは?」

「えぇ、そのつもりだったんですけど」


 丁度、フィッティングルームから悟が出て来た。白いブラウスの上に軽くてあったかそうな紺のニット、履いたズボンはデニムでもジャージでもなくスラックス。庶民の摩耶から見れば「子供に何もったいないもの着せてんの」という服装だ。

 だが、そんなことを悠長に考えている場合ではない、と小さく首を振った。


「羽谷さん。警護の体制について相談したいことがあります。一緒に悟くんの部屋まで来てもらえますか? さすがに廊下では話しにくいので……」


 歩き出す摩耶は廊下のあちらこちらに目を配った。

 この邸にもあちこちに監視カメラがあるに違いない。少なくとも悟の部屋にはあるはずだ。盗聴の危険性も捨てられないから、また筆談で切り抜けるべきだろうか?

 そんなことを考えながら、ちらり、と悟を見る。昨日に比べれば随分と顔色は良くなった。これからする提案を、彼は承諾してくれるだろうか。

 三人だけで悟の部屋にこもった際、摩耶が提案したことは、誰も予想していなかった警備体制だった。



 ◇  ◆  ◇



「さって、今夜は何にしようかしら?」


 スーパーに流れる流行りの歌を口ずさみながら、若い母娘が並んで歩いていた。ロングヘアですらっとした長身の母親は、野菜をいくつか選んでカゴに入れ、母と手を繋いだ女の子は精肉コーナーに立ち止まった。


「そうね、じゃあ、ハンバーグにしようか」


 牛肉がいい、という娘の声を無視して合挽き肉を手に取る母親は、そのまま次のコーナーに足を進める。


「さと子ちゃーん。何かジュース飲む?」


 朗らかに尋ねる母に対し、「さと子ちゃん」はギッとにらみつけた。


「おい、本当にこの方法でいいんだろうな?」

「性別を偽っておいた方が見つかりにくいって、昨日も一昨日も説明したでしょ?」


 母娘はひそひそと言葉を交わすが、会話の聞き取れない他人の目から見れば、よくある微笑ましい光景以外の何物でもなかった。


「だいたい、今日はスカートを嫌がってたさと子ちゃんのために、ズボンだって買ってあげたのに……」

「それは……」


 さと子、もとい悟は言いくるめられ、口を閉ざした。昨日までは拷問ごうもんのようにスカートを履かされていたが、今日はキュロットパンツを履いている。それでも拷問だ。

 考え込んだ隙にオレンジジュースをカゴに入れた摩耶は、悟の手を引いてレジへ向かった。


―――羽谷は摩耶のマンションに悟を連れて行くことに反対したものの、過日の邸への侵入が内部の手引きによるものである可能性が高いことと、キラー・ショウが第三者の目の前で仕事を行う傾向が強い(摩耶は「派手好き」と評した)ことから、渋々納得した。

 説得に成功した摩耶は羽谷だけに場所を教え、くれぐれも邸の人には教えないように念入りに注意した上で悟を連れて来たのだ。


「言いたいことは分かるが、初日からスカートはないだろ」


 輸入合挽き肉のハンバーグに新たな珍味を見出しつつ、悟は愚痴ぐちをこぼした。


「あたしだって、慣れないロングスカートや、長ったらしいカツラに耐えてるんだから、文句は言わないの」

「カツラに耐えてるのは、僕だって同じだろ」


 言った悟は頭にピンで留めていたカツラをばさっと取る。それにつられたように摩耶も取り払った。


「まぁ、お互いに、普段の恰好がどんなに自分に合っているのか、よく思い知ったわね」

「まったくだ」


 摩耶の髪はボブだし、仕事中もスラックスを履いて常に動きやすい恰好を心がけている。仕事柄、機能性を追及した結果だ。

 看護師時代はロングにした時もあったが、今ではそれも写真の中でしかない。


「まだ三日目か。いったいいつまでこの茶番劇を続けるんだ?」


 悟が指で日数を数えてからボヤく。


「さぁ?」

「お前、『さぁ』って、……冗談じゃないぞ」

「だって、あたし自身、全く見当がついてないし。何しろ初の試みだからね」


 悟は額を押さえて嘆息した。


「ところで、居場所を掴ませないという目的で拠点を変えたと説明されたが、本当にそれだけなのか?」


 摩耶の顔にちらりと動揺が浮かんだ。


「相変わらず、一を聞いて十を推測するのね、君は。―――羽谷さんには内通者のあぶり出しをお願いしているわ。それに、キラー・ショウは派手好きだから」

「内通者、に、派手好き?」

「そうよ。君とあたしが立川さんのところに『招待』された時、何も思わなかった? 簡単に侵入され過ぎなのよ。邸の警備がザルなわけないでしょ?」

「……それは分かった。それで、もう一つは」

「キラー・ショウは派手好きなの。人目のある所で颯爽と仕事するのがポリシーみたい。そんなに殺人直後の現場を見せたいのかしら」

「つまり、もし居場所がバレても、この部屋の中では殺されない可能性が高い、ということか?」


 摩耶は「その通り」と答えると、ふぅ、と重いため息をついた。


「外出中はさすがに無理かもしれないけどね」


 憂鬱ゆううつな顔を浮かべて頭を横に振った。


「まーったく、どうしてキラー・ショウ相手に一人で奮戦しなきゃいけないのかしら」


 仕事をけてからずっと抱えていた愚痴ぐちをこぼすと、悟は奇妙な表情を浮かべた。


「何を言ってるんだ? お前が一人で十分だと言ったんだろう?」

「―――まさか、そんな大それたことを言うわけないじゃない! あたしの大先輩ですら敵わなかった相手なのに」

「羽谷はそう言っていたぞ?」


 悟の言葉に、満腹感でぼんやりしていた摩耶の頭が猛スピードで回転し始めた。


(内部、それも中枢近くに共犯者――情報提供者がいるってこと? しかも、羽谷さんの目を欺くほど凄腕すごうでの?)

「羽谷さんがあの邸に勤めるようになってから、どのくらい?」

「さぁ、とりあえず僕がまだベッドの上で一日の大半を過ごしていた頃だったから……三、四年前かな」


 摩耶はあの羽谷が内通者を見逃す可能性が低いと考えている。それほど彼の手腕を認めているのだ。まさか彼がまだ病気がちだった頃から内通者をずっと潜ませているとは考えにくい。いや、勤めている人間の弱みを握って味方につけている可能性もあるか。

 ダメだ。らちが明かない。切り口を変えよう。摩耶の発言を歪められる人物はどれぐらいいるだろうか。


(―――まさか、あの「おつかい犬」?)


 八割以上否定する思いがありながら、摩耶はあのしがない使いっ走りの男を思い出した。最初に彼女に仕事を持ちかけて来た人物だ。

 あの気の弱さが演技だとすれば、羽谷でさえ見抜けなかったとしても頷ける。


「まさか……本当に内通者?」


 乾いた喉をオレンジジュースで潤す。彼女の呟きを耳に入れた悟は「どうやって入り込むんだ。みんな勤続年数はそれなりにあるはずだぞ」と反論する。


「いいえ、些細な可能性も否定できないわ。だって、考えてみて。たとえ派手好きなキラー・ショウと言っても、あのセキュリティ万全の館に、ボディガードがチームで加わったら仕事の成功率が下がるでしょう。四年のブランクもあるし」


 成功率、という言葉に悟の表情が強張った。

 摩耶はそれに気づいたが、話を止めることはない。一旦、言葉を切ってしまうと、導き出した自分の推測の奔流ほんりゅうさえ止まってしまう気がしたのだ。


「それにセキュリティ――特に監視カメラやセンサーは内側から設定を変えて崩していくしかないのよ。たとえ停電を起こしても、一秒後、いいえ、それよりも早く予備電源に切り替わると聞いているわ」

「……その間に幾重いくえもの赤外線の壁を破って来るのは不可能か? 銃器類を使っても?」


 悟のセリフに、摩耶は即座に首を振った。


「由良ちゃんの時も同じような状況だったわ。でも、センサーが破壊されていた様子はなかった。後で分かったのだけど、センサーが内部の設定で無効化されていたのよ。それにキラー・ショウは銃を使わない。彼が使うのはいつだってナイフよ。狙われるのは心臓か首。おかげで血のよく出ることと言ったら、ね。由良ちゃんだって……」

「悪いが、僕は自分を血の噴水にはしたくないな」

「……っ。ごめんなさい」


 興奮のあまり口が滑り過ぎてしまったと、摩耶は反省する。殺し屋の標的となった少年に話すべきことではなかった。一人で護衛をする心細さと、この少年の賢さについつい喋り過ぎた。

 饒舌じょうぜつになってしまっているのは、焦燥しているせいか。


「お前はいささか興奮状態にあるようだな。ボディガードとしてどうなんだ? ……そうだ、丁度いい。その『由良ちゃん』のことを話せ。キラー・ショウの仕事について、詳しい話が聞きたい。話をすればお前の頭だって多少は冷えるんじゃないか」


 偉そうな口を聞く少年は、恐怖を感じていないわけではないだろうに、それでもいつも以上に高慢な口調で命令する。

 これは、彼なりの励ましだ。

 ほんの十歳の子供に気遣われているというのに、不思議といとわしくは思わなかった。


「……えぇと、あまり聞いてて気持ちの良い話ではないわよ?」

「構うもんか。僕は情報を手に入れたい。そのついでにお前も冷静になれれば十分だ」


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