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4話

「ふうん。リンデーク、今日はまた毛色の変わったのを連れているね」


 西の魔女と呼ばれた女の子は、そういって粉屋の三男坊の顔をみあげました。少年も馬車の真向かいに座った魔女をまじまじとみつめます。魔女という存在に出会ったのは初めてですが、昔話で聞いていたのとは大分違うぞ、とこっそり思いました。彼は、魔女とは年をとっていて怖い顔をしていて性格も恐ろしいものだと思っておりました。白っぽい髪は想像通りですが、ふわふわとした長い髪を持つ魔女は彼より年若く見えますし、怖くもなんともないなんとなくぼうっとした印象の女の子だったのです。


「きみ、本当に西の魔女なの? へええ、けっこう可愛いじゃん」


 そういうと魔女の被った黒い帽子にとまっていた鴉がけっと声をあげました。


「なんなんだこの軽い男は」


 鴉のことばに答えたのはリンデーク国王でした。


「ザーブルグ王国シリア地方北部の粉屋の三男坊ジャック殿、でよいかな」


 その言葉にぎょっとしたのは当の粉屋の少年でした。


「あれ、国王様、なんでおれの名前を……というかもしかしておれがカラバ伯爵じゃないというのはバレてたんすか」

「ええ、はじめから」


 リンデーク国王とそのお姫様は顔を見合わせて楽しそうにくすくすと笑いました。


「あなたは先日ナルパ街道の盗賊を退治したかたでしょう? あなたが助けたご婦人からあなたのことはよく窺っていたので、すぐに気づきましたわ」

「それにここの領地はリンデーク国領だからね。いくらぼんくらと言われている儂でもここがオーク伯爵の領地であるということは重々承知しているのだよ」

「はあ、なるほど。考えてみれば国王さまですもんね。そりゃあそうっすよね。なんかすみません、嘘ついて」

「いいよいいよ。どうやらきみは何も知らなかったようだし」

「いやあでも黒猫がやったんならおれの責任っすし」


 頭をかきながら頭を下げると、リンデーク国王はその長いひげをねじりながらほうと嬉しそうな声をあげました。


「……ほうほう、やはりきみは彼女にとってなかなかよい主人のようだね。いずれにしても今回のことを考えたのはあの主人想いのオグル族のお嬢さんだろう? なかなかに勇敢なお嬢さんで面白かったよ」


 なんせ、とリンデーク国王は西の魔女の方を見て続けました。


「お嬢さんはたったひとりでオーク伯爵のもとにいってしまったのだからね」

「なんだって」


 それに反応したのは魔女の帽子にとまっていた鴉でした。ばたばたと羽を動かしながら、金色の瞳を丸くします。


「このへんに居るオグル族というとあの、弓を使う金髪に水色の瞳の娘だろう? おいこのくそ餓鬼、お前どうしてとめなかった」

「とめるもなにも、黒猫が何をしようとしているのかおれにはいまいち」

「馬鹿餓鬼め。あの娘はきっと、あんたのために魔法使いオークを殺そうとしているんだ。あんたに領地をくれてやるためとか、大方そんなところだろうさ。しかしあの魔法使いはなんにでも変化できる魔法をもっている。それこそドラゴンにだって魔獣にだって、なんにでもなれるんだ。あんな娘なんぞ簡単にぱくりと食べられてしまうぞ」


 それを聞いて少年はぽかんとしました。するとそれまで口を挟まなかった西の魔女がははあなるほど、とリンデーク国王をみやります。


「なるほど、さすがたぬき国王リンデークだ。おまえはそれを見越してわざと主人想いの娘をおよがせたんだね。そうしてここへわたしを呼んだ」


 リンデーク国王とお姫様はそれには答えずににこにことしております。西の魔女はやれやれといわんばかりに小さく肩をすくめると、ぽかんとしたままの少年の方にその紅茶色の瞳を向けました。


「さあて、それでおまえはどうする? 黒猫のご主人どの」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 黒猫は通された玉座の前で顔を上げました。はじめてみるオーク伯爵はやせ気味の初老の男でした。狡猾そうな瞳がぎょろりと黒猫を睨みます。


「はじめましてオーク伯爵。私は西の魔女に縁あるもの、黒猫と申します。このたびはぜひともオーク伯爵に弟子入りしたく参上いたしました」

「ほう、西の魔女とな」


 オーク伯爵の瞳に嫌悪の色が浮かびました。いらいらとしたように玉座の椅子のふちを指で小刻みに叩きます。


「あの年寄り魔女か。魔王を封じたとかなんだかしらんが、国王の信の厚いとかいう魔女だ。なんでもとんでもない力を持っているとか聞いたことがある。その魔女に縁あるお前がどうしてわざわざわしのところにやってきた」

「それはオーク様の魔法が西の魔女のものよりはるかに素晴らしいものだと耳にしたからであります」


 黒猫は初老の男の瞳をみあげました。


「なんでもオーク様は何にでも変化できる魔法をもっておられるとか。そんな素晴らしい魔法、西の魔女は持っておりません」

「ほう」


 オーク伯爵の声がわずかにやわらぎます。門番とのやりとりからなんとなく察しておりましたが、オーク伯爵は西の魔女のことが嫌いなようでした。そしてそれがコンプレックスでもあるのでしょう。その事実は黒猫にとって重要な手駒のひとつになっておりました。

 黒猫は表情を冷静なものに保ったまま、それでも声に熱意をにじませて続けます。


「しかし、心配なことが一つあるのです。そんな魔法が本当にあるのかということです。あの西の魔女でさえ使えない変化魔法、そんなものがこの世に存在するのか……」

「……娘、わしを愚弄するか」


 黒猫の言葉に、オーク伯爵が椅子を軋ませて立ち上がりました。神経質そうな顔をゆがませて黒猫をひとにらみします。同時に脇に置いていた杖を手にしたオーク伯爵は、その杖の先でなにか文字のようなものを描きました。それはぼうっと青白いひかりを生み出します。そうしてそのまんなかを杖の先でとんと一突きすると、次の瞬間にはオーク伯爵をかこむように青白いひかりをはなつ魔方陣があらわれました。


「ドラゴンになれ」


 ついで放たれた言葉とともに、オーク伯爵の姿がぐにゃりと変わり始めました。青白い光の中それはぐんぐんと大きくなり、ついには玉座の天井をつきやぶらんとするほど大きなドラゴンへと姿を変えたのでした。


「これはすばらしい」


 それは恐ろしくも美しい姿のドラゴンでした。うろこのひとつひとつが宝石のように光り輝いているさまをみて、黒猫は素直に賞賛しました。その素直なことばに気をよくしたのでしょう、オーク伯爵は鋭い牙の並んだおおきな口を開けてがははと笑いました。

 そこで黒猫はすぐさま言葉をつむぎました。


「さすがオーク伯爵です。しかし大きな生物に変化できても、さすがに小さなものには変化はできますまい」

「なんだと」


 オーク伯爵が地を震わすほどの轟音で歯ぎしりします。それを目の前でみながら、黒猫は冷や汗をおし隠しつつとどめの一言を続けました。


「西の魔女が言っていました。大きなものへの変化はかんたんだ、と。ねずみのようなものが一番難しいのだ、と」

「なんと馬鹿なことをいうのだ」


 ドラゴンがごう、と唸ります。そうして強大な顎をあけて叫びました。


「ねずみになれ」


 その魔法はたしかに素晴らしいものでした。黒猫の目の前で、巨大なドラゴンはみるみるうちにてのひらにのるくらいに小さな白いネズミへと姿を変えたのですから。愛らしいハツカネズミに姿を変えたオーク伯爵にむかって、黒猫はすばやく弓を構えました。

 オルグ族は根っからの弓の一族です。それがたとえ小さなハツカネズミであっても、今の距離なら確実にその心臓を射抜けるはずでした。


 食べること以外に。生きていくこと以外に、「人間」のいのちをうばう行為。


 それは黒猫の心をぞっとするような冷たいもので満たしましたが、それしか自分があの優しい主人のためにできることがないことも理解しておりました。

 しかし黒猫がきょとんとしているハツカネズミの心臓に向かって矢を放とうとしたその瞬間、それは起こりました。


「ちょっと待ったあ!」


 聞き覚えのある若い声とともに黒猫はうしろから硬い床に押し倒されました。ついでなにやら赤いものが脇を通り過ぎます。それはきれいな赤い髪に浅黒い肌をした大男でした。大男は驚くほどの速さでハツカネズミを捕まえると、その首に何やら奇妙な輪っかをはめこみました。ハツカネズミが困惑したようにちゅうちゅうと声を上げるのが聞こえました。


「そこの人はなれてください! ネズミである今のうちに早く殺してしまわなければオーク伯爵はドラゴンに変化してしまいます!」

「ばか。おれのために人を殺すだなんて、そんなこと軽々しくいうもんじゃない」


 その声は押し倒された黒猫の上から聞こえました。黒猫はそろそろとそちらへ視線をうつします。そこには黒猫の主人がいて、いままで見たこともないようなへんてこな顔をしていました。


「ぼ、ぼっちゃま……ど、どうしてここに」

「おまえが変なことをしようとしているからだよ」

「と、とにかくどいてください。私がそのネズミを……」


 黒猫が主人の身体から逃れようとじたばたともがいていると、いつのまにかやってきた大男がハツカネズミをつまんだまま黒猫の前に屈みこんできました。


「もうこいつは魔法は仕えねえよ、そいつが西の魔女と契約をして手に入れた魔封具をはめたからな。とはいえそいつの力じゃあせいぜいひと月程度だろうが」


 褐色の肌の大男はあごで少年を示し、次いでハツカネズミの首にはめ込んだ銀色の首輪をとんと指して見せました。よくよくみると大男の頭にも似たようなものがはめてあります。そしてそれはどこかで見たことのあるものでした。


「……もしやあなたは数日前にわたしにこの服をくれた、魔女の鴉……ですか」

「ああ」


 大男は顔をしかめるとぞんざいに頷きました。そうして手にしたハツカネズミをぶらぶらとさせながら、扉の方に声をかけます。


「ほら、オーク伯爵はこうなったぞ。これをどうするんだリンデーク国王」


 黒猫はさらに驚きました。開け放された扉にはリンデーク国王とその姫、そうして見覚えのない白いふわふわの髪の女の子が立っていたのです。

 リンデーク国王は長いひげをねじりながらにこにこと笑いました。


「オーク伯爵はこちらでひきとろう。これでようやく一対一で話ができる。民からの訴えが度を越しているのでいろいろ話したいことがあったのだよ。使者を送ってもなしのつぶてであったしなあ」

「このたぬきめ」


 横の女の子はぼそりとつぶやきました。それを聞いてリンデーク国王は心外といったように声をあげます。


「西の魔女ミランダどの、その言い方はひどい。この結末はいろいろなことが重なった、あくまで偶然の結果でしかないというのに」


しかし魔女の返答は先ほどとちっとも変わらないものでした。



「このたぬきめ」



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