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1話

挿絵(By みてみん)

 あるところに粉屋の一家がおりました。粉屋は腕の良い父親の為むかしは繁盛しておりましたが、父親が病気で働けなくなってきたころにはすっかり貧しくなってしまいました。それもそのはず、一家の3人の息子はいずれも出来のよくない子供ばかりだったのです。

 一番上の兄はごうつくばりでした。二番目の兄はえばりんぼうでした。末っ子の弟は態度も言動も雲のように軽い考えなしでした。

 やがて父親が死んでしまいました。残されたものと言えば水車小屋と、ロバが一匹と、汚い黒猫が一匹だけでした。


「俺は一番年上なのだから水車小屋をもらおう」


 一番年上の兄が言いました。


「では俺は弟よりえらいのだから働き者のロバをもらおう」


 二番目の兄が言いました。


「なら俺はこの黒猫をもらうよ」


 ごねるかと思われた末っ子の弟は、いつものように軽く言いました。黒猫などもらったところで生活の役にはたちはしないのにあいかわらず頭も口もかるいやつだ。兄たちはそう思いました。



 さて家を失った三男坊は小さな荷物と黒猫を連れ、森の道をぶらぶらと歩いておりました。黒猫はだまって男の後ろを着いてきておりました。


「さあて、これからどうするかなあ」


 男は頭の後ろで手を組んだままそうつぶやきました。その言葉も声音も、雲よりも軽くふわふわと浮いているようでした。この先、なんのあてもないのに悲壮感のかけらもありません。やがて男は黒猫に向かって片目をつむり、へらへらと笑って見せました。


「ま、とりあえずお前は解雇ということでひとつ。俺にはお前をやしなってやれねえもん。前に行ってただろ、この国ではアレだから故郷に帰ったらいいんじゃねえか。隣の国の港までは送ってやっから」


 黒猫と呼ばれたのはくすんだ金髪に黒い肌のやせっぽっちな少女の奴隷でした。ぼろの服を着て、足は裸足です。この国では奴隷には靴を履かせないものなのです。


「解雇といわれましても、自分のことは何一つできないちゃらんぽらんな坊ちゃまはおひとりでどうなさるのですか」

「おい、ちゃらんぽらん言うな。まあいいや、とりあえずお前は靴さえあれば奴隷狩りにだけはあわねえかもしれねえな。まずは靴だな。うし、ちょい待ってろ」


 男は突っ立っている黒猫の全身を眺めてそう言いました。そして自分の履いていた皮の長いブーツを解体すると、不器用にもたもたとしながらも丈の短いブーツを二人分作って見せました。


「できたできた。なんだ俺ってじつは天才なんじゃね? ほら黒猫、履いてみろって」


 黒猫は言われるがままに自分の主人が作ってくれたブーツをはきました。生まれて初めて履いたブーツは裸足に慣れた足にはいささかこそばゆく感じました。


「おっ似合うじゃねえか。いいねいいね、んじゃあとりあえず港町に行くか」


 ブーツをはいた黒猫を見て男はへらへらと満足そうでしたが、黒猫はあまり表情が表に出ない顔でブーツをじいっと眺めた後、こういいました。


「……坊ちゃま、私に少し時間を頂けますか」

「はあ? ま、いいけど」

「あとひとつ、私に弓を持つことをお許しください」




 黒猫はもともと南の大陸の狩猟民族でした。それがほんの小さなころに奴隷狩りに捕らえられ、この地に無理やり連れてこられたのでした。小さなころとはいえ狩猟民族は生まれた時から弓とともに育ちます。黒猫も例外ではなく、弓さえあればどんな獲物でも狩ってくることができました。

 弓を持つのは10年ぶりぐらいでしたが、おどろくほどたくさん獲物をとることができました。黒猫はそのなかから特別綺麗なものをいくつか選んで皮袋に入れると歩き出しました。

 しかし川にうつる自分の姿を見てふいに立ち止まりました。黒猫は今はちゃんとブーツを履いているのですが、着ているものと言えば襤褸といってもよいようなものだったからです。

 すると突然、頭の上の方からがあがあと声がしました。


「なんだなんだ、奴隷がながぐつを履いているぞ。似合わないながぐつを履いているぞ」


 上を見ると一匹の鴉がぎゃらぎゃらと笑っておりました。黒猫が無言で矢をつがえると、上空の鴉はやや慌てたような声を上げました。


「ちょっとまて小娘、西の魔女の鴉なんぞ食ってもうまくないぞ。それにお前はもうたくさんの獲物を持っているじゃないか」

「鴉はたしかに旨くはありません。しかし私は腹が立ちました。これはながぐつではなく大切なブーツです」

「ブーツには見えねえぞ、なんせ上の服が襤褸だからちっとも合わねえんだ」

「それは私も困っていたところです。そうだ、今日私が獲ってきた獲物を半分渡しますから、かわりに見目の良い服とマントをひと揃え用意して頂けませんか」


 鴉はたくさんの獲物を見てふむふむと頷きました。


「ははあ、これはけっこうなものばかりだな。よしわかった、ちょうど西の魔女のババアにミートパイを作る予定だったんだ。そうだな、ここで少し待ってろ」


 やがて鴉はどこからか見目の良い服と青い色のマントと帽子を手に入れてきました。黒猫はかわりに、鴉の首にたくさんの獲物のつまった袋をぶらさげてやりました。そのときに鴉に銀色に輝く首輪がつけられているのが目に入りました。つぎめのみあたらない銀の輪は、漆黒の鴉の羽毛と反してとてもきれいなものに見えました。


「おまえが何をしようとしているかはしらねえが、この先の道を右にいったところにある領地は悪評の高い魔法使いのいる土地さ。まあ俺の知ってる魔女のくそやろうっぷりには敵わないけどな。なんでもその魔法使いは自分の姿を自在に変えることができるらしい。ドラゴンになられてぱくりと食べられたくなければそちらには近寄らないことだな。逆に左の道にある国の王様はぼんくらだが贈り物が大好きなのんきものらしいぞ。行くならそっちにしな。じゃあな」


 首に獲物をぶらさげてよたよたと西に向かって飛んでいく鴉を見送ったあと、黒猫は川で身体を綺麗に洗い、手に入れたばかりの服とマントと帽子を身に着けました。なかなかさまになっていたので、黒猫は道を左に曲がり、マントを翻しながらずんずんと進んでいきました。


 黒猫はさっそく贈り物が好きな王様に会いに行くことにしました。そして狩ってきたばかりの獲物をさしあげますと、王様は相貌をゆるゆるに崩しながら尋ねてきました。


「こんな立派なものをくださるとは、お前はどこの主人の従者か」

「はい、私はカラバ伯爵の従者でございます」



 それからというもの黒猫は、森で狩ってきた獲物を毎日王様のところに持っていきました。なんせ黒猫の獲ってくる動物といったら珍しく、しかもおいしいものばかりでしたので王様も、そして王様の一人娘であるお姫様もとても喜んでおりました。


「毎日よいものをもらって余はとても満足しておる。カラバ伯爵にもよろしく伝えてくれい」

「は。カラバ伯爵もお喜びになりましょう」

「ところでカラバ伯爵とはどのような人物でらっしゃいますの?」


 ある日、王様の横に座っている金髪の美しいお姫様がそういいました。


「頭も言動も雲のように軽くへらへらとして……おっと失礼。雲のように軽やかな容姿とお心をお持ちの素晴らしい方にございます」

「まあ、雲のようにとは、それはそれは素敵な方でらっしゃるのでしょうね」

「その通りでございます」




 黒猫が男のもとに戻ると、雲のように軽い黒猫の主人はおかえりー、とへらへらと迎えてくれました。そしてふたりで男の獲った魚やら黒猫の獲ってきた動物やらを料理して食べていると、ふいに男が言いました。


「お前いつまでここにいるつもりなの? まあ俺はいいけどさあ、お前早く故郷に帰りたいんじゃねえの?」


 黒猫は黙りこみました。そして、買われてきたばかりの頃は、奴隷の寝床であった水車横の馬小屋で帰りたい帰りたいとめそめそ泣いていたことを思い返しました。そして、鳴き声に気づいて小屋にやってきてくれていた子供のことも。


「……ご主人様。ご主人様はどんな女性がお好きですか」


 黒猫の質問に男は吃驚したようでした。


「なんだ。いきなりどうしたんだ?」

「金髪で、抜けるような白い肌で、紫色の瞳の美しい女性はお好きでしょうか」

「まあそりゃあそうかな」


 男はうんうんと頷きました。そしてなにを想像したのかにやにやとほおを緩めました。


「きれいな女の子を嫌いな男はいねえって。で、胸が大きければさらにいいよなあ。いやでも小さくてもそれはそれでなかなか……」

「……」




 次の日、どこかに出かけていた黒猫は、戻ってくるなり男をひっつかんで川へと連れて行きました。そしていきなり男の衣服を脱がそうとしました。


「わわ、なんだなんだ。夜這いなの? おまえせめて夜這いなら夜にしろよ。真昼間っからってさすがの俺でも」

「馬鹿なことをいっていないで服をすべて脱いでください」

「わわ、やめろやぶくな」

「下着もです」

「わわ、わかったわかった自分で脱ぐから脱がそうとするんじゃねえ」


 てんやわんやで服を全部はぎとられ川にけり落とされた男が文句を言おうと川面から顔を出すと、そこにはなんと立派な馬車が通り過ぎていくところでした。

 するとやぶの中から黒猫がぱっと飛び出して馬車に向かっていいました。


「リンデーク国王大変です大変です、カラバ伯爵が強盗に襲われて身ぐるみをはがされた上に川に突き落とされてしまったのです! どうぞお助けください!」



 すると馬車から立派な服を着た王様が顔を出して男を見ると、慌てたように自分の従者たちに向かってこういいました。


「なんとカラバ伯爵とな。これお前たち早く助けなさい。あと何か服を用意してさしあげなさい」


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