episode 66 潜入 (後編)
-ギルヴェリアス-
内部
黒のフードとローブを身に纏った男がとあるエリアの研究施設の様な部屋で
端末をカチャカチャと叩き、 目の前のモニターに映し出された情報を見ていた。
「……これは…!!」
その名はヴィーゼ。 彼はギルヴェリアスについての情報を探していたのだった。
画面にはいくつかの項目が縦に並んでおり、 一番上に大きく文字が表示されている。
Nine division research facilities
February 11.3196
タイトルの様にも見える。
「(下のは…恐らく神話時代の暦だと思うが…。
第9……エリア…?
9番目の研究所と言う事か……研究所は他にもあるのか…?)」
項目の中から気になるものを選び、 情報を閲覧する。
「これは…
(当時、 ここにいた人物の一覧か…)」
画面にはこの研究施設の研究員の名前や職業、 担当などが細かく表示されていた。
恐らく重要人物と思われる名前が十数名載っている。
再び操作して、 ある1つのファイルを開いてみるとまた項目が現れた。
その項目には聞きなれない名前が表示されている。
「シル…ヴァー…ミス…ト? ……レプリ…ロイド?
何だこれは…」
ヴィーゼは順に項目を1つずつ、 目で確認しながら次々と見ていく。
どの項目も耳にした事のない名前ばかりが続いている。
そして内容もいまいち理解が出来ない。
ただ、 神話時代の文字なので彼が一部分しか読めない為に理解出来ないと言うのもある。
そうやっていくつかの項目などを見ていくと、 ある1つの項目に目が止まる。
頭の中で翻訳が完了したヴィーゼは座っていたイスから立ち上がり驚愕するのだった。
「ア、 アーダとイーヴァだと…!?」
ヴィーゼは一先ず冷静に心を落ち着かせて、 周りに誰もいない事を確認した上で
スキャンを発動させ、 ファイルを開いてみた。
スキャンの主な使い方は魔力値を測定する事だが、 情報の記録として使う場合もある。
見たものをそのまま映像として残せるので何かに書き留めるという面倒は省かれるのだ。
画面が切り替わると神話時代の文字と暦が表示された。
半分以上も読み取る事が出来ない彼は、 理解出来る単語を1つずつピックアップしてみる。
作業の結果、 どうやらアーダについてイーヴァについてと分類されている事がわかった。
そしてこれは何かの過程を記した言わば日記の様なものだと言う事もわかったのだった。
「……この艦にアーダと、 イーヴァが…乗っていたと言う事なのか…!?」
アーダとイーヴァについて書かれてある情報は大量にあるらしい。
中にはパスワードコードを入力しなければ開けないファイルもあった。
このまま調べてもどうしようもないと端末を操作して
一連の作業を終えたヴィーゼは再びトップのページに戻り、 電源を落とした。
「(それにしても……まさか、 この名前が出てくるとは…)」
と、 研究所を去ろうとするヴィーゼの視界に光の玉が映る。
天井からスッと現れ、 彼の前に止まる。
「通信オーブ?」
警戒しながらもヴィーゼはその通信オーブの魔力波形を自分の波形と合わせて回線を開いた。
光の玉はアメーバーの様にうねりながらやがて人の形に変形していく。
--お、 繋がった!--
「貴様は…!?」
--久しぶりだな、 ヴィーゼ! 元気か?--
「…何をしてるかわかっているのか!?
ここにはディウスもいるのだぞ!?」
--ああ、 わかってるよ。 だから手短に言う。
今ギルヴェリアスの外にいるんだけど中に入れてくれないか?
どうしても話さなきゃいけない事があるんだよ--
「な、 何故ギルヴェリアスの事を知ってる!?」
--それもちゃんと話すから、 上手くいけばディウスを止められるんだよ--
「…………わかった」
一方その頃、 同じ内部の反対側にいたシェイルはディウスの監視をしていた。
特にヴィーゼに報告する様な内容の事態になる事もなく、 本当にただ見ているだけの状況が続いた。
「(ヴィーゼの奴、 まだ帰ってこないのかしら…)」
「………」
「(もう…3時間経つわね…)」
「……シェイル」
「………え、 ええ…。 どうしたの?」
「何で…ここにいるの?」
「……さ、 さぁ~! どうしてでしょう!」
「………まぁ、 別にいいけどね」
前のアーディルに魔力を送りながら床にあぐらを掻いていたディウスがゆっくりと立ち上がった。
その動作にシェイルは反射的に動揺を抱いたのだが、 悟られないように心の中へ静かにしまう。
と言うのもディウスがアーディルに魔力を送ってから今まで一度も身動きを取らず
何十時間も同じ体勢でいたからである。
もしかしたら、 完了したのではないのか…。
振り向いた彼と目が合うと、 冷や汗混じりに笑みを返した。
そして一緒に言葉を添える。
「……完了…したの?」
「ふふふ…さあ、 どうだろうね…」
「……? ちょ、 ちょっと…教えてくれてもいいんじゃないの…?」
「じゃあ……こっちにおいでよ…」
ディウスがべたついた笑みをシェイルに見せる。
姿は子供だと言うのに、 巨大な怪物が目の前にいる様な感覚。
そして、 何かを企んでいそうな不気味な顔に身の危険を感じた。
今立っている所から一歩も動く事は出来ない。 まばたきをする事でさえ慎重になってしまう程だ。
そんなシェイルに優しく言葉をかえる。
「僕が怖いのかい…? シェイル…」
「……っ!!!」
とっさに扉へと走って行くシェイル。
早くこの場所から遠ざかりたいと、 恐怖と言う感情に正直な反応を取る。
焦りや怯えが彼女を混乱させて上手く足を使えないながらもなんとか扉前に辿り着く。
だが、 自動で開くはずの扉が何故か開かなかった。
「そ、 そんな…どうして!?」
「…くっくっく。
さぁ…、 どうしてだろうね…」
背中を向けたまま、 声を漏らすディウス。
そしてまたゆっくりと怪しく口元を吊り上がらせる。
彼女からは背中しか見えないがどう言う表情で話しているのかが手に取るように想像できる。
扉を叩いてみたり、 魔力で破壊しようと試みるも、 バリアで遮られている。
「ディ、 ディウスでしょ? な、 何でこんな事を…」
「何で? くっくっく。
僕が言わなくてもわかってるんだろぅ? シェイル…」
「……」
うすら笑みを止めたと思いきや突然ディウスの声色が変わる。
冷たくそして重たくシェイルの胸に突き刺さる。
「この僕が…
君たちの目的に気づかないとでも思ったの?」
「な!?」
「君たちは僕を上手く利用してると思い込んでるみたいだけど
僕の方が利用していたんだよね。 実は」
振り返ってシェイルに強烈な睨みを放つと、 腕を組んで再び会話を続けた。
「僕が何で君たちと共にいたと思う?」
「………」
「くっくっくっく。
そうだね、 前に一度君たちと闘った事があった。
あの時から君たちの中に特別なアーディルがあるとわかった」
そしてディウスはまたにんまりとした笑みを垂れ流すと
吐息混じりの囁き声で舐める様にシェイルに呟いた。
「ずっと……この機会を待っていたんだ…。 シェイル…」
「……!?」
身体全身で恐怖を感じたシェイルはもう立っている事さえできずに
腰が砕け、 ストンと床に落ちてしまった。
彼女はディウスという捕食者の罠にまんまとハマってしまったのだ。
身体の芯から来る震えが止まらない。 そして何の抵抗も出来ないシェイル。
「あ…ああ……ああ…あ」
すでに逃げる力は失われているが無意識に本能で後退りする。
背中が扉に当たってもその動作は止まらない。
「さあ…おいで…。 シェイル…
1つになろう」
「い……いや………こ、 こ…こ来…な……い…………で……」
「ふふふ。 怖いのかい?
シェイル…」
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!
そして再びアッシュ達へ
通信オーブで無事にヴィーゼと会話する事に成功したアッシュ達は
彼によってたった今、 ギルヴェリアスの中に入る事が出来たのだった。
そして何処かへとアッシュ達を案内する。
ギルヴェリアスには外に繋がる扉というものがない。
“何故”と言う疑問にヴィーゼが答える。
その答えは先程調べていた端末から得た情報でもあった。
「どうやら敵からの侵入を簡単にさせない為らしいな…」
「もともと扉がないんじゃ…な。
俺達あのまま探してたらやぱかったよな…」
「あぁ。 ヴィーゼが偶然いてくれてよかったよ」
「……」
「あれ? じゃあお前はどうやって入ったんだよ
さっきみたいに中の誰かに転送してもらったんじゃねんだろ?」
「……ある場所でキーワードを言うと中へと入れる」
「そうなのか。 じゃあ俺達絶対中に入れなかったな…」
「…それで、 私達を何処へ連れて行くのよ」
「ここから少し行った所にワープ出来る装置がある。
それでディウスの元に戻る」
「ちょっと…もう向かってるの?
駄目よ、 まだ作戦も考えてないんだから」
「それに話さないといけない事があるんだ。 ヴィーゼ」
「だったら、 今話せ。 歩きながらでも出来るだろ?」
「あ、 いや、 でも…
………!?」
「どうしたの? アッシュ…」
「……。
気のせいか…」
「何だよアッシュ、 気になった事があんならちゃんと言えよ」
「…微かに感じるんだけど、 あいつの魔力が…」
「……………こっちのはなんも反応なしだけどな…」
「!?
あ、 ああ…そんな…」
「アッシュ!? どうしたのよ!」
「何があった!?」
「ねぇ…アッシュまさか…」
「………やばい!!!
ヴィーゼ、 ワープ装置までここからどれぐらいの所にあるんだ!?」
「すぐそこだ…あの通路を抜けた先に…
!?
おい! まさかディウスがもう!?」
言葉を最後まで聞かずにアッシュは全力で走って行った。
他の者たちもそれに続く。
ヴィーゼの言った通路を抜けると円形の台が見えた。
一足先にアッシュがその台に乗ると振り返って皆を呼ぶ。
ヴィーゼ、 ディック、 ティナそしてリルティが乗ったのを確認すると
突然、 透明なシャッターが足元から閉まり、 円柱のカプセルとなった。
そしてヴィーゼが片手を壁に近づけると緑色の透明な操作盤が現れ何かを入力し始めた。
「早く…! ヴィーゼ!
シェイルが危ない!!!」
「な、 なんだと!?」
シェイルの危機だと知ると入力している手に力が込められた。
歯を食いしばり、 怒りと焦りとが入り乱れた状態で入力作業を終えると
アッシュに完了したと告げる。
「俺がディウスを…、 みんなはシェイルを頼む」
「おう任せとけ!!」
「ワープするぞ」
ヴィーゼが最後の操作を完了させるとカプセル内が光で埋め尽くされた。
そして光と共にアッシュ達は消えて行った。
円形の台座から突然、 透明なシャッターが上がりその中から光と共にアッシュ達が現れた。
そしてシャッターが下へと降りるとヴィーゼを先頭にディウスのいる部屋へ向かう。
「ん? この魔力は…」
シェイルの首を掴んでいたディウスの手が少し緩まる。
「う……うぅ……ヴィ……」
「ふっふっふ。 ヴィーゼはここへは入れないよ。
君もさっき見ただろ?」
「………ぐ……ぅ」
「抵抗するからそんなに苦しむんだよ?
楽にした方が君の為なのになぁ…」
その時、 部屋の扉からとてつもない衝撃が放たれた。
爆発している様な凄まじい音と衝撃。
もちろん、 それを起こしているのはアッシュ達だった。
扉そのものは既に破壊されていたのだがバリアによって中に入る事が出来ない状態にあった。
目の前にシェイルとその首を掴むディウスが映る。
アッシュはすぐに状況がわかり、 アーディライズを発動。
全力でバリアに突進して行った。
「ディィィウス!!!」
「ふっふっふ。 君たちも来てたの。
無駄だよ、 いくらアーディライズした君でもそれは破れない。
このバリアはヴァルファリエンを捕獲するために僕が編み出したんだからね」
アッシュの深層意識の彼方に眠る“あの時の映像”
かつてヴァルファリエン達のアーディルを取り除いた時に用いられた捕獲用の網。
彼は徐々に少しずつ、 じわじわと過去の出来事を思い出す。
(アッシュ! 無駄や! アーディルの力で無理矢理やってもそのバリアは破れへん!)
「わかってる!! でもあいつを早く止めないと!!」
(待っとき、 エターナルサーガに方法があるはずや)
ヴィーゼを始め、 ディックやティナ、 リルティも
持てる力を全て出し切ってそのバリアにぶつけてみる。
しかしディウスの笑い声が大きくなるだけで状況は変えられなかった。
「魔力で攻撃してもダメなんだ…。
どうしたらいい…?」
「アッシュ何か方法はないの!?」
「……今フュリンが探してる…」
「あっはっはっは!!!
それだけの人数がいながら何にも出来ないんだね…。 くっくっくっく…」
込み上げてくるその笑みを堪えながらディウスは言葉を吐く。
首を掴んでいた手にもう片方の手が加わり押し込むようにして力を入れる。
「……が………あ……ぁ」
「や、 やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!」
「あっはっはっはっは!!
ほら、 助けに来ないの? アッシュ。
彼女、 死んじゃうよ?」
「こぉ…んのやろう…!!」
「くっくっく、 でも安心していいよ。
殺しはしない。 まだね…」
「…………ぁ……」
「シェイルゥー!!」
声が届いたのかシェイルが瀕死にも近い苦しい表情で
“まだ生きている”とヴィーゼに何とか伝える。
アッシュ達はどうする事も出来なく、 立ち尽くしていた。
しかし、 まだ希望が残されている。 最後の希望、 フュリンが…。
その希望を待っている程、 ディウスは寛大ではない。
ここはなんとしても時間を稼いでアーディルの抽出を阻止しなければ
そう思ったアッシュはこう切り出したのだった。
「おい…それはアーダとイーヴァだよな」
「欲しかったらどうぞ。 …入って来られるならね。 くっくっく」
「お前、 エターナルサーガをどうやって発動させるか知らないんだろ?」
「な…!?
何だって…?」
「やっぱりな…。 その2つのアーディルを融合させないと鍵が出来ない。
でもお前は、 そのやり方を知らない……。 違うか?」
「……ふ、 ふふふ。
まるで知った様な言い方をするね」
ディウスの苦い顔を感じ取ったアッシュはニヤリと笑みを見せながら
それにはっきりと答えてやった。
「ああ、 もちろん知ってる。
そのやり方…教えてやってもいいぜ。 ディウス」
「なに…!?」
「おま!?」
アッシュの言葉にディウス、 そして周りにいるディック達も驚いた。
ただ皆その意図はわかっている。 全てはシェイル救出の為のものだと。
それにディウスがエターナルサーガを発動出来ない事を知っている事も含めて
彼は言ったのだと…。
「…取引と言う事?」
「シェイルを解放すれば教えてやる」
「それは出来ないなアッシュ。
僕は知ってるんだよ、 発動にはこいつらのアーディルが必要になるって事はね」
「確かに…必要だな。 だがもう1つ…
実は、 発動出来る手段があるんだよ」
「ふん、 僕を騙して時間稼ぎをしても無駄だよ」
「前に闘った時にお前こう言ってたよな?
君のアーディルは何なんだって」
「……」
「その答えを教えてやるよディウス」
アッシュは腕のセティスをディウスに見せた。
「!?
そんな…まさか!?」
「エターナルサーガについて色々調べていたお前ならわかるよな?
これが何なのか…」
「エ、 エディル…ブレイブ…。
そんな馬鹿な…! 何で…どうやったんだ!?」
「そんな事はどうでもいいだろ。
お前の欲しがっているものがあってくれてやるって言ってるんだぜ? ディウス」
「………」
「融合する手間も省けるし、 シェイルからアーディルを取り込んだとしても
まだヴィーゼのアーディルが残ってる。
それにこれだけの人数を相手に出来るのか?
いや…
“神の力”を得た俺と闘うって言うのか? ディウス」
「じゃ、 じゃあ既にエターナルサーガを…!?」
「…その力が今、 お前のものになろうとしてるんだ。
お前が一番望んでいた事なんだろ?」
ディウスは正直迷っていた。
アッシュがハッタリをかまし、 その隙にシェイルを奪い返すと言う事と
本当にあれが“鍵”でなんらかの方法で手に入れる事が出来たのだと言う事と
この2つの答えが何度も、 脳裏を駆け巡る。
そしてもう1つ…。
あれが本当に鍵なら何故エターナルサーガ使い、 この危機を脱出しないのか…と言う事。
どの答えも再び疑問へと置き換わり、 脳裏を巡る。
そしてディウスの顔に汗がじわりと滲み出た。
さぁ、 どうする?
ディウス…。