episode 61 管理者
どれだけの時間が経ったのだろう。
いつの間にか眠ってしまっていたアッシュとフュリン。
この空間に来てからアッシュは“時間”と言う存在を忘れている様であった。
まるで時間自体が存在しないかの様に。
しばらくしてアッシュが目覚めた。
「ん……眠ってた…のか」
起き上がろうと体を起こそうとした時に少し違和感があった。
アッシュの服をぎゅっと握っているこの小さな手、 それは隣ですやすやと穏やかな表情で
眠っているフュリンであった。
「あ…そうか。 確かこいつと一緒にここに閉じ込められたんだった」
「ん…う……ん…」
「起きたか?」
「アッシュ、 あたい…寝て…た? ふわぁ~」
あくびをしながら小さな羽を大きく伸ばす。
「さ、 どうしよっかな…」
立ち上がったアッシュはすぐそばのテーブルに向かいイスに座った。
それにしても余りにも静か過ぎる。
2人以外の存在が全くの皆無。
誰かの仕業だと初めは思っていたがこの状況を見ると
本当にここには自分達2人しかいないのだろうと思えてくる。
そんな事を考えているとディック達の事がふっと頭によぎった。
そう、 ディウスの襲来である。
こんな事をしてる間にもエターナルサーガを発動させるべく
着々と準備を整えている姿を想像したアッシュは
“何としても元に戻らなくては”
と心を強く気を引き締める。
ただやはりここを脱出するよりもディック達が気になるアッシュ。
そしてその気持ちが強くなった時、 変化が起きた。
初めにその変化に気づいたのは隣にいたフュリンだった。
彼女は上からアッシュに向かって来る何かを目に捉える。
「アッシュ! なんかこっちくるで!!」
その言葉に頭上を見上げると確かに何かがこちらに向かって来ている。
ただ肉眼でははっきりとは見えない。
すかさずスキャンを使い改めて物体を確認する。
「…本?」
正体は本だった。
本はテーブルの上で止まるとゆっくりとそこに置かれた。
「どっから飛んできたんやろ? この本…」
「さあな…。
ダメだ、 やっぱりこの本も開かない」
「もしかして、 そのイスに何か秘密があるんかな?」
「でも前に一度座った時は何も起こらなかったぞ?
もしフュリンの言う事が本当なら初めに座った時と今回…何が違う?
そうか! わかったぞ!!」
「何? 何がわかったん?」
フュリンの問いに返事を返す事もなくアッシュは静かに瞳を閉じた。
そして強く念じる。
「(ディック達の所に行きたい…)」
すると…
「あ! アッシュ、 本が勝手に!!」
フュリンの驚きと共に目の前の本がアッシュの前に浮いた。
淡い光を放ちながらゆっくりと音もなくページがめくられる。
どうやっても開かなかった本が今開かれたのだ。
その瞬間、 本は消え映像が代わりに姿を見せた。
映像が鮮明に何かを映し出そうとしている。
「あ、 何か映った…」
「あぁ、 ディックだ」
ディックがティナやリルティ達と会話している映像が映っていた。
アッシュが心に強く念じた結果なのだろうか。
「でも何でいきなり本が開いたんやろ…」
「多分、 俺が強く念じたから」
「念じたらできるんか~んじゃあたいもちょっと…
(ばぁちゃんに会いたい…ばぁちゃんに…)」
フュリンも心に強く念じてみた。
「……………なんも起こらん」
「ちゃんと念じてるか?
もっと強く念じてみろよ」
「……………」
しかしフュリンがいくら強く念じてもアッシュの様な変化は見られなかった。
「何でやぁ…ちゃんと念じてんのに…」
「もしかして俺だけか…?」
「え~何でアッシュだけ出来んのん」
「それは…」
「!?」
いきなり何者かの声がした。
すかさず辺りを警戒するアッシュとフュリン。
その時、 映像はまた本に戻り静かにどこかへ飛んで行った。
「あっ! 本が」
本に少し気を取られているとアッシュ達の前に上下真っ白な衣服を身に纏った人物が
いきなり姿を現した。
暗い部屋のせいなのか白い衣服が光って見える。
「それは…貴方様が此処の持ち主だからでございます。
我が主アース様」
「え?」
「俺が…ここの…主だって?」
「左様で御座います」
「あ、 あんた誰や!」
「私はエターナルサーガを管理する者…」
突然、 予想もしない言葉を言い渡されたが
何故かその事実を簡単に受け入れてしまっていたアッシュ。
それと同時にリーベルトの言葉を思い出した。
「(まさかリーベルトの言っていた事はこの事なのか?)」
「よくぞお戻りになられました。 アース様」
「さっきあんたエターナルサーガって言ったよな?
エターナルサーガって何なんだ?」
「エターナルサーガ…!?
な、 なぁアッシュ…エターナルサーガってあの…?」
「ごめんフュリン…ちょっと黙っててくれないか」
「あ…うん」
「おい、 答えろよ。
あんたさっきエターナルサーガを管理してるとか言ってただろ
どんな物かちゃんと知ってるんだろ?」
「エターナルサーガの何が知りたいのです?」
「何もかもだ。 そいつを狙ってる奴がいるんだ」
「狙ってる…? そうですか」
アッシュの話に少しの動揺も見せず、 スッと言葉を返す。
状況が呑み込めてないのか或いはアッシュの言った事を理解出来ていないのか
軽く流された様な返答だった。
「エターナルサーガを手にした者は自分の思いのままに出来るらしいな。
それは本当なのか?」
「……」
白き者はその問いに答える事はなくただじっとアッシュの瞳を凝視している。
「答えろよ。 知ってるんだろ?」
「……。 確かに…貴方様の仰る通りで御座います」
「本当だったんだな…。
で、 エターナルサーガは何処だ?」
「何処…とは?」
「だから何処に隠してあるのかって聞いてるんだよ。
管理してるんだろ?」
「それは何のご冗談ですか? アース様
既に貴方様が持っておられるじゃありませんか」
「なに? 俺が持ってる?」
「はい」
「…どういう事だ? 俺が持ってるって…」
白き者は瞳を閉じ少し考えた様な表情を浮かべると再び口を開いた。
「失礼ながら貴方様の記憶を読ませて頂きました。
大変申し訳ありません。
貴方様はアース神にお目覚めになられて間もないのですね。
わかりました。 詳しくお話させて頂きます…。
私はメルヴァーと申します。
かつてのアース様にお仕えしていた者で御座います。
私の役目はアース様のエターナルサーガを管理する事
そしてアース様と此処で“プラートガルド”を見守って参りました」
「プラートガルド?」
「先ほどヴィジョンを使ってご覧になられていた世界の事で御座います」
「(あの本の事を言ってるのか…)」
「プラートガルドは前アース神がご創造なられました。
…理解に苦しいと思いますがそれは貴方様が長くプラートガルドにいた為
しかしながらすぐに前アース神の記憶が戻られる事でしょう」
「あ、 あたい…話についていかれへんわ…」
「…俺がエターナルサーガを持ってるってどういう事だよ」
「正確には貴方様はその“鍵《セティス》”を持っていまして
此処こそがエターナルサーガを実行出来る場所なのです」
「ここが? この図書館がか?」
「…左様で御座います」
「この部屋全体がエターナルサーガなのか…」
「ひえぇ~あたいらとんでもないとこにおるんやな…」
「先程、 ご覧になられていたヴィジョンもその“鍵《セティス》”を持っておられる
貴方様だからこそ成せるので御座います」
「まだちゃんと理解出来ないが…これでディウスに渡る事は無くなったな」
「そうやん!! やったやんアッシュ!!」
「アース様、 鍵は一つでは御座いませんよ」
「………何? 今なんて」
「エターナルサーガを実行する為の鍵は一つではないと言う事で御座います」
「一つだけじゃないのか!?」
「左様で御座います。
貴方様が持つ鍵は“ディメスエンティア”と呼ばれる物で
そのディウスと言う者が探している鍵は“プルーヴァ”」
「じゃ、 じゃああっちの世界にその鍵があるのか?」
「はい。 ただディウスと言う者は”神霊魂《ミクトアーディル》”を宿していないので
鍵を見つけてもどうする事も出来ないと思われます」
「そ、 そうか…とりあえずは安心か…」
「でもあいつの事や、 絶対に何かやらかしよるって」
「あぁ…。 わかってる。
えっと…確かメルヴァーだったよな? あっちに戻れる方法を教えてくれ」
「プラートガルドへ行かれるおつもりですか?」
「あぁ、 ディウスをこのまま放ってはおけないからな。
それにディック達も心配してると思うし…」
「申し訳ありませんが…それは出来ません。
貴方様にはお役目が御座います。 プラートガルドを管理すると言う大事なお役目が」
「そのプラートガルドがディウスの手によってめちゃめちゃになるかもしれないんだぞ!
あいつがその鍵を使える様になってからじゃ遅いんだ!!」
「…………わかりました。 ならばせめて“書き換え”をしてからにして下さいませ」
「書き換え?」
「アース神が長い間ご不在だったのでエターナルサーガはここ数万年発動されておりません。
さらに主が変わった事で、 新たに貴方様のデータを作成しなければならないのです」
「俺は何をやればいいんだ?」
「とりあえず、 まず初めにエターナルサーガをアクティブ状態にする必要があります。
アース様、 こちらへ…」
メルヴァーはそう言うと歩き出した。
アッシュ達もその後をついて行く。
偶然にもアッシュ達がいたこの場所こそが神話の時代より語り継がれて来た
伝説の創造書【エターナルサーガ】
しかしその正体は超巨大な図書館であった。
エターナルサーガは誰もが頭に思い描く想像のそれとは違っていた。
さらにエターナルサーガを発動する為の鍵は一つではないという。
神々にのみ持つ事が許される創造書。
その全貌の姿が今、 アッシュの目を通して明らかになろうとしていた。