episode 41 アーディル解放
造られた肉体を持つアッシュと
別人格を作り上げたシグナス。
“本物”と“偽り”を持つ2人。
どちらも本物でもあり偽りでもある。
シグナスは真に本物となる事が目的なのだろうか…。
アッシュとシグナスはヴァルファリエンの里に
たどり着いていた。
里と言っても人などはいない。
そこは小さな神殿がぽつんとあるだけで
建物らしき廃墟は蔦が絡まり瓦礫の残骸。
それ以外は草木が生い茂っている。
神殿の扉を見つめながらシグナスは話し始めた。
「お前の意識、 記憶全てを吸収して
俺は完全なるアッシュ・バーナムとなる」
「………」
「だが…いくら俺が望んでも
例えお前を殺したとしても…
お前が望まなければ術は失敗する
「教えろよ…」
「…………何だ?」
「俺にアーディルを使いこなせる様に
したかったのは何のためなんだよ。
厳しい試練に堪える為なんて嘘なんだろ?」
「……あぁ、 そうだ」
「じゃあ何だ?」
「お前の強さの成長を確かめる為だ」
「……確かめて何があるんだよ」
「何もない。 知りたかっただけだ」
「……何だよそれ」
「今のお前ではディウスと戦う事はおろか
6大魔導でさえもまともに太刀打ちできん。
お前は弱い」
「もう一つ…。
何であんな記憶を見せた?
最初の方は別に必要ないだろ」
「何だ、 理由がないと不服か?」
「理由はないのか?」
「理由は……ある…」
「何だよ……教えろよ」
「…………」
「言えよ、 どうせ俺は消えるんだろ?
知っても無くなるんだ、 違うか?」
「……………母親だ。
俺には母親の記憶がない。
どんな声なのかどんな顔だったか…。
断片的でしか思い出せない。
だが…お前の記憶にはあるはずだ。
お前が俺の記憶の中で映し出すのを待っていたが
その機会を逃したらしい」
「なるほどな……。
でもそうまでして何で母さんを気にするんだ?」
「……確かめたい事があったからだ」
「確かめたい事?」
「だがもういい。
どうせ吸収したら全てわかるんだ」
「………この世界に俺やディックが
やって来たのもあんたの…仕業か?」
「……ディックは計算外だったがな」
「俺を操作して…マーディン様や…
皆を傷つけたのも…あんたか!」
「あれはお前自身が起こした事だ。
アーディルの力に耐え切れずに暴走したんだよ。
アーディルの力に慣れないお前が
いきなりフルで解放したからそうなったんだ。
俺が介入したのはその後だ」
「…………」
「この扉を開けば儀式は始まる。
さぁ決断しろ」
「断ったら……どうする?」
「その時は…。
この俺の手でお前を消すまでだ。
言ってなかったがアーディルだけなら
術を用いなくても回収できる」
「…………」
「吸収できなければお前を消すしかない。
特に……真実を知ってしまった今のお前ならな」
「…………」
「俺に吸収されるか…。
俺に消されるか…。
2つに1つ。 決断するんだアッシュ。
時間はまだ少しある」
−イフリナ−
部屋のベッドに寝転ぶディックの姿があった。
激しい修業は一段落を迎え身体を休めている所だった。
「アッシュが行ってからもう10日か…。
へへへ、 あいつ、 俺がギガドライヴを
使えるようになってる事知ったらビビるだろうぜ!」
しばらくすると起き上がって部屋に
備え付けてある冷蔵庫へ足を運ぶ。
「お、 もうこの一本で終わりか…。
んじゃ調達しに行くか」
一気に飲み干すと食堂へと向かう。
その途中でレリスとすれ違う。
軽く挨拶を済ませるディックだったが…。
「ディック、 今暇?
ちょっといい?」
「なんだ?
へへへ、 デートの誘いか?」
「………」
「あれ? お、 おい…」
レリスは口を閉じたまま歩き出した。
ディックも駆け足で追いかけ少し思い詰めた
表情のレリスを見ると遠慮気味に話し始めた。
「どうか…したのか?」
「うん…。
ディックに言わないといけない事があるの…」
「俺に? 何だ?」
「アッシュの事…なんだけどね…」
「あぁ、 あいつがどうした?」
「一緒に行ったでしょ? 里に」
「ヴァルファリエンの里だろ?
あいつまた強くなってるんだろうな〜」
「…………」
「へへへ〜だがよ
俺もまたパワーアップしてるから帰って来たら
ビビらせてやるんだ!
まぁ魔力はあいつに負けても色々スペルとか
バリエーションが増えたからその辺でな!
これもフィルやゼア達のおかげだけどなっ」
「帰って来ないの…アッシュ」
「え、 …帰って来ない?」
「…………」
「おい何だよ帰って来ないって」
「…アッシュはシグナスのクローンって
知ってるでしょ?
2人が向かった所は禁断の術が封印された所なの。
それで…」
「禁断の術…どんな術なんだ?」
「転身の秘術って言う術なんだけど…
効果は………その…」
「て、 転身の秘術ってお前…まさか…。
まさか……アッシュはその為に行ったのか!?」
「う…うん………」
「お前……何で言わなかったんだ…」
「ごめんなさい…! あた…し」
「2人が1人の人間として生まれ変わるんだ。
シグナスをベースにアッシュを吸収する術だぞ!?
お前、 何でシグナスを止めなかったんだ!!」
「止めたよ!! 止めたけど!!
止めたけど………。
止めた……けど…」
「場所教えろよ」
「…え? どうするの……?」
「決まってんだろ!!!
止めるんだろうが!!」
「もう…遅いよ今頃もう……」
「いいからあいつらがいる場所を言えよ!!!」
「………場所…は……」
「…もういい!!」
「あ…ディック!!」
ディックは勢いよく走り去った。
スキャンを発動させながら地上へ向かう。
「そんな事…ぜってぇさせねぇ!
アッシュ、 今迎えに行ってやるからな…!!」
地上へとやって来たディックはスキャンを範囲限界まで
拡大するもののアッシュの反応はない。
「違う!! 範囲にいないだけだ…。
確かあの時、 西に向かって行ったんだ。
西だ!!」
ディックは両手に魔力を集めるとレグを召喚する。
光の中から出て来たのは鉄の塊。
二輪の乗り物だった。
ディックはこの数日の間に新たなホムラを
作っていた。
「待ってろよ、 アッシュ!!」
ハンドルを握るとディックは思いがけない行動に出た。
なんとレグにまたがった状態のまま
オーバードライヴを発動したのだ。
「うらぁぁぁぁぁ!!!」
赤いオーラがホムラに流れる。
まるで燃え上がる炎の様に吹き出す魔力に
唸るホムラの轟音。
そして次の瞬間ディックがスロットルを回すと同時に
ホムラは流星の如く飛んで行った。
「アッシュ、 すぐだからよ…!!」
−ヴァルファリエンの里−
神殿内部
アッシュ達は神殿の中へと既に入っていた。
しかし儀式はまだだった。
シグナスは沈黙を決めたまま何をするでもなくただ
アッシュの返事を待っていた。
そして頃合いを見て口を開く。
「さぁ、 返事を聞かせてもらおう。
イエスかノー、 2つに1つだ」
「返事は…
ノーだ。
でもな、 ただ消されるのを待つのもごめんだ。
俺は……最後の最後まであんたと戦う!」
「俺には勝てん…絶対にな」
「そんなのやってみないとわからないだろ?
奇跡的に俺が勝つかもしれない」
「奇跡? 奇跡などはない。
悪いがな、 俺は手加減などせんぞ」
するとシグナスは全身に魔力を込めた。
魔力の衝撃が輝きと共に押し寄せる。
「…く、 さ、 さすが…とてつもない魔力だ…!
もう既に魔力の量がわからない…」
最後の衝撃が止むと光は落ち着いた。
そしてシグナスの姿はあの時見た“あの姿”に
スキャンではもう魔力を確認する事はできない。
これは力の差が掛け離れた場合にのみ生じる現象。
アッシュは勝ち目の無い戦いを始めようとしているのだ。
「うぉぉぉぉ!!!!!!」
「初めに戦った時より確かに上がっているが
無駄だな、 その程度のパワーアップ
何でもない」
「ギィガァ……ドライヴー!!!!!」
掛け声と共にシグナスへと向かうアッシュ
消えた様に見えるアッシュのスピードも
シグナスにはちゃんと見えている。
「うららららららぁぁぁ!!!!」
シグナスの顔にいくつもの拳が飛ぶ。
しかしそのどれも命中はしなかった。
他から見ればシグナスの動きは残像の様に映る
彼もまたアッシュを超える物凄い速さで攻撃を
かわし続けていた。
「(くそ…簡単には当たってくれないか…
)」
アッシュは一先ず距離を置いた。
「どうした? 攻撃して来ないのか?」
「あんたこそ、 何で来ないんだ?
アーディライズして凄くなったのは見た目だけか?」
「………調子に乗るなよ」
シグナスは右手を前に出し水平に滑らせた。
すると炎で形成された蛇がアッシュに遅いかかる。
その数は百を超える大群だ。
「ランブレイズ…」
「なに!? マテリアルフォースか!?
しかも詠唱なしで…。
くそっ!!」
アッシュは深く構えると両腕を横に伸ばし叫ぶ。
そして伸ばした両手に魔力が蓄積していく。
「ブラスタァァァネイル!!!」
すると手の真下の地面からシグナスの
ランブレイズに向かって白い2つの衝撃波が
地を滑りながら走って行った。
両側から放たれた衝撃波は途中で中央へカーブして
ランブレイズにぶつかると次々爆発を起こした。
そして見事相殺に成功する。
その爆煙を割ってシグナスが攻撃を仕掛けてきた。
「ぐあぁぁっ!!!!」
アッシュはシグナスを捉える事は出来なかった。
それ程シグナスのスピードは速かった。
シグナスの右拳はアッシュの腹部に命中した。シールドに守られている状態でも
激しい痛みが体を駆け巡る。
貫かれたと錯覚する程の衝撃だった。
シグナスはその一撃を皮切りに次々と連撃を浴びせる。
オモチャの様にただ殴られ続けているアッシュは
回避する事も反撃する事も出来ない
まさにサンドバッグ状態。
攻撃スピードが余りにも速い為に
アッシュは声を上げる事もできない。
「だから言っただろう?
俺には絶対に勝てないと」
シグナスは攻撃をやめアッシュの首を掴みながら
言葉をかける。
「……うぅ…が……」
「ギガドライヴとやらが解けかかってるぞ?
勝負あったな」
シグナスは首を離すとアッシュは地面へ倒れた。
「う……う……ぃ…ぁ…」
「魔力が尽きたか…。
さぁ…受け入れろ、 自分の運命を」
「ま…だ…だぁ。
ま…だ負け…た…なん…て言って…ない…ぞ」
「諦めるんだな、 お前の負けだ」
「シ、 シグナ…ス。
俺も……お…教え…て…やる…よ」
何とか立ち上がったアッシュだがもう既に限界寸前。
立ってるだけが精一杯の今のアッシュには
シグナスに向かって行くだけの力はもう残されていない。
「はぁはぁ…あんた…勘違いしてるよ…」
「勘違い? 俺が何を勘違いしていると言うんだ?」
「…俺も勘違いしていた。
シグナス……俺は…
使えたんだよ、 初めから…な」
「使えた? 何の事を言っている?」
「あんたのおかげで思い出したんだよ」
「(なんだ、 傷が回復していく…。
回復スペルじゃない…
これは…この光は…)」
「俺はあの時から使えたんだ。
ディック達と初めて会ったあの時から…」
アッシュの身体が紫の光に包まれていく。
そして炎の様に形を変える。
「(なんだこの魔力の異常なまでの上昇量は…。
先程の技ではない…何が…何が起きた?)」
「こいつを使うと俺は俺じゃなくなるかもしれない…。
もう2度と元には戻らないかもしれない…。
正直…怖いよ…」
アッシュの胸辺りが強く輝き出した。
鼓動の様に一定のテンポで光は輝きを放つ。
そして強くなっていく。
「あ……あ…ありえん!!」
「でもやっぱり俺は…ここで消える事はできない。
こんな俺でも必要としてくれる人がいる限り…
俺はあんたに吸収される訳にはいかない!」
「そんな、 ば…馬鹿な!?
半分欠けていたアーディルが……
あいつのアーディルが元の1つに…
こんな事…ぜ、 絶対に有り得ない!!」
「だから俺はこいつからもう逃げない!」
「(ま、 待て…冷静に考えるんだ。
魔力が増したとは言えまだ十分俺の方が上…
何を怖れる事がある?
こ…この俺が怖れるだと!?
馬鹿な…俺は特別な存在なんだ!!
俺のアーディルはアーダの力が宿……)
!!!?
ま、 ま、 まさ…まさか…!!?」
「おぉぉぉぉぉぉー!!!!!!」
荒野を物凄いスピードで駆け抜ける光は
爆音を砂埃と一緒に散らせている。
それはホムラ、 そしてそれにまたがるディックだ。
彼が通過した道の地面は荒く削られている。
「頼む…間に合ってくれ…!!」
辺りは岩山がちらほらあるだけの荒野。
彼以外気配はない。
ホムラの唸り声だけが辺りに児玉する。
そんな中、 スキャンが魔力の反応をキャッチする。
「見つけたか!?」
しかし数が1…2…3、 4…。
段々とディックを囲う様に増えていく。
反応はアッシュのものではなかった。
「なんだ…あれ」
その反応はなんと50以上にまで増えていた。
距離もすぐ近い辺り。
ディックは急ブレーキをかけた。
後ろの車輪が滑り火を噴き出しながら
ホムラは何とか止まる。
向こう一面に砂埃と共に現れたのは
牛の様な魔物だった。
どうやらディックの魔力に集まって来た様だ。
「今はおめぇらの相手なんてしてられねぇんだよ!!」
ハンドルを握りホムラを唸らせながら
魔物の群れを睨みつけるディック。
この時にもオーバードライヴは発動している。
そして再びホムラに魔力を送り群れに向かって走らせる。
その途中にディックは群れ目掛けてスペルを放った。
「ランブレイズ!!」
ディックが放ったランブレイズは
超スピードで走るホムラを越えて
勢いよく飛んで行った。
群れの中の1体に命中したが
魔物達の勢いは止まらない。
「ちっ、 めんどくせぇな…」
そのままディックはホムラと魔物の群れに
突っ込んで行った。
そして衝突。
その瞬間、 何十体もの魔物達が
空へと投げ出された。
ディックが操るホムラは
バランスが崩れ、 スピンを繰り返しながら
地面を滑っていく。
幸か不幸か魔物が数体それに巻き込まれていった。
そしてディックの四方八方から残りの群れが襲い掛かる。
「グオオォォォン!!!」
「グワァァ!!」
「グォォン!! グルルルァ!!!」
「ガグァァァァ!!!」
「ちっ!!」
ディックはスピンの回転力を利用して一回転した。
ホムラのタイヤが魔物に当たるとそこを炎が走る。
当たった魔物は次々に消滅していく。
「グォン! グォォン!!」
「グォォォン!!!」
「グオオォォォン!!!!」
「ガーガーうるせぇつってんだろうがっ!」
ホムラを走らせ一気に群れの中を走り抜けた。
「おめぇらの相手なんてしてられねぇんだよバーカ」
しかし魔物達は後ろからスピードを上げて
追いかけて来たのだった。
徐々に迫って来ているこの状況から
ホムラのスピードを超える速さで走っている
牛の様な魔物の群れ。
驚く事に群れはさらに増えていた。
「何なんだよあいつら〜!
何か増えやがったぞ」
後ろを振り返りながらそう思ってると前方から
また違う種類の魔物が現れた。
今度は空を飛ぶ巨大な鳥だった。
「げぇ!! 嘘だろ…」
「キシェェェ!!」
「キシェッ!」
「クワァァァァ!!!」
「勘弁してくれよおい…。
ったく仕方ねぇ………やるか。
ん〜っ!!」
ディックはホムラに魔力を送り
再び向かって来ている牛の魔物に方向を変えた。
そして走らせるとしばらくして飛び降りた。
ホムラはディックが飛び降りた直後
真っ赤に燃え盛り巨大な炎と化した。
やがてそれは牛の魔物の群れに激突。
炎と化したホムラは大爆発を起こした。
「あとはあの鳥か…。
フレアボール!!!」
両手を素早く動かして無数にフレアボールを連射して
鳥の群れにぶつけた。
オーバードライヴ中は詠唱が必要ない為
この様に低ランクスペルを連射する事が出来る。
対象が大きいので恰好の的となっていた。
何体か消滅した魔物もいたが残りの魔物が
ディックに一斉に突進して来た。
「うぉぉ〜あっぶねぇ…」
「クァッ!」
「キシェ! キシェェ!!」
鳥の群れは長いくちばしで勢いよく突く。
片翼でも3m程もあるその翼を
バタバタと羽ばたかせながら空から攻撃している。
それを左右後ろにかわしながら
反撃するチャンスを待つディック。
「こんな事してる場合じゃねぇんだよ俺は!」
魔力を込めて手を頭上にかざすと
フォースエッジを精製した。
その大きな刃で巨大な鳥を打ち砕く。
「クェァッ!!」
「そらそらそらぁぁぁ!!」
ディックは空高く跳び上がりながら
フォースエッジを振り抜いて行く。
ディックの剣技で魔物は一撃で消滅する。
そして最後の1体を突き刺すと地面へ投げ飛ばした。
「そぉぉらよぉっ!!」
「ガァ…ク…ァ…ァ」
スッと着地すると同時にフォースエッジをしまう。
ほっと一息入れ、 オーバードライヴを解除するディック。
「グオオォォォン!!」
「グルルァ! グルルォォォン!!!」
「ちっ、 まだくたばってなかったか!」
ディックの瞳に牛の群れがまだ20体以上
映っていた。
軽く深呼吸を済ませると再び
オーバードライヴを発動させた。
「これで最後にしようぜ。
特大の…
ドラゴブレイズでなぁぁ!!!」
ディックがそう叫ぶと勢いよく炎の塊が飛んでいった。
やがてそれはドラゴンの口となり
魔物の群れを全て飲み込んだ。
そして巨大な火柱を上げる。
「グル…ァァァァ!!!」
「グオ…ォォ…ォン」
「今度こそ……やったな」
見事に魔物の群れを一掃したディック。
彼もまたアッシュ同様かなりの
レベルアップを果たした様だ。
「やべぇ…ホムラを壊しちまった…」
−ヴァルファリエンの里−
神殿内部
「(そんな…有り得ん…。
アーディライズする事はおろか
アーディルをコントロールする事も
できなかったあいつが……。
何故…何故……何故だ!!?)」
「うぅぅぅがぁぁぁ……ぁ」
アッシュの叫ぶ声に低い化け物の様な声が混じる。
アッシュは再びあの姿になろうとしていた。
紫のオーラが黒く濁り始める。
「(い、 いや…だ…。
俺をもう……失…いた…くな…い)」
必死に抵抗するアッシュだが黒いオーラは
さらに濃く纏わり付く。
「あ、 当たり前だ馬鹿め!
お前などが操れる力ではないんだよ!!」
「ぐ…ぐぐ…うぅ……ま、 まけ…る
まける…もん…か…」
「あいつがこのままロストしてしまえば
あのアーディルを取り出せる!!
しかも完全になったアーディルをだ!
それが俺のと合わされば凄い事になるぞ…
ふ、 ふ、 ふはははははっ!!!!!」
強大な力を前にしてシグナスの様子が
少しずつ変わっていく。
これが本来の彼なのだろうか。
「(くそっ…意識が…。
また…俺は…また飲み込まれるのか…)」
強烈な眠気に襲われたかの様に視界が狭まっていく。
黒いオーラはアッシュの身体を闇に染めていく。
このままではあの時の化け物になってしまう。
そう思ったアッシュは必死に抵抗する。
だが思いとは裏腹にアッシュの意識は
閉じようとしていた。
「よし、 いいぞ!! そのまま取り込まれろ!!
ふはははは!
お前は所詮クローンなんだよアッシュ!
いや、 造り物だったか
くっくっくっ…あっはっはっは!!!!」
「あ…ぐぅ…く…くく…く…そ」
「くっくっく、 心配するな!
ディウスは俺が片付けてやる」
「(ダ…メだ……また…俺……は…)」
俺…は…。
また……化け…物…
………に………。
アッシュ…。
誰…………だ………?
アッシュ…!
まだ………………俺を
そう………呼…んで……
くれ……る………のか………?
…こ…………こ…ろ…
…………え?
………とつ……に
誰………なんだよ……
…………あんた…
……心を………一つに……。
マーディン……様………?
アッシュ………心を一つに………。
心を…一つに……?
するとアッシュの瞳が少しずつこじ開けられた。
「………ころ…一つ…に」
「………ん? まだ抵抗していたか…。
しぶとい奴め」
「こ、 心を……!!!
………………一つ…に…ぃ…!!!!」
闇に染まった身体の中心から
再び紫の光が現れ始めた。
そしてその光は闇を退けていく。
「う…うう、 うぅぅ…!!」
「な、 なんだと……!?」
うおおぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!
アッシュは全身全霊を込めて力を振り絞った。
黒い闇は吹き飛ばされ強い紫の光の柱が
眩ゆく輝きを放つ。
「くっ!! な、 何が起きた!!!?」
光が収まっていく。
シグナスは目を懲らしてアッシュを見据える。
光の中から足や腕が徐々に姿を現した。
先程までシグナスの笑っていた表情が一気に
凍りついていく。
そしてアッシュの姿が光の中から現れると
シグナスの全身は感じた事のない恐怖で
埋め尽くされた。
「な……な…な…なな…」
「…………はぁ…はぁ……はぁ…はぁ…」
銀色に輝く髪。
背中には白き白鳥の様な翼と
黒きこうもりの様な翼。
腕には鈍く輝く複雑な紋様が浮かび上がっている。
純白の衣を羽織った姿のアッシュが
シグナスの前に立っていた。
紫の光が淡く身体を包んでいる。
「そ、 そそ…んな…馬鹿な。
アーディライズしただと…!?」
「…………」
「お、 おのれ〜!!!
消えろぉぉぉ!!」
シグナスは魔力で作った弾を放った。
アッシュに命中すると大爆発が起きる。
さらにシグナスは素早く連続的に繰り出す。
「ぐおぉぉぉ〜!!!」
シグナスは怯えていた。
何故ならアッシュの身に起こった事は
決して有り得ない事だからだ。
見たくない。
現実を受け入れたくない。
その思いが恐怖として現れる。
シグナスは全力で魔力を放ち。
辺りは爆風と煙りで一杯になる。
「はぁはぁはぁ……」
煙りの中からはアッシュが先程と変わらない姿で
立っていた。 傷一つついていない。
「そ、 そ…ん……な馬鹿な…」
「……あんたの言った通り俺は…
俺は…ただのレプリカだよ」
「……ぜ、 全力でやった…俺の魔光弾を
くらって……無傷だと…!?」
「いくら強く願っても俺は偽物だ」
「……そんな馬鹿な…」
「けどな、 だからと言って
あんたが本物かと言うとそうじゃない。
あんたも俺と同じ…偽物だ」
「お、 俺が…お前と同じだと!?」
「アッシュ・バーナムはもういないんだ…。
こうやって2つになってしまった時からな」
「ま、 まるで全てをわかった様なセリフだな…!」
「あぁ。 全部思い出したよ」
「な、 なんだと…?」
「俺のアーディルには“エディルブレイブ”
が宿っている。
これはエターナルサーガを発動するのに必要な力…
まぁ鍵の様なもの…か。
ディウスはエターナルサーガを発動させる為に
このアーディルを狙ってるんだ」
「(ア、 アーディルが完全なる形に戻った事で
思い出したのか…!?)」
「アーディライズする事ができた今の俺でも
エディルブレイブを発動する事は無理だ。
でもそれも時間の問題だ…。
もうじきコントロールできるまでになる」
「…な、 何だ…何が言いたい…?」
「俺とあんたが戦う理由が無くなったんだよ」
「………」
「だからやめにしないか?」
「ふざけるな!」
「…………」
「俺はな、 お前を消す為にここまで来たんだ!
アーディライズしたからっていい気になるなよ!」
「俺達は戦うべきじゃない。
第一あんたと戦う理由がない」
「理由ならある!!
俺は完全なるアッシュ・バーナムになる為に
お前と戦うんだ!」
「俺を消してもあんたは完全にはなれない…」
「だ、 だまれ…」
「俺を吸収したとしても無理なんだ。
あの時にもうアッシュ・バーナムは消えたんだ…」
「だまれ…だまれだまれ…!!」
「アッシュはもう死んだんだ…」
「だまれって言ってるだろぉぉー!!!」
シグナスが物凄い勢いでアッシュに
襲い掛かってきた。
言葉にならない様な叫びを上げながら
超スピードでアッシュに攻撃を仕掛けていく。
それをかわしながらシグナスに話しかけた。
「あんたは悪い人間じゃない。
ただ真実を求めて、 少し道を外しただけなんだ…
あんたとは戦いたくないんだ…」
「うぉぉぉぉ!!!!!
ギガスパァァァァァーク!!!!」
アッシュの目の前でスペルを放ったシグナス。
彼の身体から無数にエネルギーが飛び散る。
目が眩む程の光を発っしながらアッシュに炸裂した。
凄まじい威力だがアーディライズ今のアッシュには
致命傷は与えられなかった。
「ぐっ…」
「ま、 まともにくらったはずなのに…」
「シグナス、 頼む…」
「くそぉぉぉぉぉ〜!!!」
大きくジャンプして天井をぶち破ったシグナスは
4枚の翼を羽ばたかせ空に止まった。
そして魔力を溜め始める。
「ここ一帯を吹き飛ばしてやる!
お前ごと全部なぁぁ!!!」
「シグナス…どうしても変わらないんだな…」
「この俺が……この俺がアッシュ・バーナムだ!
お前は俺のクローン…ただのレプリカなんだぁ!!」
羽ばたかせていた翼がピンと伸び両手を
アッシュへと向けた。
そして怒鳴るように詠唱を開始する。
「ダミアス・デフォズ・ラァン・ザンダ・
バシルド・ダミレス・ルシス!!」
シグナスの両手に白い輝きが灯った。
その光は宝石の様に美しく光を放つ。
「アギーラ・ラァン・ダミレウス!!
第8天界を司る女神カルフォルレアよぉぉ!!
罪深き者を浄化し給えぇぇ!!!」
「俺はここで死ぬわけにはいかない…。
アドーラ・バシール……」
「消えてなくなれぇぇ!!
ジィィルブレェェェイジング!!!!!」
一瞬フラッシュを起こすとシグナスは
アッシュに向けて放った白く輝く美しい光の線。
詠唱途中のアッシュに降り注ぐ。
「くそ!! 間に合わない!!」
アッシュは詠唱をやめて全魔力をシールドに回した。
そして両手を前に出して受け止めようとしている。
「スーパースペルを受け止めるだと!?
馬鹿な! 俺の全魔力が込もってるんだぞ!?」
そしてシグナスの放つスーパースペルと
アッシュがぶつかった。
その瞬間、 神殿はそんなもの
初めからなかったかの様に消え去った。
「ぐぐぐぐ…ぃ」
「な、 なにぃ!?」
なんとアッシュはスーパースペルを受け止めた。
しかし押し戻す事も弾く事もできない。
ただ受け止めただけの身動きが取れない状況である。
「ぐぐぐ…おお…ぉ」
「くそぉぉぉ!! 何で消えないんだ!!?」
「き……きえ……て……た、 たまる…か…!!」
全魔力で放ったシグナスはためらう事なく
自分の生命力を魔力に変えてスペルに流し込んだ。
「こ…これでどうだぁぁぁ!!!!」
シグナスのスペルの勢いが増して
徐々にアッシュを押していく。
地面が割れ、 足が減り込む。
支える脚の骨が今にも砕けそうな勢いだった。
「あ…あぐ……ぐぐ…」
「な、 何故だ…どうして堪えられる!!?」
シグナスは再び生命力を魔力に転換して放った。
「ただのレプリカごときがぁぁぁ!!」
さらに威力が増したシグナスのスペル。
だがアッシュは片膝をついてまでも
まだなんとか堪えていた。
「何故だ!? 何で消えないんだぁぁぁ!!?」
「ぐ…うぐぐ…。
(だめだ…ここまで…か…。
…ぐ……頑張ってみたけど
もう……限界みたい…だ……)」
「ギガドラァァァァイヴ!!!!」
「……!!!?」
突然、 叫び声と共に黄金の輝きが現れた。
「へへ、 迎えに来たぜ!!」
「ディ、 ディック!!」