episode 34 利用される者
−機械都市イフリナ−
イマジンルーム
アッシュとディックがこの地に来て2日目を迎えた。
作戦実行を明後日に控えた2人は
今日も厳しい修業を行っていた。
2人がイマジンルームに入ってから4時間が経った。
「…ぜぇ…ぜぇ…よ、 よ〜し
今日は…もういいだろ…」
「…ふぅ」
「そ、 それにして…もおめぇの…はぁはぁ
スタミナは底無しかー?
魔力調整されてるってぇの…にまだ魔力も
残ってるしよ…」
「アーディルが俺の中で宿ってから
本当、 ここんとこ調子いいな」
「ま、 まったくどうなってんだよ〜
ヴァルファリエンってやつは…はぁ…はぁ」
修業を終えた2人はそのまま隣にある
シャワールームへと向かう。
1つ1つが6畳程の広さの個室になっており
部屋の中心まで進むと自動的にシャワーが
出る仕組みになっている。
温度調整その他は全て利用者のコンディションで
決まり、 自動的に調整される。
それぞれシャワールームに入るとシャワーの音と
湯煙が部屋全体に広がった。
天井から出て来るシャワーに打たれながら
ディックが少しの沈黙をおいて話かける。
「なぁ……アッシュ」
「……ん」
「全ての戦いが終わったら…
なんかやりたい事とかあんのか?」
「そうだな…俺はもっと世界が見てみたいな。
クラスCになってもあんまり遠出ってなかったから」
「そっか…立て続けに色んな事があって
ディルウィンクエイスから離れた事なかったな」
「そういう意味じゃこの世界に来てよかったかな」
「(あんなにはしゃいでたのは…そういう事か)」
シャワーは2人の汗や汚れを感知し
洗浄モードに切り替わる。
その間も2人の会話は途切れない。
「ジェノやリルティどうしてるかな…」
「そういやぁティナはまだあの湖にいんのか?
さすがにあれから2日だしな…引き返してるか…」
「みんな…元気かな…」
「あっちに帰ったらみんな喜ぶぞ〜!
アッシュは元に戻ったし、 しかもさらに
強くなったってなりゃぁな!!」
「うん……そうだったら…いいな…」
「…なんだよ…みんなおめぇの帰りを待ってんだぞ?」
「だって俺……みんなを…マーディン様を
傷つけたんだろ……?」
「……………」
シャワーは洗浄モードから最後の仕上げに切り替わる。
部屋の四方八方から温風が緩やかに流れ出した。
「もしかしたらまた同じ様に
化け物に変わるかもしれない…。
やっぱり俺…」
「だったら俺もあそこには帰れねぇよ…」
「……なんでだよ」
「……俺は…自分のこの手で仲間を…
弟を…殺した事があんだよ……」
「…え?」
「だからおめぇが帰れねぇんだったら
俺もそうだ……」
温風は止まりアラームがなる。
しかし2人の会話はまだ続く。
「マーディン様はこんな人殺しの
俺なんかに優しく微笑んでくれたんだ…
そんなに自分を責めなくていいってな」
「………」
「……忘れんなアッシュ。
起こした自分の過ちは例え理由があっても
忘れちゃいけねぇんだ。
元に戻す事ができねぇ分、 俺達は心ん中に
ずっと残しとかねぇとダメなんだ。
俺は…そうしてきた」
「ディック…」
「過ぎた過去の事はもうどうやっても戻らねぇ…
大事なのは【今】なんだアッシュ。
今おめぇが出来る事ってのは…
ディルウィンクエイスから離れる事か?」
「それ…は…」
「おめぇにはまだやらなきゃなんねぇ事があんだろ?
俺はディルウィンクエイスに戻る。
こんな俺でも必要とされてる限り俺はこの力を
ディルウィンクエイスの為に使う」
「………」
ディックはシャワールームから出ると
アッシュが入っている部屋の前を通り過ぎながら
言葉をかけた。
「腹減ったからメシ食いに行く。
おめぇも来いよ」
「あ、 あぁ…」
アッシュも新しい服に着替えると
シャワールームを後にする。
自動ドアが左右に音もなく開く。
「大事なのは今……か」
思いに耽ながらアッシュも食堂へと歩いて行った。
−食堂−
「アッシュおっせ〜よ、 何ちんたらやってんだ
ほら、 早く食えよ」
「あぁ…腹減った〜。
ん? …なんだよこの丸いの…」
ディックが注文した物の中にリンゴの様に赤く
そしてぶにょぶにょとした質感の丸い物体が
小皿に5固程持ってあった。
手で掴みディックに見せる。
「確か…【オニマ】って言う鳥の卵だってよ。
食ってみろよ、 結構うめぇぞ」
掴んだそのオニマの卵を少し警戒しながら
口へと近付けるアッシュ。
少しだけかじってみる事にした。
しかしそれだけでは味も食感も把握できなかった
アッシュは思い切って1個まるごと口に入れた。
始めは特に何もなくただ甘みのある食べ物だと
感じたアッシュだが次第に酸味が滲み出し
表情がみるからに苦い顔に変わった。
余りの味に途中で口から出してしまった。
「…うぇぇぇ〜っ!! すっぺぇ!!」
「あっはっはっはっは、 やっぱすっぺーか!」
「ディック…俺で試したんだろ…」
「まだまだ警戒心が足んねぇぞアッシュ。
で、 どうだ? うめぇのか?」
「見ればわかるだろー」
アッシュは自分が食べかけたオニマの卵を
皿に戻そうとするとディックがそれを止める。
「おま、 おい! それ最後まで食えよ!
口に入れたら食う、 これは常識だぞアッシュ」
「ディック……ものすげーんだってこれ…」
「ダメだダメだ、 ちゃんと食ーえ」
フォークで刺した肉でアッシュに合図を出すと
その肉を口に入れた。
彼の美味しそうに食べる姿を見て溜め息を
一息漏らすと仕方なしにさっきの卵を
口元まで持って来る。
「食べてすぐに飲み込めばいいんだ。
食べてすぐ飲み込めば…」
そして目を粒って勢いよく口にほうり込んだ。
「…………ん…?」
「なんだ、 どした?」
「う…まい……うまいぞこれっ!!」
「すっぱくねぇのか?」
「うん、 さっきと全然味が違う!!
ディック食ってみろよ!!」
「い、 いや…俺は…いいわ」
「じゃあ俺が全部食べていいかー?」
「ま、 マジかおめぇ…
さっきあんなに辛そうにしてたのに…」
「んまい…んまい♪♪」
「余りの酸っぱさに舌が麻痺してんだな…」
30分後…。
「ぐふぅ…もー食えね」
「あーうまかったぁ」
「アッシュ、 俺ちょっとフィルに
呼ばれてるから先に部屋戻ってていいぜ」
「フィルに?」
「明後日だろ? おめぇもシグナスと
試練受けなきゃなんねーんだから
そろそろ準備ぐらいしとけよ?」
「あぁそうだな」
「んじゃ後でな」
ディックは軽く挨拶を済ませると食堂から出て行った。
そしてアッシュも食堂を出て部屋へ戻る為
廊下へと向かう。
深海にまで達する程深い地下にある
シグナス達の隠れ家。 この廊下はぐるっと
一周でき、 同じ場所へと戻る事から
繋がっているようだ
その廊下に面して部屋が作られてある。
アッシュがいまいる場所は【エリア1】で
この隠れ家の中の最も高い場所で出口もこのエリアだ。
その他にも食堂、 訓練所、 医療施設などもある。
しばらく廊下を歩いていると一カ所だけ窪んだ
場所があり、 他とは違う床があるが
これは一種のワープ装置でさらに下へと降りて行ける。
階段などはなく下に降りるにはこのワープ装置を
利用するしか手段はないようだ。
アッシュはその床に向かいエリアを選択する。
彼の部屋はエリア2なのだが何故かエリア3という
プレートに指を滑らせた。
光に包まれると一瞬でエリア3へ。
構造はどのエリアも同じ造りになっている。
その廊下を少し歩くアッシュ。
一部屋ずつ確かめる様に部屋を確認していく。
そしてある部屋の前で足が止まった。
「ここが…レリスの部屋か…」
部屋のドアは全てオートドア、 つまり前に立つと自動的に開くのだがプライベートルームは
その者が外出するとロックがかかる仕組みと
なっていて解除するのもその部屋の利用者のみ。
ドアの前に立ってるアッシュだが当然開く事はない。
レリスは外出しているようだ。
ドアは利用者の気分で透明にする事もでき
レリスの部屋のドアは透明で部屋の一部が見える。
そこから中の様子を探るアッシュなのだが…
「あたしに何か用?」
「うわっ!!
え、 あ、 あ、 あ〜と…その…
い、 い、 いるのかな〜って!! はは…」
「この時間いつもあたしはお昼食べてるよ?
確かアッシュ達もいたよね?」
「あ、 ひ、 人がいっぱいいたから
レ、 レリスもいたんだな」
「それで? どうしたの?
何か話たい事でもあるの?」
「あ、 え〜っと…話したい事は……
べ、 別に…な、 なにも…」
「ふうん…とりあえず中入る?」
何の考えも無しにレリスの部屋に入った。
そして適当にソファーに腰を下ろしたアッシュ。
彼女の顔さえもまともに見る事ができないアッシュ。
とりあえず壁に掛けてある絵に目をやる。
もちろんそんな物になど興味は無い。
しかし気配で隣のソファーに座るレリスを見る。
「(な、 なにやってるんだ…。
なんだ、 どうなったんだ俺……
こんなの初めてだ…)」
「考え事?」
レリスはアッシュの挙動不振な態度に
優しく投げかける。
栗色のストレートなロングヘアーは
彼女が目線を変えるだけでも軽く揺れる。
アッシュは彼女の視線をそらすかの様に頭をかいて
返事を返した。
明らかにいつものアッシュではない。
「かかか考え事って言うか…
あ、 あんたが、 な、 な何度も
夢に出て来たりしたから気になって…あはは…」
「そっか、 アッシュ…じゃなかった
シグナスの記憶であたしを見たんだ」
「あ、 あぁ。 結構出て来たからな、 あんた」
「ごめんねアッシュ…
あの時はああするしかなかったんだ…」
「あ、 い、 い、 いやそういう意味で
言ったんじゃなくて…そ、 そその…」
「うん?」
レリスのふわっとした柔らかな表情が
アッシュの鼓動を急激に早める。
白い肌にはしっとりとした光が落ち
触れてみたくなる衝動にかられ
黒目の奥まではっきりと見える、 くりっとした
大きな瞳は見ていると吸い込まれそうになる
。
そして穏やかにゆっくりと話す彼女の声は
息と絶妙なバランスで混ざっていて心地よく
いつまでも聞いていたくなる程透き通っている。
そのどれにアッシュが心を奪われても
不思議ではない。
「あ、 おおお俺、 部屋戻るわ!!
レ、 レリスもこの後いろいろあるだろうから」
「この後? う〜ん2時間くらい空いてるけど?」
「え? あ! そそうだ!! お、 俺、
ディックにちょっと頼まれてたんだったーあはは…」
そうやって笑ってごまかしながら部屋の外へと向かう。
足が覚束なくソファーの角に足を引っ掛け
前のめりに転んだ。
「い!? っって…ぇ……」
「ちょっとだいじょうぶ!?」
「あ、 あはは…、 じゃ、 まままたな〜!!」
「え、 うん…」
アッシュは少し駆け足で部屋から出た。
その後ろ姿を不思議そうに眺めていたレリスだったが
ゆっくりと優しい笑顔に変わっていった。
部屋に着くとベッドに倒れ込んだ。
自分でも気持ちが悪い程の変化に苛立っていた。
人は夢で異性を見ると何故か意識してしまう事がある
アッシュにも同じ現象が起こっているのだろうか。
「(なんなんだこの気持ち…
緊張してるのか…? いや緊張とは違う…
なんでだ…なんでレリスなんだ…)」
翌朝…。
アッシュとディックは今日もイマジンルームで
修業を行っていた。
作戦実行は明日、 2人きりで修業するのも
今日が最後となった。
オーバードライヴした2人が激しくぶつかり合う。
炎の様に噴き出している赤い魔力が
飛行機雲の様に2人の後を追う。
「ランブレイズ!!」
「何度言やぁわかんだー火属性は得意だっつっただろ」
アッシュのランブレイズを片手で弾くと
スピードを上げて突進して行った。
そのまま超スピードをのせたとびひざ蹴りを
繰り出しアッシュの顔面に命中させる。
「ぐ、 くそ〜」
「……?」
「だぁ! はぁ!!」
アッシュの攻撃を避けすかさず背後に回り
両手を大きく振り下ろしてアッシュを吹っ飛ばす。
「うりゃぁ!」
「ぐあっ!!」
しかし吹き飛ばされたアッシュはすぐに
地面に手をついて受け身を取ると着地した。
そんなアッシュを目で追っていたディックは
何故かいきなりオーバードライヴを解いた。
「…!? ディック何してんだよー!
早くオーバードライヴしろよー!!」
「アッシュー! おめぇ何か悩んでんだろー?」
話ながらアッシュへと歩き出すディック。
「全然戦いに集中できてねぇじゃねぇか
さっきのも簡単にかわせる攻撃だ」
「…………」
「悩んでんだったら言えよ。
1人で悩んでても解決できねぇ事もあるんだぜ?」
「あ、 うん…実は」
「…話す前に術解けよ」
オーバードライヴを解いて座り込むと
アッシュは昨日のレリスについて語り始めた。
溜め息混じりに言葉を伝える。
「ほらみろーやっぱ一目惚れしてんじゃねぇか」
「そ、 そんなんじゃないんだよ。
何か心の奥がこう…ギュッと
締め付けられてるみたいで…なんか変なんだよな…
はぁ…」
「ばーかそれが一目惚れっつーの。
まぁ…確かに変だ…いつものおめぇじゃねぇな」
「なんでレリスなんだろ…
レリスの時だけ…なんでなんだ…?」
「ん? ちょっと待てよ………。
おめぇがそうなるっつう事は
シグナスもレリスの事を…」
「シグナス?」
「あ! い、 いやっはっはっはっは…
そ、 それにしてもおめぇこんな大事な時に
なに恋してやがんだー! ったくよ〜」
「あぁ…そうだよな…でも恋なのかこれ…
ちょっと違う感じがするんだけどな…」
「恋愛は別に自由だけどよ、 今はまずいだろ〜。
今は力をつける事に集中しねぇと」
「あぁ、 わかってる………」
一方その頃…。
シグナス達は明日についてのミーティングを
行っていた。
彼等がいるのはエリア5。
シグナス、 レリス、 ゼア
フィルにレジェアのこの5人以外は
入れない場所になっていた。
そのエリアにある部屋に5人が集まって話をしていた。
「明日、 俺は試練を受ける為あいつと 里へ行く。
その間のここの指揮はレリス、 お前に任せる」
「うん、 わかった」
「ゼア、 頼んでおいた物はどうだ?
順調に進んでるのか?」
「おう。 まだ安定はしてねぇがな。
だがこのままいけば数日で完成するぜ」
「フィル、 レジェア敵の状況はどうだ?」
「予定通り3ヶ月後にやって来る事は
ほぼ確定です。 ただ気になる事が…」
「うん…6大魔導は今ガルが死んで
5人、 ディウスは向こうにいるから
今4人のはずなのにこっち向かって来てるのは
たったの2人だけなんだ」
「その他に無数のエネルギー反応も捉えました。
魔力から恐らく兵士クラスのようですね。
数は2000…いやもっといるかも知れません」
「に、 2000だと!?」
「あいつら、 俺達だけじゃなく
イフリナまるごと狙って来るみてぇだな!」
「6大魔導が2人というのが気になる…
フィル、 レジェア引き続き頼む。
俺からは以上だ。 何も無ければこれでか…」
「アッシュ……」
「…なんだレリス。
それに……今はシグナスだ」
「ごめん…。 やっぱり里に行くの?」
「………あぁ。 こうなる運命だったんだレリス」
「でも……」
「今の俺のアーディルとあいつのアーディル
2つ合わされば今の5倍、 いや…
10倍以上の力を手にする事ができる。
さらに【エディルブレイブ】までも発動可能となる」
「でも………でも……」
「その為にはあいつと試練を受け、
【転身の秘術】を身につけなければならない
レリス、 あいつは……クローンだ。
元々は意思や感情などなかったただの入れ物だ」
「でも…今は違うじゃない!」
「俺も何故あいつに心が芽生えたのかは知らん…
だがなレリス、 あいつは人間じゃない。
俺の複製…
ただの…
人形なんだ…」
「何で……。
何でそんな冷たい事が言えるのっ!?
昔のアッシュはそんなんじゃなかった!!」
「……レリス、 俺は昔も今も俺のままだ。
何も変わっていない」
「ううん変わったよ!!
昔のアッシュはそんな冷たい目はしてなかった…」
「はぁ…レリスいい加減にしろよ。
お前が止めても俺は明日里へ向かい試練を受ける。
あいつはそこで俺の一部となる。
この事はあの時からお前も知ってるだろ?
みんな納得した上であいつを造ったんだ」
「造っ…たって…あたし達と何も変わらないじゃない!
アッシュは…恥ずかしそうに笑ってた…。
昔のアッシュみたいに優しい笑顔だった…
彼は……アッシュは人形なんかじゃない…」
「それが事実だ。 あいつは人形だ」
「あんたの方が…よっぽど人形だよ!!!」
レリスは泣き叫ぶようにして部屋を出て行った。
その一部始終を見ていた3人はただ言葉を失ったまま
その光景を見届けていたのだった…。