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東方夜想起

人も妖怪も寝静まる深夜、少女は広い丘の一端に胡坐をかいて座って月を見ていた。

その少女の傍らでは火がゆらゆらと燃えている。

「今日は綺麗な満月だな」

少女は誰に聞こえるでもなく呟き、徳利に入ってる酒を少し盃へと出し、飲む。

一息ついたところで、背後から

「おーい妹紅、遅れてごめん」

と、声が聞こえた。

妹紅と呼ばれた少女は振り返る事無く、声の主に話しかけた。

「おう、輝夜。私も今来た所だ。気にするな」

そっか、ありがとうと輝夜と呼ばれた少女が答え、妹紅の隣へと座った。

「ねぇ妹紅、今夜も綺麗な満月ね」

輝夜は妹紅から受け取った杯で酒を飲みながら、呟いた。

妹紅は「あぁ…」と軽く返事をし、眼を瞑った。



初めて出会ったのは、私がまだ不老不死ではない時だった。

いや、見かけただけと言った方が正しいのかもしれない。

私はある貴族の後妻の娘として生まれた。

だが、「望まれない子」として周りから忌み嫌われてもいた。

だが、私は嘆いた事はなかった。

『父に認めてもらいたい』

その一心だけで、毎日頑張って生きたから。


そんなある日、父がある女性に求婚した。

その時の謁見の際、父が求婚した女性を一目見るためにこっそりと付いていった事がある。

物陰からこっそり覗いた時、とても綺麗な女性が目に飛び込んできた。

それが、輝夜だと知ったのはもう暫く後の事だが。


父が輝夜へ求婚してから暫く経ったある日、父が怒っているのを見た。

どうやら輝夜に恥をかかされたらしい。

その時私は、父に恥をかかせたあの女に嫌がらせをすることで、認めてもらえるのではないかと考えた。

今にして思えば、子供らしかったと思う。

輝夜が帝と、竹取の翁へと送った蓬莱の薬を強奪する、という計画はあまりにも無謀で愚かだった。

だが、計画が偶然にも上手くいきすぎた。

そして、私は同時に不老不死になった。

父からは認められることは、無かった。


不老不死となって最初の300年間は、身を隠さないと自分にも周りにも迷惑をかけるという境遇を改めて知った。やはり全く年を取らず、姿も変わらないというのは人々にとって奇妙なのだろう。

600年後、妖怪を見つけると、どんなものであろうと無差別に退治することで自己を保つ日々を過ごした。

私は自分自身と、世界を恨んだ。

900年後、あまりにも妖怪を退治しすぎて無気力になった。活動すること自体が億劫に思えた。

1200年後、私は幻想郷に辿り着いた。その時に、輝夜が自分と同じ不滅の身になっていた事を知った。

不老不死となって1300年後、念願の輝夜を私は見つけることができた。

その時の私が何を思い、輝夜に向かって何を言っていたのかは、もう覚えてはいない。


殺そうと思った。

でも、殺すことはできなかった。

不老不死という自分と同じ境遇の彼女に憐憫の情を抱いたからか、長い年月を経て、恨みなど思うのが馬鹿馬鹿しくなったのか、理由は良くわからなかった。

その時、不意に私の中の何かが切れて、泣き出してしまった。

そんな私を、輝夜は何も言わず、抱きしめてくれた。


今となってはもう、憎んでいた原因くらいしか昔を思い出せない。

あれだけ認めてもらいたいと思っていた人の顔を思い出すことができない。

それほどまでに私は長い時間を生きすぎたんだ。

でも、私の隣にいる輝夜はもっと長く生きている。

私が不老不死になってからの1300年間を遥かに越える程に生きている。何千何万・・・ひょっとしたら、億さえも越えてるかもしれない。

従者が居ると言っても、そんなに途方もない時間を生きたら普通は発狂してしまうだろう。

…何他人事のように言ってるんだろう。

私もそうなるじゃないか。



「妹紅?どうしたの?」

眼を開くと、輝夜が心配そうに顔を覗きこんでいた。

「ちょっと昔を思い出していただけだ」

「そう、良かった・・・寝てしまったのかと思ったわ」

輝夜は再び満月の方を向き、笑顔で言う。

「貴方と過ごすこの時が、私の一番の楽しみだもの。寝ちゃったらつまらないわ」

…ああ。いつまでもこんな時間が続けばいいな。

「なあ輝夜」

「なに?」

「不老不死でいてくれてありがとう」

「…貴方もありがとう、妹紅」

今夜は、いつもより満月が綺麗に見えた。

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