簡単な、話
これは簡単な話。
木漏れ日が差す窓。
目の前の桜がこちらに舞い降りようとした。中学二年のそんな頃、私は、初めて恋をした。
初恋とは不思議なもので、ものすごくドキドキして顔も見れない。まともに話すことさえ叶わないのだ。
みんなは違うかもしれない。でも、私は、そうだった。
「辻さん、はい、プリント」
前の彼が授業中のプリントを回す。
私は、まともに顔も、手元さえ確認したかあやふやなまま、プリントを手に取った。
そういえば、ありがとう、すら言えてなかったのに後になって気付く。
――話せるチャンスだったのに……。
私は一人落ち込んで、プリントを眺めた。
来週ある、定期試験と英単語テストについてだった。
彼はしっかり先生に視線を向け、私は気付かれぬ ことを祈りながら彼の高い背中に視線を向けていた。
彼はすぐ近くにいるのに、こんなに遠い。
たまに話しかけてくれるのに、反応すらままならない。
そんな私に軽く失望。
そのうち、彼の背中が動いた。どうやら話終わったらしい。
昼休みだ。彼は――やっぱりバスケに行った。
私はその背中を見届けてから、春からの親友・高梨立夏の元へ向かった。
「それで、辻叶絵は、どうだ、意志疎通の契約は完了したか?」
「とりあえず、それは会話にならないから、ドッチボールじゃなくてキャッチボールね」
あと、なんでやや中二病なってるんだろ?
「それはともかく、」
うわー、相談する気、失せるー。
「我が鮮血の蓮華の仲間を見つけた 。名は暗き舞」
「それ、もしかして、暗き舞じゃなくて、クラスメイトの倉木真依さんのことをいってるの?」
「……バレたか」
ギャグ、だったのだろうか。
そのまま彼女は弁当に目線を下ろす。
親友、と言っても、私以外に相手にする人がいなさそうだから、なんとなく仲良くしてるんだけど、面白い娘なんだけど、なんというか、話題がない。半ば仕方なしに、テストの話題を振ることにした。
「立夏はどう、試験?」
「余裕」
「……ホントに?」
「で失策」
「立夏……仲間だ」
私も自信なら、ない。まあ、それなりにはしてるけど。
「あ、でも、呪文の試験は大丈夫」
「中二って、英語使うの多いからね」
「あと国語も」
「文系か。数学と かは?」「術式の構築なら得意」
「公式は出せるってこと?」
「そう」
「演算は、」
「干渉不可領域」
「数字入れるだけでしょうが」
こりゃ、理系は全滅しそうだな……。まあ、私も英単語ヤバイから人のこと言えないか……。
「しかして、辻叶絵よ、速急な匣処理を要求する」
「え、早く食べろって?なにかするの?」
「数魔術の指揮を要求する」
「もはや依頼でもないのね」
そんなこんなで互いに数学と世界史を少しして、昼休みは終えたのだった。
は、いいが、
定期試験一日目。
彼女は女子特有のあれで休んだ。中二病を使い最強とかを名乗る人も、さすがに堪えきらなかったらしい。
まさに呪文のような(ってかなにを意味するのかさっぱりわからないが)メルアド からそんな文言が届いたのであった。
で、私はというと、しっかり試験をこなし、平均レベルであった。
立夏は成績が出ず。
で、彼は、
「は、は、18位?!!」
いや、この軽い叫びはなんとか立夏くらいにしか聞こえなかったから良かった。なんかバレなくて良かった。
ってゆうか、なんで学年で18位とか?!
ちなみに、うちの学年、総勢170人前後らしい。
あ、ちなみに、50番以内は表にして貼られるので、そこからの情報である。
ってゆうか、……ヤバイ。あの人、そんな頭いいの?!!
これは、頑張らねば。
そう思った。英単語試験の前日に。
そこからは記すほど、記せるほども記憶がない。
なんせ、完全に無我夢中で英単語を書いて書いて書きまくったのだから。
とにかく 、書いた。
ガンガン、ガンガン、ガンガン、ガンガン……
書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて書いて…
ただそれだけだった。
私は、好きな人に追い付こうと必死だった。
モノローグをつけるなら、こんな陳腐なのしかない。
とにかくそれで、私は初めて、英単語試験を合格した。
呆然としていた。誰より私が。
恋の力、すごいなぁ、と思った時だった。
アングリと呆けていた私の真横に彼が来た。
「すんげぇな、辻さん」
硬直した私は無理やりネジを巻いて、気づいた。
あ、きっかけできたかな?って。
「う、うん。ありが、とう」
ニカッとした笑顔を彼は向けてくれた。
私は英単語を書き なぐった時以上の必死さで口を開き――
そんな、簡単な乙女の話。