出口なんて、どこにあるの
衝動的に、髪を切った。
《わたし》でなければいいのに。そう思って、無理やり髪を掴んで、引きずって、ハサミで蹂躙する。
《わたし》は、何も言わなかった。
されるがまま、「かわいくしてね」なんて言ってきて。
顔を殴りつけようとして、目を抉ろうとして、そうして向けた殺意に対しては逃げるくせに。
「どうして」と、幾度ぶつけたかわからない言葉を吐くと、「死にたくないから」としか言わない。
変われない問いに変わらない答え。
あらがっても、あらがっても、
――出口なんて、どこにあるの?
「あっ、月乃ちゃん、髪切ったの?」
珍しく話しかけられて、《わたし》は喜ぶ。
「うん。でもさぁ、少し短すぎたかなぁ」
「ベリーショートっていいと思うよ」
昨日の放課後、髪を切り刻むのに疲れた私を置いて、《わたし》は美容院に行ってととのってもらっていた。
帰ってきた姿を見て、絶望と諦めが同時に浮かんだ。
《わたし》は私だった。
何をしても変わることはないのだと、いつも通りの吐き気に思い知らされた。
トモダチの問いに、《わたし》は答える。
「そう? 似合う?」
「かっこいい、かっこいい」
「え~、本当?」
珍しく会話がスムーズに進んでいた。
チャンス……なのだろうか。今、会話に入るべきなのだろうか。
普通に、自然に、なにげなく、誰もがしてる羨ましいたわいもない会話を私もできるのではないだろうか。
不自然でないように、小さく息を吐く。
頭の中でシミュレートする。
出だしの言葉を頭で根って、タイミングを待つ。
今か、と思い口を開こうとすると、笑い声に遮られた。
振り絞ろうとした声は、喉の奥に沈んでいく。
会話だけが耳に入ってきて頭蓋を揺らす。逸る心臓に、前のめりになりそうになって堪える。
手のひらに感じる汗が、私を責め立てる。
「あっ、あの……」
「日奈は、似合わないって言うんだよ~」
「えぇ~、そうかな? 月乃ちゃんかっこいいと思うよ」
突然話題を振られて、さっきまで出かけていた言葉が引っ込む。そのかわりに、頭の中に浮かんだワードが勝手に口から飛び出した。
「だ、だって、男っぽいし。丸い顔がむき出しだから」
「むき出しって、なんかそれ酷いよ、日菜」
「うるさい」
私が苛だちをあらわに《わたし》を見るのを見て、その子は笑った。
笑ってくれた。
「いやいや、ボーイッシュも捨てたもんじゃないよ、日奈ちゃん」
「そ、そうなの?」
緊張して裏返った声、自分が発した音に耳を塞いで逃げ出したくなったけど、その子は笑っていた。「そうだよ」って、言って話してくれる。
《わたし》も混じって会話は何事もなく続いていった。
チャイムが鳴って、強制終了されてしまうまで途切れることはなかった。久しぶりに誰かとスムーズに会話できたことに、感動のようなものさえ覚える。
どうして?
浮かんできた同じ問いに、違う感情を抱いた。
やっと、普通の子に近づけたのかな。
《わたし》と私が分離して始まった学校生活に、突然訪れた今までと違う出来事。
会話に加わりたいけど、もう、怖くてできなかったのに。
《わたし》のおかげとは言わない。でも、あの時に自然と話を振られたのにはすごく助かった。
「日奈、どうしたの? 何か楽しそうだね」
《わたし》が私の顔を覗き込むようにしてきたので、思い切り顔をしかめ目を逸らす。
「うるさい……」
「《わたし》には、本当に冷たいねぇ」
ゴキゲンそうだな。
苛々する。
《わたし》が何かするのではないかと怖くて、離れることができないから、まるで仲良し姉妹のように一緒に下校する羽目になっている。
もとより誰かを誘うなんてことはできないから、一人の下校は当然だったのに、二人になってしまったせいで煩わしいものになった。
隣できゃはきゃは騒いで、能天気に笑って、何の悩みもなさそうに、全部《わたし》が悪いのにそれを悔いる様子も全くない。
そう、私は《わたし》が嫌いだ。
でも、今日みたいに、うまく制御することができたなら…………
こんな私にも普通のように友達と会話したり、遊んだり、できるのだろうか。
《偽りの二人》の登下校ではなく、誰かと一緒に笑うことができるのだろうか。
「日奈…………、何考えているの?」
知っているくせに、《わたし》は楽しそうに笑った。
私の決意を、希望を、願いを、嗤っていたんだ。
どうなるか、なんて、わかりきっていたから。
私は、それでも縋りたかったのに――――
久しぶりです!
遅くなってすみません(汗
実は次話からもうクライマックスです。
本当に短い話でしたw
ここからは時間を空けず、ポンポン投稿していきたいと思うので、よろしくお願いします!