全部……が悪い
始まりはいつだったんだろう。
最初からそうだったと言われれば、救いがない。
でも、そうとしか思えないところが――わたしの救いようのなさだった。
気が付いたのは中学校に上がる間際、トモダチと普通におしゃべりしていた時だ。
何てことはない会話だったはず。笑って、茶化したり……だけど、
そのテンポから自分がずれていることに気が付いた。
いつの間にか遅れていて、慌てて急がそうとすると逆に置いて行ってしまう。それと同時に感じる、妙に寒々しい視線。
気のせいかもしれないと考えた。でも一度気づいてしまった日から、どんどんずれに対する違和感は大きくなっていった。
どうして?
考えれば考えるほど、
トモダチが何を話しているのか、どうしてその場面で笑うのか、どんな話題を持ち出せばいいのか、当然のようにしていたことすらわからなくなっていく。
「《わたし》がおかしくなったと思ったよね」
「そう。私がおかしくなったんだと思って、治そうとした」
誰かに相談できることではなかった。言葉で説明できるようなものではなく、自分なりに必死で治そうと誰かとの会話を続けた。
話しながら頭で考えて、選んで選んでその末に言葉を吐く。
でも会話はキャッチボールのようなものだ。受けた瞬間にすぐに返さなければ成立しない。
一対一なら相手は合わせてくれたが、多人数になると途端に口数が少なくなってしまった。
もどかしくて、ついていこうとするのにどんどんおいて行かれてしまう。
自分なんかいなくても会話は続いて、むしろ加わろうと口をはさむと話の腰を折ってしまったり、提供した話題が詰まらなかったのか場を白けさせてしまうコトが続いた。
「それでも、がんばったよね」
「だって……おかしくなったと思っていたから…………!」
『日菜ちゃんって、《空気》読めないよね。前から思ってたけどさ』
聞き覚えのある声に、背筋が凍った。
トイレの小部屋の中、耳に飛び込んできた言葉に身をすくませた。
前から……
いつから?
『そういう子だって前々から知ってるけどさ、最近特にうざいじゃん。しつこいし』
『確かに。ああいう子って、周りなんか見えてないんでしょ。自分のことばっか言って、アピールして、構ってちゃんって感じ。自己中心的で……あたし、あのタイプ苦手』
『そうそう。《空気》読めないとか、ありえないよね』
会話が遠ざかっていく。
狭い狭い世界の中、取り残された。
扉に手を当てたまま動けない。歯の根が合わなくって、思考もおぼつかない。
彼女たちの言葉を、ぐるぐるとまわる思考の中必死になって反芻する。
やっとすべてを飲み込めたとき、目の前が、真っ暗に、
――――ごめんなさい。
鈍い音がした。
痛い。
でも、こんなんじゃ足りない。
『あぁ……ああっ、あっ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
反射的に誰かに聞かれるのを恐れたのか、自分の口から音は漏れなかった。
ただ口を大きく開き、心の中で絶叫した。
トイレのドアに頭を打ち付ける、何度も何度も何度も。
放課後だったのが幸いで、誰も来ない。涙がボロボロ落ちてきて、顔をぐしゃぐしゃに濡らした。自分の身体を打ちのめした。でも足りない、こんなんじゃあ、
何度も、何度も、何度も、懺悔して
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
みんなにそこまで嫌われているとは知らなかった。
迷惑かけているなんて、思いもしてなかった。
私が悪かった。全部悪かった。
おかしくなったんじゃない、おかしいんだ、わたしは。
それなのに、わたしはおかしくなったのだと勘違いして、みんなをもっともっと不快な気分にさせて。
そして、そしてそして! わたしに向けられていた笑顔も、合わせてくれていた会話も、すべて優しさだったんだ。
わたしが変な子だから、
《空気》読めないから、
気遣ってくれていたんだ。
そりゃあ、ずれるよ。
《わたし》が、おかしいんだもの。
もし、私が一方的にいじめられているのだったら、こうはならなかった。私は被害者として、可哀想な子をしていられた。
でも、悪いのは《わたし》じゃないか。
みんなは、そんな《わたし》に優しくしてくれていただけ。
謝りたい。土下座して、懺悔して、ごめんなさいと叫びたい。
でも、そんなことしても迷惑だ。それくらいだったら、《空気》を読めるよ。
謝罪なんて無意味。
《わたし》が変わらない限り、そんなことしても自己満足だ。
変わらなきゃ。
そう決めた。止まらない涙の中、ごめんなさいと呟きながら、誓った。
いい子になる。
せめて、普通の子に。
なりたい。
「でも、寂しかったんだもん」
《わたし》は笑う。
「会話に入ったら、みんなの輪を乱しちゃう。でも、一人は寂しい。だから《わたし》は躊躇わないよ」
「どうして!!」
狭いトイレの個室。
あの日を想起させる場所。
私は《わたし》を壁に打ち付ける。
「あんな眼で見られて、いいの? 困らせて……」
「《わたし》は構わないよ」
ふてぶてしく返してくる。
私の苦悩も決意も何もかも無視して。
「変わりたいのに……」
あれからもう二年が経とうというのに、進めないのは、変われないのは、
「全部、《わたし》のせいだ……っ!」
「そうかもね」
《わたし》は笑う。わかっているくせに、私のことなのに、
何も変わらず、自分勝手に笑っている。
私 《わたし》 わたし で、混沌としてました。
一応チェックしたので間違えてはいない……はず!
小学校高学年って、自分だけじゃなくて他者にも意識を向ける時期だと思います(あくまで私説)。
今まで自分中心の世界だったのが、他者からの評価も加わってくる。
その過程で自分が思い描いていた《自分》像と、他者からみた《自分》に大きなずれがあったら……
これは、《夢》の世界を壊された少女の話です。