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なんで、もっと……

 同じように登校している学生たちと合流すると、私はその場から走って逃げ出したくなる。

でも、そんなことをするのは不審すぎる。変人だと思われることさえ恐ろしい私は、ぐっと唇を噛んで顔を前に向け、おかしくならない程度に早く歩を進める。

今日も、そうするはずだった。

だが……


足が、進まない……?


どうして。

頭が疑問符に支配される。

動け!

そう念じても、体が自分のものではないかのようにいうことを聞いてくれない。

指先が震えているのがわかった。背中を冷や汗が伝い、目眩がしてくる。

進まなきゃ。

ゴクリと唾を飲み込み、足に力を込め、無理やりにでも踏み出そうとした時ーーーー


「行こう」


 手を掴まれ、引かれた。

後ろからやってきたそいつは、先導するかのように手をつかんだまま言った。


「一緒に行こう」


《わたし》は笑って、私を引っ張る。

 足が自然に動いて、そのまま歩き出す。

 呆然としている私を振り返らず、《わたし》は楽しそうに、


「今日の給食何かな~」


 とぼやいている。


「……カレーライス」


「えっ、ほんと! 《わたし》学校のカレー、めっちゃ好き!!」


 くるりと振り返ってきた《わたし》の笑顔を見てしまって、いつもと変わらない嫌悪に襲われた。つい返事をしてしまった自分を激しく後悔する。

《わたし》はそのままカレー談義を始め、私はもう一言も反応してやらなかった。

 ぐるぐる回る頭の中。冷たい手が触れてきていることへの怖気。

 振り払いたい衝動も何もかも抑えて、ただ前に進むことだけを意識した。


 私のクラス、二年三組は中学校の校舎の二階に教室がある。

 生徒のラッシュには少し早いようで、下駄箱にはそんなに生徒がおらず、少しほっとした。

 こいつの下駄箱が一つ不自然に増えているのを見た瞬間、そんな気持ちもすぐに吹き飛んでしまったが。


「おっはよ~!!」


 勢いよくドアを《わたし》が開けた。

 慌てて止めようとしたのに間に合わなかった私は、《わたし》の後ろからクラスの光景を見て――また足がすくんでしまった。

《わたし》が挨拶したのに、誰も反応するものはいなかい。

 いつものようにグループで固まって楽しそうにおしゃべりしていて私達(・・)のことを見る人はいなかった。


わたし(おまえ)》は何でこんなことをするのか、と責めたくなった。


《わたし》が私の中に居た時さえ、こいつは時々こんなことをした。

 私がだめだ、止めておこうというのに、誰かが振り向いてくれるかもしれないと言って。

 その度に失望するのは私なのだ。

 だから最近はずっと抑えていたのに――――


 こういうことか。


《わたし》が独立した存在となってしまったことへの恐怖を改めて思い知った。

 震える私のことを、《わたし》は見ていない。

 反応がなかったことなどまるで気にしていないかのような様子で、自分の席へと向かう。

 私も引きずられたままついて行く、他者の視線を感じながら、《わたし》のように平然と――


 あれ、そう言えばこいつの机は……。

 と、思ったが問題なかった。

 やはり世界は狂っている。

 窓際の最後尾であったはずの私の席の後ろには、もう一つ席があって《わたし》は何気もなく私の腕を離し、鞄を下した。

 整列した机に不自然なでっぱりな部分。予想はしていたが、いつも通り誰も私を見てくれないことで、ここでも世界がおかしくなってしまったことが立証されてしまった。

 唇を噛む。歯でこのまま噛みきれば、その痛みで夢からさめられるような気がした。でも、これが嫌でも現実だという事が私にはわかっていた。悪夢の方が、どれだけましだろうか……。

 肩を落とし、私も鞄を下して教科書を取り出す。

 と、その時――――


「あっ! おっはよ~、美由紀ちゃん!!」


《わたし》は登校してきた、私の隣の席の女子に話しかける。


「あぁ、おはよう。月乃ちゃん」


 その子は笑ってくれた。《わたし》を見て返事をしてくれた。

 だが、その言葉に戸惑いがあったのを私の耳は聞き逃さなかった。


「美由紀ちゃん、今日の授業だるいよね。新学期早々に、何で授業あるんだよ~。もう生徒を殺したいのだとしか思えないよね」


「あぁ……確かにね」


 ペラペラしゃべる《わたし》に、彼女は曖昧な返事を返す。

《わたし》からの唐突な会話、一方通行なつまらない言葉の羅列にどう対応すればいいか迷っている。そんな様子がありありと……。


「そういえばさ! 夏休み、どっか行った? 《わたし》たちは今年もどこにもいかなかったんだけどさぁ。でもね……」


 気づけ。

 キヅケキヅケキヅケキヅケキヅケ

 お前のつまらない言葉を彼女に浴びせるな。彼女の表情が見えないのか。彼女の視線がさまよっているのもわからないのか。

 明らかに、私のことを……


 ――――日奈ちゃんってさ、《空気》読めないよね。


「……どうしたの、日奈ちゃん?」


 その声にはっとなる。

 美由紀ちゃんが首を傾げて私を見ている。

 私は、慌てて……笑う。


「なんでもない。少し、だるいだけ」


 この笑顔はこいつのものと同じなのだろうなと思うと、途端に《わたし》の顔の皮をはぎ取りたい衝動に襲われた。

 彼女はきょとんとしてしまった様子で私を見ている。目を逸らしたくなる。変だと思われてないかな。おかしいと思われていないかな。もしかして嫌われてしまって――――


「そっか」


 普通の返答に、私は心底ほっとした。

 微妙に空いてしまった間。それをチャンスと見てとり、私はうまく回らない舌を動かしていう。


「ごめんね。ちょっとこいつと一緒にトイレ行ってくる」


「あっ、いいよいいよ。気にしないで」


 私はその返事を聞くと、今度は私の方から《わたし》の腕を引く。

《わたし》は何の抵抗もしなかった。


 早足で教室を出ながら、目に焼き付いてしまった――彼女の少しほっとしたような顔。


わたし(おまえ)》のせいだ。


 何でもっと普通に、友達(・・)と喋ったりできないんだよ…………っ!!



 ネガティブシンキング、日奈ちゃんです。

 周りの全ての人が自分のことを嫌っているように感じてしまう。

 相手の些細な行動から無数の嫌な想像をしてしまう。


 日菜ちゃんがこうなったのは、まぁ理由はあるのですが


 多感な思春期にこういうことがある人もいるのではないのかと……(汗

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