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私以上に――が狂った

 今日から新学期だ。

 もともと学校は嫌いだが、今日はどうしても行きたくなかった。

 いっそ仮病を装えたらーー。

 だけど無駄に頑丈な体は心の失調なんて無視しているようで、体温は平熱、顔色もいたって健康。真面目な父母にたやすく学校に欠席連絡をしてくれと頼めない。


 リビングに入るとすでに母が弁当を作るのに取り掛かっていた。同じ弁当箱が二つ、テーブルにからの状態で待たされていた。

 私が二人に増えたから買ったーーわけではない。いつの間にか、二つになっていた。

 食器も、洋服も、ベットも、私の持ち物だったものがすべて、今の異常に応えるように二倍に増えて揃っている。

 両親の記憶もしかり。クラスメイトは私たちを何の違和感も覚えることなく迎え入れるだろう。

 それが怖い。

もはや制御不可能になってしまった《わたし》が何をするのか、想像するだけで手が震えてしまいそうだ。


「あら? 日奈(ひな)、もう起きたの?」


「うん……今日から新学期だと思うと、なんか目が冴えちゃって」


「もう何年間学生やってるのよ、特に変わらないでしょ……あぁ、でも、早い子はもう受験モードになってるんでしょうね。日奈も気を抜いちゃダメよ」


「わかってるよ」


 高校受験か……。

 そう、気を抜いてはいけないのに、あいつのせいで少しも勉強に集中できていない。


「月乃は、まだ寝ているの?」


 ゾワリと、背筋が震えた。


「――うん」


「お母さん、弁当作り終わったらすぐ会社行くから。遅刻しそうになる前にちゃんと起こしてあげなさいよ。双子なんだから」


 ――――違う。

 あいつは、《わたし》だ。

現実が歪められて、私の知っている《現実》とちぐはぐになっている。

私はこの相楽(さがら)家の一人娘で、このテーブルを囲む椅子だって三脚しかなかったはずなのに――今は。

あの日、あいつを見てしまって私は狂った。今は平静を装えているが、これだっていつ決壊するかわからないくらい精神はギリギリの状態だ。

いつまた衝動的にあいつに飛びかかってしまうかわからない。

それが人前だったら? 私はそのことも怖くてしょうがない。

でも、あの日から私だけではなく、私以上に世界も狂った。

すべてがおかしい。

全てが二つになった世界。それなのにそれがもとは一つだったこと、今も同じであることを私だけしかわかっていない。


何が面白い?

世界の異常に気付いて困惑する私を見て、《わたし》 は笑った。


『これからもよろしくね』


そう言って、両親の前で暴れ出しそうになった私を押さえて口を塞いできた。

視界の端で姉妹の不思議なやり取りを首をかしげて見ている両親を見て、臓腑がひっくり返そうになった。

 ――――あのドロリとした嫌な感情は今も全身にまとわりついている。


 母が弁当を作る傍ら、手際良く朝食も作ってくれ、私は急いで口に詰め込む。

「係があるの」と嘘っぽい言い訳をして、母を何とかごまかすのに必死になりながら私はとにかく急いだ。


早く――――、あいつより先に。

顔も、見たくない。


「おっはよー」


 背後から聞こえる声に、自分の動きが勝手にすべて止まった。


月乃(つきの)、あなたも早いのね」


 母の声が頭の中で空回る。

《月乃》って、誰だよ。

 そんな子、うちには――――、


「日奈のせいで目さめちゃったから二度寝しようと頑張ってたんだけど、なんか今日は無理だった。やっぱり新学期なんだから緊張してるのかな?」


なぜ――――私の前に座る。

《わたし》は首元をさすり、笑って、


「久々に友達(・・)に会うの、楽しみだね」


 ガタン!!


「どうしたの!? 日奈、突然立ち上がって」


「お母さん、ごちそうさま。支度し忘れてたのあったから、もう部屋に戻るね」


 空になった食器を運びながら、驚いている母を誤魔化そうと笑みを向けた。

 そんな私を見て、《わたし》は、笑っていた。


「――――――――――――――――っ!!」


 廊下に出ると足音を気にしながらも、二階へと走り出した。

 トイレに入り――――全部、戻してしまう。


 口の中に入ってくる涙の味が、この偽物の世界での私の立場を明示していた。





 遅くなりました!


 

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