眼科に行って下さい
腰までの長い黒髪。微妙なたれ目にビン底眼鏡。顔は化粧っ気のないブサイクさで、体型もはっきりいってデブだ。おまけに性格もひねくれている。
正直私ってこの世からいなくなった方が世界の為じゃね?みたいなネガティブさ。
そんな実に終わった感じの私、千須加弥生には、ふたつ年下の後輩がいる。
癖のある黒髪、私より少しだけ高い身長、可もなく不可もない顔に体型。
はっきり言って、普通の男の子だ。
ただ、底抜けに明るくて、なんでも楽しい事を見つけるポジティブな男の子。
そんな実に眩しい彼の名前は、町谷充輝という。
私は図書委員会。彼はアーチェリー部。そして学年も違う。
どうして彼と私が出会う事が出来たのか、ある意味あれは運命だったのだとも思う。
たった一冊の本が巡り合わせた奇縁というか、たまたま興味がその日その時一致したと言うか。
ともかく、私と彼は友人だ。そう胸を張れるくらいには仲良しだと、思う。
「みっきぃ先輩、また考え事か?」
「あー、まっちー」
「まっちー言うな」
「じゃあみっきぃ言うな。馴れ馴れしい」
「いいだろ、別に」
それにしてもおかしい人だ。なんでわざわざ部活が終わった後に図書館に来て、私に声をかけるのだろう。面倒だろうに。
あと一応私先輩なんですけどわかってます?
「あのさ、なんで毎日毎日部活終わったらここに来る訳?」
「じゃあ、なんで毎日毎日俺が来る時間までここにいるだ?」
「そんなの、本を読むために決まってるじゃない」
「ですよねー、俺も同じだから」
あっさりそう言って、充輝は奥へと歩いてく。
知ってるよ、馬鹿。だけど、だったらさ。
わざわざ私に、声かけて行かなくてもいいじゃない。
「ほんっと、何考えてるのかわかんない」
せっかく楽しい本の世界に浸っているのに、充輝に声をかけられるとすぐに世界が壊されてしまう。
本を読んでる間は声をかけて欲しくない。どうせ、七時のチャイムが鳴ったら帰らなきゃならないんだし。
それに今はカウンターにいるから、貸し出しの時に集中切れちゃうし。
「せんぱーい、貸し出ししてくれー」
「はいはい、カード出して」
「え、面倒だから探してよ」
「……面倒なら暗記すれば? 私みたいに」
この学校の貸し出しは全部パソコン管理。だから、番号を覚えていれば一々貸し出しカードを持たなくても貸し出せる。そもそもそれだけ本が好きな人ならこっちでも覚えるし。
ちなみに年間貸し出し冊数全校一位の私は当然覚えてる。面倒だし。
「次からはちゃんとカード持ってきなさいよね」
「はいはい、気をつけます」
本当にわかってるんだか。毎回毎回忘れたりなんだりとカードを出さないせいで、私はすっかり充輝のカード番号を暗記してしまってる。
だって毎日だし、私毎日いるし、放課後まで残ってる図書委員私くらいだし。
「で、今日は何を借りるの?」
「先輩が好きって言ってたやつ。面白いんだろ?」
「……ああ、私にはね」
充輝が借りようとしていた本を見て、私は思わず顔をしかめる。
確かに私はファンタジーが好きだし、しかも外国のものが好きだ。
だけど、今まで充輝がこの系統の話を借りた事は一度もない。
「はっきり言って児童文学よ? 名作だけど」
「ああ、聞いた聞いた」
「なんでいきなりファンタジーに手を伸ばそうとしたのかわからないけど、借りるならちゃんと読みなさいよね」
そう言いながらバーコードを読み込んでいると、おかしそうに笑う声が聞こえる。
「これ読んだら、先輩とこの本について話せるだろ?」
「……は?」
「それに、面白いと感じられれば、もっと読める本の幅も広がるしな。この系統なら、面白いのたくさん教えてくれるだろう?」
返す言葉なんて、持ってなかった。
ただ、異様に早くなった心臓がうるさくて、期待してしまいそうな言葉に泣きそうになる。
わかってる。この言葉に裏の意味なんてない。純粋に、この系統の本に興味を持っただけ。
だけど、だったら、私の心をかき乱すような事を言わないで欲しい。
こんな外見でこんな中身で、恋愛云々なんて考えた事もないし、ふたつ年下だし。
だけど、でも。
そんな言葉を言われたら、ドキドキくらいはするよ?
「……この天然タラシ」
「は? なにそれ酷いんだけど」
「うるさい、これ借りたらさっさと帰れ」
「何言ってんだ? 先輩と一緒に帰るに決まってるだろう?」
ああもう本当にこの人空気読めない!!
「お断り、変な噂でもたったら目も当てられないから」
「噂って、この時間にいる奴俺ら以外にいないだろ」
「だいたい私電車で、あんた自転車でしょ?」
「だから、駅まで送るって。先輩も女の子なんだから、夜道は気をつけなきゃ」
「私を襲う物好きいる訳ないじゃない!!」
思わず図書館だって事も忘れて声を荒げて。いや、他に誰もいないからいいけどさ。
だけど、充輝は小首を傾げて微笑んだ。
「なんで? 先輩可愛いじゃん」
……こいつ、早く眼科に行くべきだと思う。
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