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人身御供

とりあえず、時間があったので、一話書いてみました。だらだらと二話、三話と続けられることが目標です。本当は短編にしたかったのですが、話しが思ったより広がりそうなのでとりあえず長編という形を取らせて頂いています。

 いつからか、この町に雨が降るようになった。干からびた川には水が通い。渇いた大地は潤い、この土地に住む僕達に尊ぶべき実りを与えてくれた。

 だけど、当時の僕はそれを嬉しいとは決して思っていなかったと思う。

 両親が眼に涙をこぼしながらキスをするその先で、白い衣に包まれた少女が大字に倒れている。彼女は何かに怯えるように大きく眼を見開いたまま動かなかった。

 僕は彼女の名前を知っている。

 レイニー、僕をおそらく親以上に、いつかできるであろう恋人以上に愛してくれた姉だ。


                   ☆

「サン!」

「え? はい! ってうわ!?」

 我に返った僕が勢いよく立ちあがろうとした瞬間、堅い物が膝にあたり、ガチャン、と嫌な音を立てて床に倒れる。それは鉄製の机だった。

 周囲では黒い制服に身を包む生徒達がこちらを見て笑っている。

 そして、僕の前にはノザキ先生の姿があった。彼女は肩掛ったサラサラの髪を流し、イライラしたかのように腕を組む。その動作はとても粗雑だったけど、彫刻で作られたように無駄の無い顔の輪郭や、まっすぐに伸びて整った細長い指と背筋が洗練された動作のように見せる。

「あ、そっか、学校か」

「学校じゃなかったらここがどこに見えたわけ? まさか保健室?」

「え、とその、すみません」

 お辞儀をすると、先生は頬を膨らませながら教卓へ戻る。

 瞬間、綺麗なオルゴールの音楽が教室中に流れた。

 先生は腕時計を確認すると、小さくため息をつく。

「じゃぁ、今日はここまでだ。次の授業までに、次のところ予習しておきなさい。特に、サン! 次回はあなただけが当てられるのでそのつもりで予習のに臨むように」

「ちょ、ひでえ、全部って……次の授業明日じゃないですか!」

 抗議しようとすると、ノザキ先生はフフンと鼻歌を歌い、スキップをしながら教室を出て行った。その姿をみて、思わず頭を抱えたくなる。

「全く、何やってんのあんたは」

「……カレン」

 隣で、ムスっとした表情をしながら声をかけてきた女子の名前を呼ぶ。

 軽くウェーブの掛った茶色い髪に、翡翠色の瞳、白い肌。見た目は人形のように可愛らしい幼馴染。大抵の男は、通りすがるとぼんやりと彼女を眺めてしまう。6年近い付き合いのある僕も毎日のように顔を見る度に呆けてしまう。

 だけど、彼女の容姿とは裏腹に心は可愛らしいとはかけ離れている。

「あんたがいつも、ぼんやりしてるせいで、私まで笑われるじゃない! もう休み時間でしょ? 恥ずかしいからどっか行ってよ!」

「あぁ? だってここはオレの席――」

「い・い・か・ら・いけええええええ!」

 その掛け声と同時、彼女の足が持ち上がり、ムチのようにしなりながら、僕の顎を打ち抜く。男性としてそこそこの筋力を持っているはずの身体はふわりと浮き上がり、僕は床に仰向けに倒れた。

 カレンは暴力的で、虚栄心溢れる女の子だった。自分のプライドのためなら、手段を選ばない。かっこいい男子を彼氏にしては、僕に自慢してきたり、その割りに僕がいると、プライドが傷つくから近づくなと嫌みを言ってきたりする。

 彼女は持つべきステータスを容姿に過剰に割り振ってしまったような人間だった。

 僕は痛みに悶えながら天井を眺める。そこには青空と白い太陽が描かれていた。

 青はまるで、沖縄の海のように輝き、太陽は時間とともに西から東へ向かって行く。そして夕方になれば、茜色になり、夜になればプラネタリウムのように無数の星が広がる。

 それが、僕達生徒達にとって一番の気休めになる。

「サン、もしかして、昔のことをまだ引きずってる?」

「……昔のことってなんだよ」

「その、空のこととか、あんたのお姉ちゃんのこととか」

「……」

「やっぱりね、あんたがぼっとしてるとき、いっつも窓の外を見てるんだもん」

 カレンが窓の向こうを見つめている。だけど、窓の向こうの景色はあまりよく見えなかった。灰色の空から雨が降って、視界を悪くしていたから。昨日も、一昨日も、その前の日も、一年前も、ずっと、同じ景色だった。

 この町はもう何年も前から休まず雨が降り続いている。

 そのせいで、外で遊ぶこともできないし、作物もほとんどだめになってしまった。

 今では、細々と地下の施設で栽培する野菜が頼りになっている。

 僕達はいつの日からか、この町がどんな景色をした町なのか思い出せなくなってしまった。

「……あの雲が無くなれば、また青空を見ることができるんだ」

「諦めなさいよ、もう何年も雨が止まないのよ。原因もわからないし」

「でも、空が見たいからカレンもこの町に住んでるんじゃないの?」

「っ!」

 カレンは自分の手元にあった教科書を、勢いよく僕に投げつけた。角に当たった、会心の一撃だった。

「そうやって、夢ばっかりみてるから、あんたはバカにされるのよ! あっちにいってよ、あんたのバカが感染するじゃない!」

 大きな声で怒鳴られてしまって、返す言葉を失った僕は投げつけられた教科書を持ったまま、教室を飛び出した。彼女に対する反抗だ。

 僕はそのまま、地下室へと降りて行く。

 雨が止まなくなったこの町では、地下にたくさんの道や交通手段がある。

 学校の地下には駅があり、自分の最寄りの駅まで運んでくれる。

 僕は、定期を使い電車に乗った。

「なんだよ、カレンの奴、昔はあいつだって空を見たいって言ってたくせに……」

 そうぶつぶつ言いながら僕はカレンの教科書を見る。それはノザキ先生の授業で使う教科書だった。

 明日の分を全て予習しなければならない。

「あ、やべ、荷物学校に置きっぱなしだ」

 ため息を漏らしながらカレンの教科書を開く。困った時、よくカレンから教科書を見せてもらったりしているせいか抵抗はまったくなかった。

 ノザキ先生が教える教科は『地域史』だ。

 自分達の故郷の伝統や文化、歴史を知るための新しい教科で、参考書も数える程しかない。そんな強化にも関わらず。

 カレンの教科書には、重要そうなところにラインが引かれていた。

 そこだけを抜き取って読んでみてもちゃんと歴史の流れがわかる。

 明日までに予習するのは、現代史の部分だ。僕の学校では、現代史から授業を進めることになっている。


 ○年6月6日から2年にかけて、降水無しという異常気象が町を襲う。川は干上がり、田畑は乾燥、育たなくなる。それに危機感を覚えた住民は科学者達を集め、あの手この手を尽くしたが、どうすることもできなかった。


 頭の中で内容をまとめているうちに手が止まる。


×年6月6日、科学的手段を尽くしても雨が降らせることができなかった住人達は藁にもすがる思いで明治時代以前まで行われた人身御供を内密に行う。これは、未成年の少女をこの地に住まう神にささげると言う物で発覚した当初は人権侵害問題として日本中から非難を浴びることになる。しかし、その儀式の直後、この町に雨が降るようになってから、騒ぐ声は除々に小さくなっていった。


 そして、次の文章に赤線が引かれ、その下に『?』と書かれていた。


現在では人身御供は行われてない。

「……」

 僕は何も言えずに本を閉じた。

 人身御供、それがどのような儀式であったかを僕は知っている。

 土地が廃れて、仕事が無くて町中の人達が苦しんでいた頃、僕はまだ小さくて、よく泣いていた。収入の無い人が生き残るために、物を盗んだり。優しかった人が暴力を振るうようになったり、そんな毎日だったから夜眠るのが怖かったのだと思う。

 そんな僕の側にいつも、姉のレイニーの姿があった。震えながら毛布に包まる僕を見て笑いながら、僕の背中をさすってくれて寝るまで一緒にいてくれた。だから安心して眠ることができた。

 でも、その安心感は表面上のものでしかなかった。

 ある日、目が覚めたとき、姉の姿がどこにもなかった。どこにいるのだろうと思って、家中を歩きまわっていると、突然外が騒がしくなった。驚いた僕が二階から外を覗くと、

 そこには手足を押さえられて人に取り囲まれている姉の姿があった。

 姉を取り囲む男達のうちの一人は刃を振り下ろし、刃が姉の腹部に刺さったのをみた。

 姉は大きく目を見開いて、悲鳴をあげながら身体を捩っていた。その声があまりにも痛々しくて、僕の身体まで痛くなって、部屋の片隅で震えていた。

 だけど、しばらくして、姉の声が聞こえなくなると、家の屋根にぽとぽと、と音を立てたのである。おそるおそる窓から顔を挙げると、さっきまで雲一つなかった空が一面灰色に変わり、やがて大粒の雨となって大地に振りそそいだ。

 それに町の人達は歓喜の声をあげた。僕の両親もキスをしながら涙を流して笑っていた。

 その傍らでは恐怖に顔を歪めたまま動かなくなった姉がいたのにも関わらず。

 記憶を巡らせていると。車内のアナウンスが僕の最寄りの駅名を挙げた。

 僕は停車した電車から降りる。

 そのとき、

「あなたが、サン様ですね?」

 ふいに声をかけられた。

 相手は、黒い帽子を被ったスーツ姿の男だ。顔はよく見えない。

「誰ですか?」

「あなたに、大事なお話しがあります」

「だから、アンタらは誰なんって――」

 いいかけたとき、黒い塊が僕に向けられる。

 地下道の街灯を反射するそれは見間違えることもなく明らかに拳銃だった。

「あなたには私達のことを知る権利は与えられていません。変わりに、私達の話しを聞く権利が与えられています」

「……なんだよそれ、話しに聞く権利があるのか?」

「ないものは処分されます」

「……まじかよ」

 死の恐怖と強い強制力のせいで、僕の頭は真っ白だった、真っ白すぎて、出てくる言葉は普段口にする言葉だけだった。もう、敬語がどうとかそんなことを考える余裕もない。

 そんな僕の姿をみた、男は銃をゆっくりと下ろす。

「話しって何?」

「……あなたの、幼馴染であるカレン様が雨を止ませるための人身御供にに選ばれました」

「……は?」

「ですから、カレン様が人身御供に選ばれましたと」

 そのとき、僕の手は勝手に男の胸倉を掴み、駅の柱に押し付けていた。

「てめえ、もう一遍言ってみろ! これ以上ふざけたことぬかすようなら、お前を線路に突き落とすぞ!」

 だけど、男は表情を一切返ることはなかった。

「これはおふざけではありません、事実です。何よりも、御本人からの承諾がきています」

「……はぁ!?」

 本人からの承諾、そんなわけはない。

 カレン自身が承諾なんてするはずがない。あいつは僕の姉が苦しみながら亡くなっていく姿を僕と同じように目撃しているのだから。

「そして、私は彼女の望みを叶えるために、あなたの前にいるのです」

 男は僕の手を掴みと、思いきり捻りあげて、簡単に僕の背に回った。

「人身御供の生贄を承諾された方の御家族には褒賞として、多額のお金と食料が至急されます。そして、彼女が生贄としての役割を果たすまで、我々は彼女の生活に不自由ないようにサポートさせていただくことになっています」

「……つまり、カレンが僕に用があって呼びに来たと?」

「厳密には、彼女の願いを叶える手段として呼びに来ました。」

 瞬間、男は僕の背中を大きく蹴り飛ばす。勢いは強く、僕は駅のタイルを転がった。そして、身体を起こそうとしたと同時、カチリ、と音を立てて堅い物が僕のこめかみに押し付けられていた。

「あなたもこの町の住人である異常、拒否件はありません。是が否でも連れていかせてもらいます」

「……くそ」

 どうすることもできなかった僕の脳裏には男に従うという選択肢以外残されていなかった。


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