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赤い春

作者: 文音マルタ

小学生のときからずっと思っていた。学校になぜ通うのか、と。その質問を誰にもぶつけなかったわけではなかった。教師や親は、勉強するため、将来のためと言った。だけど僕はなぜか、それに納得がいかなかった。それでもなんとなく学校に通い続けているうちに僕は高校生になった。将来のビジョンや夢はない。そんなふうに今日も僕は学校に通う意味を探しに学校へ通う。


教室の後ろのドアから入る。前のドアから入ってもいいけれど、なんとなく目立つ気がして嫌なのだ。実際、殆どの生徒は後ろから入り、前から入る生徒の方が限られている。

「はよーっす」

前のドアから挨拶をしながら入ってきたのは生徒指導室常連の波佐見を中心とする五、六人だ。

誰も挨拶を返さない。彼等はいわゆる不良グループの中心であるため、一般生徒は関わらないようにして過ごすのが普通であり、彼等もまたそれを当たり前としているから気にしない。

「お」

波佐見が教室を横切って窓際の最後列に向かう。

僕はまたか、と溜息をつく。

「藍沢さぁん、おはよぅお!」

藍沢。彼女はいつも教室の隅で本を読んだりしているおとなしい生徒だ。不幸にも、彼女は最近、波佐見たちに目をつけられている。

「・・・。」

藍沢はピクリとも動かない。

すると波佐見は高い声で

「藍沢に無視されたとか超ムカつくんですけどぉ」

クラスが静まり返る。誰もが藍沢に同情したり憐れんだりしているけれど、何も言えずにいる。実をいうと僕はこういうのが心の底から許せない。読書はいい事だと思うし、波佐見のふざけた挨拶なんて返したって違う攻め方をしてくるにちがいない。僕でも返事しないだろう。

「なぁ、お前喧嘩売ってんの?」

波佐見が早速ふっかける。

だがやはり藍沢は微動だにしない。

「~っ!」

とうとう波佐見がキレた。

ガンっと机が揺れ、藍沢の体も少し振動する。

「てめぇ、ふざけてんじゃねぇぞ!!あんまり調子のってっと・・・」

そこですっと藍沢が顔を上げ、小さく呟いた。

「後ろ」

「は!?」

波佐見は一瞬たってから理解し、後ろを見た。そこには担任がいた。

「調子のってると、なんだって?」

担任はニコッと笑ったかと思うと般若の形相になり波佐見を生徒指導室に連行していった。


波佐見は常連だ。いちいち反省なんてするはずもなく、今日も登校するやいなや藍沢にちょっかいを出す。

「お前、昨日の事は忘れてねぇよなぁ・・・?」

再び教室は沈黙に包まれる。

「なんで・・・なんで俺が・・・」

波佐見はそこで一度切ってから藍沢の机に手を叩きつけながら言った。

「なんでお前なんかのために俺の貴重な朝のお昼寝タイムを使わなきゃならなかったんだ!?ああ!??」

そのとき僕は無意識に手を握り締めていた。

お前なんかのために。

この言葉を聞いた途端、怒りが沸いてきた。

「ちょっと待てよ」

気がついたら波佐見の方に向かいながら口走っていた。

「今なんつった。」

僕は波佐見に問う。

だが波佐見はすこし驚いているようで、言葉が見つからないと言った様子だ。

「今なんつったかって聞いてんだろがよぉ!!?『お前なんか』って言ったか?お前は何様なんだよ!!??」

ほとんど噛み付くように言い切った。

だがそこで波佐見はようやく言葉がでてきたようで

「はっ、俺?決まってんじゃん。俺様だよ!ふははっ!!」

───────答えまで同じなんだな。

なにかが僕の内側で切れたような気がした。

次の瞬間、僕は奇声をあげて殴りかかっていた。

入ってきた担任は慌てて止めにはいる。その後は、記憶が無い。ただ一つ、確かなのは波佐見を一発も殴らせてはもらえなかったという事だけだ。



僕は落ち込んだり考え事をしたりするときにはよく、ある橋の上に行く。今日もそこに行った。

先生達にすごく怒られた。

僕は思った。大人達って本当に勝手だ。僕がどんな思いで殴りかかったのかなんてまるで気にしないで、先に手を出そうとしたというだけで僕が悪者になった。しかもあいつらは自分達が一番に子供達の事を考えていると思い込んでいるから尚、たちが悪い。

僕が、どんな思いで、殴ったかなんて・・・

「誰にもわかる訳ないよ・・・!!」

今手から離れたばかりの小石がわずかの波紋を生んで、川底へと落ちていった。きっと僕はこれから大人になってすこし社会に貢献したら後はすぐに死ぬんだろうな、と思った。僕の人生は儚く、短い。全てはこの小石のように。

そのときだった。

「伝えようとしないから誰にも伝わらない。」

声の主は振り返らなくたって分かった。

「藍沢・・・」

「こうやって二人で話すのは久しぶりだね。小学校以来かな。」

「そうだな・・・」

実をいうと僕と藍沢は小学校が同じで、当時はなかなか仲が良かった。中学校では学区の問題で別々になった。そして高校で再開したけれど、藍沢はとても変わってしまったように見えたから。

「声をかける事ができなかったんだ。」

藍沢はくすくすと笑い

「それはお互い様さ。・・・今日はありがとう。」

そういわれて気づく。そのために藍沢は僕についてきたのだ、と。

「別に、あれは藍沢のためじゃないんだ。・・・ただ、気がついたら手ェ握り締めてて・・・それで・・・だから・・・。」

そこで藍沢は微笑する。

「分かってる。私じゃなくたって、君は殴りかかってたんだよね?君は・・・優しいから。」

僕は弱々しくかぶりを振る。

「違う・・・違うんだ・・・そうじゃない」

あれは、そんなのじゃない。

「ただ、個人的に許せなかっただけだ。」

すると藍沢はふうん、と言って顎に手を添える。

「深い理由、なのかな。・・・それは、私が触れていいものかな。」

藍沢・・・。

藍沢になら、いい。




僕は五歳のときに父親を亡くした。それ以来、小学校六年生までは母が一人で僕を育ててくれた。けれど、中学生になった頃だった。母親が再婚するかもしれないと言い出したのだ。聞けば職場にいい男がいるという。だから試しに一ヶ月同居する事になった。僕は少し嫌な気がしたけれど、自分を捨てて僕をここまで育ててくれた母が幸せになるのなら、それは僕にとっての幸せにもなりえる。そう思った。

そう思い込んだんだ。

けれど、現実は、幸せと近いようで遠かった。その男と最初に会ったのは小学校の卒業式の終わった後の祝いの夕食の席での事だった。その男は、にこにこしていて、手が大きくて、背も高くて。それから、すこしだけ覚えている前のお父さんににている気がした。だから僕も次第に好きになっていった。

けれど、春休みももうすぐ終わりを迎えるという、4月の始めの事だった。その男の休日と、母のパートが重なった。こんな事は初めてだった。だけど僕はむしろ嬉しかった。母はいなくても、「おとうさん」が遊んでくれる。初めての二人きりだもの。きっとどこかに連れて行ってくれる。そんな淡い期待を胸に、一人、部屋で男から誘いがくるのを待っていた。父親がノックをして入ってきた。僕は期待に目を輝かせて男を振り返る。男は笑っていた。だから僕はつられて笑う。けれど、僕は異変に気がついた。あれ?いつもと笑い方が違うような?

そのとき男が背中になにかを隠している事に気がついた。そうだ、そうだよ。プレゼント!息子になる僕への贈り物。なぁんだ、照れ隠しだから笑顔が違うんだね。そのとき男は背中のものを、すっと出した。僕はそれを見て思考停止した。

間違いない。これは、ゴルフクラ・・・!!

次の瞬間僕はとっさに身を翻しゴルフクラブをすんでのところでかわした。ガラスが砕けて派手な音を立てた。男はさらにクラブを振りかざしながら叫んだ。

「俺があいつと2人で暮らしていくためにはお前が邪魔なんだ!!」

ドスンと空振ったクラブは床に叩きつけられた。

僕は男の脇を抜けて出口を目指した。

男は叫びながら追ってきた。

「お前なんか殺してどっかに埋めてやる!!」

と、同時に思考再生。僕は浮かんできた疑問を全速力で走りながら背後に投げかけた。

「お前・・・何様なんだよっ!!?」

すると男は僕が今曲がったばかりの、玄関前の角の壁に体をぶつけながら叫んだ。

「俺は・・・俺様だぁぁあ!!」




「その後の事はよく覚えてない。気がついたら家の中にいて、足元にはさっきの割れた窓ガラスの破片があって、警察の人たちが玄関ドアのそばにたって、こっちを見てた。母さんが僕に抱きついて、泣いてて、ずっと繰り返してた。ごめんね、ごめんねって。」

藍沢は黙って時々頷いたりして聞いていたけれど、今は目を瞑ってすこし下を向いている。

そして少ししてからようやく藍沢は口を開いた。

「つまり、母の同居人に殺されかけて、必死に逃げた。そして君はどうにか逃げきって、男は捕まった、と。」

その通りだ。

僕は頷く。

藍沢は悲しげに笑いながら

「打ち明けてくれてありがとう。私だけじゃないよね・・・辛い思いを抱えている人は、他にもいっぱい居るんだよね・・・。」

「そうだ。一人じゃない。」

藍沢はもう一度、けれども爽やかに笑いながら言った。

「ありがとう。」


次の日、藍沢は学校に来なかった。理由は先生も知らないという。おかしい、と思った。藍沢はずる休みするようなやつじゃない。理由があるはずだ、と。


その理由は昼休みに分かった。


四時限目終了のチャイムがなると、すぐに波佐見が近づいてきた。

「藍沢の彼氏さぁん。」

にやにやと気持ちの悪いかおで僕に迫る。

「藍沢さんはずる休みでしょかねぇ?それとも」

一瞬で分かった。こいつらだ。

「どっかで死んでますかねぇ?」

僕は波佐見の胸ぐらをつかんで勢いよく立ち上がる。

「お前・・・藍沢になにをした!!?」

「なぁんにもぉ?少し可愛がってあげただけじゃん?屋上で、なぁ?」

波佐見が後ろの取り巻きに確認すると、そいつらは波佐見と同じにやにや顔で頷く。

僕は波佐見を離して飛ぶように走った。

屋上のドアを突き破る勢いで開ける。ここは普段使用禁止になっていて、鍵がかかっているはずなのに開いていた。

「あ・・・藍・・・沢・・・?」

入り口の真正面のフェンスに制服をボロボロにして、どちらかというと引っかかっているというのが正しいような感じでもたれかかっているのは、藍沢だった。

「藍沢!!藍沢!!!」

近づいて揺する。すると微かに目を開き

「君・・・なのかい・・・?」

「そうだよ!俺だよ!!なぁ、なんでこうなった!?教えてくれ!!」

藍沢は無理に笑いながら

「彼等は・・・波佐見たちは・・・昨日の・・・」

胸が痛む。

「まさか、昨日の俺に対する仕返しだって事かよ!!?」

藍沢は、頷かなかった。

だけど、否定もしなかった。

首をふることが、痛くてできないのかもしれない。でもきっと違う。藍沢は、藍沢は────

「優しいから・・・!!!」

そのとき後ろで波佐見たちの声がした。

「あらぁ、大変な事になりましたねぇ?それもすべて君のせいですよ?」

波佐見たちが声をあげて笑い、波佐見は続けた。

「俺は、この学校を、いや、この辺一帯を支配する不良になりてぇのさ。だから俺を無視する奴や反抗する奴はシメる。当然だろ!?ははっ!」

僕は言った。

「そのやり方、まるで・・・織田信長みたいじゃないか・・・」

波佐見たちは一瞬黙ってから、盛大に爆笑した。

「ぶっははは!!それ褒めてんのぉ!??今更媚びても無駄ですよぉ?まぁ、でも、織田信長ってのはいいなぁ。よし、今度から俺は、この高校の織田信長と名乗ろう!ははっ!!」

波佐見の取り巻きがいいぞいいぞ、とはやしたてた。

「だったら・・・」

僕はつぶやいた。

「あぁん?聞こぇねぇなぁ、もっと大きな声で言ってもらわないと!」

「・・・だったら俺は・・・」

「ま、いまさら何言っても、お前も開いていたと同じみたいに・・・」

「だったら俺は明智光秀になる!!」

波佐見たちが固まる。

「・・・だから歯ぁ喰いしばれよ糞野郎!」

波佐見は慌てて顔を庇おうとするが一瞬遅い。

僕の拳は波佐見の顔面を捉え、盛大に波佐見の体ごと吹っ飛ばした。僕は駆け寄って馬乗りになり、さらに殴る。

「お前だけは!許さない!例え!この後で!豊臣に討たれようとも!!お前!だけはっっっ!!!」

その時先生が屋上まで駆け上がってきた。

「お、お前ら、何をやっている!!?」

僕は引き剥がされ、取り押さえられる。僕は叫んだ。

「お前だけは・・・絶対に許さねぇぇぇぇぇええ!!!!!」




藍沢は、腕に巻いてある包帯を少し眺めてから、病室の外に視線を移す。

さっきから、ドアの前に居るのは分かっている。なのにどうしてか入ってこない。先生に聞いた話では、喧嘩両成敗としてどちらも一週間の停学で済んだらしいから、私に合わせる顔がないとかいう訳ではないはずだ。

藍沢は溜息を一つしてから

「学校は、辞めちゃだめだよ。」

するとからから、とゆっくりドアを開けて入ってきた。驚いた顔だ。

「ど、どうしてわかった!?」

「どっちが?」

「ど、どっちも!!」

もう一度溜息をつく。

「ドアの前にいたのは、足跡がしたのに急に私の部屋の前で止まった後動かなくなったから分かったし、学校の方は、どうせそんなことだろうと思ったの。」

彼は少し落胆したように言った。

「そっか・・・僕のことはなんでもお見通しなんだね。」

藍沢は頷く。

「ともかく、学校は辞めちゃだめ。」

「で、でも、ケジメはやっぱりつけるべきだと思う。責任は僕にもあるんだし。」

「じゃあ、私も辞めよ。」

「はぁ!?な、なんでそうなるんだよ!??」

藍沢はいたずらっぽく笑いかける。

「君がいない学校になんて、復帰したくないから。」

「な・・・!!」

彼は顔を真っ赤にしてあたふたする。

「こっちの責任も、放棄するんだ?」

「い、いや!!・・・責任・・・とります・・・。」

藍沢は穏やかに微笑を浮かべる。

「やっぱり優しいよ、君は。」

「・・・。」

彼は急に黙り込んだ。

「どうしたの?」

藍沢が聞くと、彼は意を決したように

「俺・・・学校にいく意味が、今までなかった。なんのために通ってるのか分からなくて、その意味を探すために通ってた。

だけどさ、俺、理由が見つかったよ。」

藍沢は頷く。

「・・・うん、おめでとう。」

病室の外には一面夕焼けによる美しい赤色の景色が広がっていた。

「ありがとう。」

夕焼けに負けないくらい赤い顔で礼を言う少年を横目でみながら、藍沢は言った。

「・・・うん、ありがとう。」


もうすぐ、十七回目の春がくる。

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