第一章4『新たな故郷、知るための旅』
「そんな項垂れるなよ兄弟。かっこいい顔が台無しだぜ?俺ほどじゃあねぇけど」
「は?」
「それによ」
元の世界に帰れない可能性が高いことがわかって意気消沈していたディノスに対し、ラクールは励ましとも言い難い励ましを彼に送った。もちろんそれで彼が元気を取り戻せるはずもないのだが、ラクールは続ける。
「——ぶっ殺して逃げようなんて一度も考えなかったろ。殺して隠蔽するくらい兄弟なら余裕だろうに。そこ、兄弟のいいとこだわ。やるやつはやっから」
「…ぁ」
思わず声を漏らしてしまった。確かに、無意識にその血塗られた考えを候補から外していた。逃げるか投降の二択だと完全に思い込んでいた。
「まあ、こんなとこで立ち話すんのもなんだ。俺んち寄ってけよ、兄弟」
「本当に、いいのか?金ないぞ」
厳密には金ならあるが、それがここでは通用しないことがわかっている。材質は本当に金、銀、銅だから売ればワンチャンあるか?
しかし、そんなディノスの不安にラクールは笑いながらこう応えた。
「せっかく同郷に会えたんだぜ?もてなして当然だろ」
声色を良くしてそう話すラクールからは悪意を何一つ感じられない。どうやら本当に善意でディノスを招待するつもりのようだ。まだ完全に信じるのは早計だが…………しかし、更にプラスして善意に甘えることとなるかもしれない。
「…わるい」
「あー、召喚酔いか」
大前提として、仮想世界から現実世界にほっぽり出されることは…とてつもなく大きな負担がかかる。ましてや、休憩もせず歩き回っていたとなると、見えない形でますます疲労が蓄積する。
痛みも痒みも感じられないほどどんどん遠くなる意識。視界が大きく傾く。体が倒れ込んだのかもしれない。だが、一つ確かに、微かに
「今はゆっくり休め。これから一番苦労することになんだから」
とだけは、安心感を伴ってはっきりと聞こえた。それに従い、目をゆっくりと閉じる。
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「…ん」
次に瞳を開けたとき、そこに映っていたのは知らない天井。ゲーム時代によく使っていた借家と似たような…あれよりかは少し汚れているが、まあ同じようなものだ。
「なんか不思議とこの布団に枕、ずっと使ってたような懐かしい感触もするな」
「そりゃまあ、俺が使ってたやつだしな」
「む」
目覚めてすぐ枕をつねり、なんとも言えない感想を呟いたディノスにラクールが苦笑しながら応える。
ラクールの家は棚に数々の勲章などが飾られていることを除けば…質素倹約を突き詰めたかのような内装であった。
基本的にはディノスが知っているものと似たようなものだが…時々電子機器などディノスには見慣れぬものがところどころ散見される。
「ん…あれぁ」
しかし、ディノスの目に留まったのは隅っこに置かれている蒼色のギター。あれはモンスターパートナーの世界からもたらされた神器…とは思うが…自分が持ってるものとはもちろん違うし、ギターに詳しい自分でもあんなもの見たことがない。
ラクールはディノスより未来の時系列から来たと言っていたから、あれは未来の神器なのだろうか。しかし、彼もああ見えて音楽とか触るのか。
「おっと、これはいいんだ。気にすんな」
そう目線を向けてるうちに、ラクールは少し後ろめたそうな雰囲気を醸し出して蒼色のギターを奥へと閉まいに行ってしまった。
しかし…不思議なことにラクールは自分の家の中でも全身を鎧で覆っていた。そうまでしなきゃいけないほどゲーム世界の存在は常に命を狙われているのか?
「ちげぇちげぇ。単純に俺が傷物でな、グロい傷跡してるから見せられねぇだけだよ。ほら、これでも飲め」
「お、おぅ…ありがとう」
戻ってきたラクールに渡された水瓶を迷わず受け取り、それを口から体内へと流し込む。思えば結局今の今まで水を飲んでいなかったのだ。潤う。喉の渇きが治まる。流れ込む水が自分の疲労の一つを癒していくのを感じる。
「ぷはぁぁあ!!生き返ったぜ…」
額についた水滴をマントで拭いながら……アルマにまず怒られてしまうだろうが、まあバレなきゃモーマンタイである。
待て。
「そうだ、そうだよ。アルマはどこにいるか、知ってるか」
疲労を取り除かれ、意識も完全に覚醒したディノスの頭に最初によぎったのはアルマの怒っている顔である。そうだ、忘れるわけには、忘れてたまるか。彼は無意識とはいえ切羽詰まりながらラクールに迫る。
ラクールはそんな彼を見て…少し顔を背ける。彼らの関係の深さは、ラクールが一番よくわかっているから。
「俺はざっと…20年くらい前にここにやってきてよ。20年間、一度もアルマくんは見たことねぇわ」
鎧で見えないとはいえ、おそらく寂しげな顔をしているであろうラクール。
そんな彼が。どこか諦めてるように見えて苛立ちの矛先は彼に向きかけたが…しかしそれは単なる八つ当たり。グッと堪える。
「オレだって昨日このくっっっだらねぇ世界にやってきたんだ!あの時一緒にいたアルマも昨日!ここにやってきた可能性だって!いや、絶対、そう、そうに決まってるんだ…!」
「あり得る。モンパト10章の俺が20年前に顕現、対してモンパト1章の兄弟は昨日と時代もバラバラだ。アルマくんが昨日この世界に来た可能性も高いな」
そうだ。そうなのだ。あの日、世界が終わる直前までディノスはアルマと一緒にいたのだ。ならば同時に来た可能性も限りなく高…
「しかし兄弟、時代も違ければ場所もバラバラだ。アルマくんがどこにいるかわかんねぇだろ」
「それは……確かに、そうだ」
今すぐにでもアルマを探しに出ていきそうなくらい勢いのあったディノスだが、酷く冷静なら意見に遮られ硬直。鎧を纏ったその男は「それに」と続けると、
「兄弟はここの常識、金、法律、地図、それらの知識が全て空っぽだ。探すならまずそれらを理解してからすべきじゃぁねぇか? 電車の乗り方も知らねぇだろ」
兄弟の場合走った方が速いだろうけど…という大層な過大評価も付け加えられながらではあるが現実的な意見を突きつけられたディノスは
「そ、その通りだ…」
コクリと頷くことしかできなかった。こうして、この世界を理解し、生きるため、そして相棒を探すための旅に出ることとなったのだ。




