第一章1『未知の文明に触れて』
『モンスターパートナー』。6年続いたソシャゲだったが、度重なるインフレによりユーザー数は瞬く間に減少。最後はごくわずかなプレイヤーに見守られながらひっそりとサービスを終えた。
それと同時、ゲームの登場キャラが一部、仮想世界から現実世界にほっぽり出されてしまったのだ。
「…なんなんだここは、見たことねぇ場所だし、こいつらも見たことねぇ種族だぞ」
人間たちが彼を遠巻きに見るが、無理はない。
彼の外見は緑色のワニそのもの。頭から生える二本の長いトゲと鋭い牙は、人間たちを怯えさせるには十分な凶器。
造られた世界からやってくる存在の中でも一際凶悪で目つきの悪い、鋭い目をしたワニだ。人間だってそんなのと道端で会えば怖いものは怖い。しかもギターを持ってるというのだからますます不気味だ。
人間たちに冷たい視線を向けられているのにも気づかず…いや、気付けるほどの余裕すら彼に無いうのが正しい表現か。かのワニは思案する。
「まさか、本当にあるとは…星が堕ちたときよりも驚いた」
途方に暮れていたディノスが、己の不安を誤魔化すかのように紅色のギターを強く握ると、
「これがいわゆる異世界…転生ってやつか」
目の前を通った車とやらに遮られたが、確かにそう溢した。だが、現地の人間たちにとってその認識は不服であろう。
———彼らにとっては、逆なのだ。造られた異世界から現実世界に顕現したのだから、逆異世界転生という方が正しいだろう。今の彼に知る由はないけれど。
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「なんだこのでっけー機械。中に水瓶があるように見えるが」
ある程度冷静さを取り戻したディノスだが、それでも故郷では見ないような建造物には驚きが隠せない。例えばこの『自販機』だ。
使い方がよくわからないので自販機で水瓶を買っている黒髪の猿の亜種のような種族に声をかけた。
「なぁ、そこの…サル?ではないよな」
「…あぁ、あんたも。人って呼んでください。なんですか?」
黒髪の"人間"は声をかけられ非常に不機嫌そうだが、返答はしてくれた。他の人間は基本無視か舌打ち、そそくさと早歩きで立ち去るなど散々なものだったからこの時点でいい収穫だ。
「こいつぁ…どうなってんだ?」
「はぁ…これは『自販機』。お金を入れれば飲み物が出てきます。それじゃ忙しいんで」
黒髪の人間は自販機の下部からお茶を取り出すと、ディノスを一瞥してペットボトルキャップを外し、お茶を飲みながら立ち去っていった。
「ま、待ってくれ……………ま、まあ、『竜も無敗ではなく』だな。そんなときもあるさ」
なお、その凶悪じみた風貌では敬語を使えば逆に怖がらせる結果にしかならないことは目に見えている。しかし、彼が人間の中では比較的親切な方で助かった。
「金を入れれば飲み物が出てくんのか…む?」
財布を取り出して手持ちの金を確認していたディノスだが、自販機の中に金貨、銀貨、銅貨のどれを入れればいいのかわからない。だが幸いなことに。
「ふむ、あの人間の子供がやっているように…銀貨が100、銅貨が10か?水瓶一つで銀貨1.3枚分の価値があるってのかよ。水が不足してんのか?」
もちろん、ディノスの故郷での銀貨と現実世界で扱われている"百円玉"では価値に天と地ほどの差がある。ただ、ディノスが"百円玉"を銀貨と勘違いしてるだけだ。
「今は喉さえ潤ったらなんでもいい。一番安いので…あ、あれ、出てこない」
確かに銀貨一枚と銅貨二枚、入れたのに何も出てこない。ロロフは機械は叩けば治ると言っていたが、いや流石にそれはまずい。
何も出てこない自販機に対して故障を疑い、近くにあったレバーを押したら金は返却されたが結局水を得ることはできなかった。無駄な努力とはまさしくこのことであろう。
途方に暮れたディノスがしょぼしょぼと帰ろうとしたそのとき、
「おい、オマエ」
ディノスが振り返るとそこには勇気を振り絞った人間の子供が三人、少しヤンチャそうだが確かに怯えを隠せていない彼らはディノスに対して指を指した。
「…オレになんか用か?あ、本当に悪いんだが、この自販機とやらの使い方を…」
「出てけ、出ていってくれってんだ」
「…なんだと?」
ディノスは信じられないものを見たかのように目を丸くする。声を荒げて、しかし足を震えさせ続ける。
「オマエみたいなゲームの奴らが彷徨いてたら、みんな迷惑すんだ。だから、出てけっ」
「…」
「ごめんなさい、こいつ…言い方悪くて。みんな嫌がってるんです。怖い人がここらへんを彷徨ってるって。だから、やめてほしいなって…」
「—————そうか。悪かっ、たな。行かせてもらうとしよう」
「あ、ごめんなさい…」
滅びた故郷では英雄。しかし今では、世界に忘れ去られた"ただの世捨て人"の鰐は顔を背け、その場から立ち去っていった。快晴なはずなのにやけにその日は暗く感じた。
この世界は、異世界人…否、"ゲーム世界の民"にやけに辛辣なのだ。現実から目を逸らしていたディノスだったが、今回の件で嫌でもそれを直視することとなった。




