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9.聖女再び

 刃物! と思った時には黒い影は動き出してた。

 

 「あんたさえ来なければ!」


 聞き覚えがある声の主は、凶器を両手で握りしめて翠に向かってまっすぐに突っ込んできた。

 翠はが咄嗟に交わすと行き場を失った凶器はベッドに突き刺さり、暗殺者も同時に倒れ込んだ。その隙を逃さず翠は暗殺者の背中に馬乗りになり凶器ごと腕を掴んで押さえつけた。これでも10年近く武道の経験があるのだ。だが実戦経験はない翠の手は意思に反して震えそうになり、飛び出しそうになる心臓を押さえ込む様に力を込めた。


 「まさかご本人が来るとはね。ミルキオラ様」


 襲ってきたのはまさかの聖女ご本人だった。

 失念していた。ミルキオラは翠を聖女本人だと勘違いしているんだった。

 本物の暗殺者じゃなくてよかった。勘違いで殺されたらたまったもんじゃない。


 ミルキオラは言葉にならない呻き声をあげながら必死に抵抗するが、鍛えたことのない少女の力などたかが知れてる。

 翠は力一杯抑え続けた。

 騎士もメイドも断ったから近くにはいないし、叫んだところで聞こえるとも思えない。近くに縛れる手頃な紐もないし、殴って気絶させるなんて翠にはできない。


 何分そうしていただろうか。

 ベッドにうつ伏せに押さえつけられているミルキオラの抵抗はそう長くは続かなかった。すぐに体力が尽きて握り込んでいたナイフも力無く手放す。

 するとさっきまで呪詛のように「お前のせいだ」「殺してやる」と喚いていたのが嘘のようにぴたりと止んだ。

 翠は手を離すと素早くナイフを部屋の隅に投げた。そしてそのまま隣に倒れ込んだ。

 

 部屋の中に二人の荒い息遣いが響く。

 だが次第にその中に引き攣るような声が混じり、それはやがて泣き声へと変わっていく。

 

 うううぇぇええええっ


 おおよそ淑女らしくない泣き方に、翠は焦りやら怒りやらを通り越して呆れ果てた。

 殺しに来た方が泣いてりゃ世話がない。

 疲れが限界突破した翠は全部がめんどくさくなって、ミルキオラが泣き止むまでそのまま横になる事に決めた。





 チチ、チチチチ・・・・・


 爽やかな朝の風に乗って鳥の囀りが耳に届く。

 柔らかな朝の光に促されて翠は身じろぎした。


 明るい・・・朝・・・朝!?


 「遅刻!」


 翠は弾かれた様に起き上がった。

 そして目の前に広がる光景に思考が停止する。

 広いベットの上で翠は冷静に昨日の出来事を思い出した。

  

 「そっか・・・異世界か」

 

 深いため息と共に、腹の中の黒い感情も吐き出す。

 切り替えていこう。  

 仕事はしなくて良いし、ご飯も作らなくていい。掃除もしなくて良いし、


 「寝坊したっていいー」


 と独りごちながら翠は再びベットに倒れ込む。

 

 「ん・・・」

 「ん?」


 斜め上を見ると、ベッドに嘘みたいに赤い髪の少女が寝ていた。


 嘘でしょ。

 

 翠は自分の神経が理解できない。

 殺しに来た相手と一緒に同じベッドで夜を明かしてしまった・・・。

 しかも同じ様な馬鹿がもう一人いるなんて。


 翠はまたしても弾かれた様に起き上がった。

 その振動で今度こそミルキオラが目を覚ます。


 「ん、あれ・・・・・・」


 目が合う。

 ミルキオラは現状を理解し始めたのか、驚きと困惑と羞恥と怒りとをない混ぜにした百面相を振り広げ、最終的に驚きが勝ったのか赤い唇がワナワナと開かれ大きく息を吸った。やばい。

 

 「イャアアアアア!」

 「どうなさいました翠様!」

 

 翠の起床を待っていたメイドが尋常でない悲鳴を聞きつけて飛び込んできた。

 メイドはミルキオラの姿を認めると血相を変えて駆け寄ってきた。


 「何をしているのですかミルキオラ様!」


 実に優秀な人だ。悲鳴を上げている人物ではなく翠を一番に心配するとは。

 それもそうだ。翠は今羽毛たっぷりの枕でしばかれている。痛くはないけど実に鬱陶しい。


 メイドはすかさず動いた。お見事な手捌きでミルキオラをうつ伏せにして後ろ手に関節を決めている。実にスマートだ。

 その間翠はどこから説明したものかと思案しながら、そう言えばと壁際の床を見る。放り投げられたナイフは昨日と変わらずそこに鎮座していた。

 翠の視線に目敏く気付いたメイドはナイフの存在に気づいて目を釣り上げた。


 「この女」


 ギリっと音がしそうなほど締め付けられたミルキオラはさっきとは変わって痛みで喚いた。


 「いたいいたい! 離しなさい無礼者! 聖女にこんな事をして許されると思ってるの!?」

 「ミルキオラ様、例え聖女であろうと公爵閣下の御客人に手を掛けるおつもりならただではすみませんよ」


 暴れるミルキオラをよく見ると一晩明けたと言うのに服装は昨日会った時と同じままだ。

 よほど追い詰められていたのか、瞼は涙で腫れ上がり、頬も誰かに叩かれたのか腫れていた。


 「翠様ご安心ください。すぐに騎士を呼んで参ります」


 メイドはどこからか長い紐を取り出して、ミルキオラを拘束する。

 

 勘違いだとしてもミルキオラ本人が直接来たことが気になるし、失敗する可能性の方が高いにも関わらず捨て身で実行するなど尋常ではないと思う。昨日の夜大泣きしていたことも含めて気になることは多いが、翠が追求したところでどうにかなることでもないだろう。


 数分もしないうちに数人の騎士が部屋に駆け込んできて、あっと言う間にミルキオラは連れて行かれた。

 

 静まり返った部屋でベッドに寝転がる翠は、ミルキオラに聖女ではないと誤解を解くのを忘れた事に気付いた。

 

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