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7.若さって眩しい

 ごく自然に同じテーブルに付いたヴィンスレット公爵はミラに入れてもらったお茶を飲んで何食わぬ顔でサンドイッチを口に含む。

 その躊躇いのない姿に、まだご飯にありつけてなかったんだと翠は思った。

 無表情は変わらないが、先ほどよりも感情のない目を見て機嫌が悪いのだと察する。


 「大変そうですね」


 人ごとのように言うと、公爵は恨みがましい目を向けてくる。


 「誰のせいだと?」

 「王太子ですよね」


 当然じゃないかと翠は思う。

 公爵は眉間にできたふたつの山をほぐすように額を撫でる。


 「・・・それでどうだ」


 脈絡もなくそう問われて、翠は何についてか分かったがあえて気付かない振りをする。


 「食事を手配してもらってありがとうございました。とても美味しいです。私たちの国は美食の国だったので、ここのご飯が美味しくて安心しました。ね、結衣ちゃん」

 「はい、特にこのワイバーンのお肉すごく美味しかったです」

 

 結衣は素直な笑顔で応える。


 「・・・そうか」


 さっき公爵と別れてから二時間も経っていないというのに、随分と老け込んで帰ってきたように思う。

 国王に報告しに行くと言っていたが、何か問題でもあったのか。

 気にはなるが、でも本当に、翠は本当に面倒ごとには関わりたくないのだ。聖女でもない上に日本にも戻れない現状は翠にとって負担でしかない。今後どうしたらいいのかも正直分からないし考えたくもない。

 でもミルキオラのような存在がいる王城の中心で結依はこれから生活していかなければならない。そう思うと倍ほども年の離れた大人が全てを放り出して逃げ出していいとも思えない。

 この世界に来てからずっと心の中の悪魔が何事か囁いてはいるが、大人としてそれを無視できるほどの責任感は翠にだってあるのだ。


 「公爵様、私はね、少しでも安全に暮らせたらいいと思ってるんですよ」


 誰がとも、何がとも言わない。

 異世界に飛ばされたのが結依じゃなかったら、知らない人間だったら翠はとっととこの場を離れる選択をしただろう。

 だが翠は一度身近に感じてしまった相手を切り捨てる事が難しいたちなのだ。

 こんな押し付けがましい責任感を結依が望んでいる訳でもなければ迷惑とすら思うかも知れないが、それは翠が消えた後好きなだけ罵ってくれればいい。

 結衣が今後少しでも心穏やかに過ごしてくれればと思わずにいられないのだ。


 公爵は翠が言わんとしていることを察したのか黙って次の言葉を待つ。


 「正直な話を聞かせてもらってもいいですか?」


 公爵は紅茶のカップをテーブルに置いた。


 「構わん」

 「聖女がこの国に現れた現状について公爵様や国王陛下はどう思っていますか?」


 喜びなのか、面倒ごとなのか、罪悪感なのか、策略を巡らせるのか。こちらの答えを出す前に相手の全てとは言わずとも本心が知りたいと翠は思う。 


 公爵は翠と結衣の目を見た後、一度目を伏せると何かを決意したように息を吐いた。


 「正直、この国にとって聖女は喉から手が出るほど欲しい存在だ。他国に聖女がいて我が国にはいない現状は非常に苦しかった上に、今まで二百年以上保ってきた均衡がここ数年で崩れ始めている。教会の口車に乗せられたとはいえ、王太子の暴走を頭から否定する事はできない」

 「・・・はい」

 「今回、陛下と私は確かに聖女召喚に否定的だったが、現状聖女はここにいる。そして浄化の力を持っている事も確認できている」

 

 そこまで言って公爵は一度口を閉じた。

 二人の要望は出来るだけ叶えると言った手前、絶対協力して欲しいとは言い辛いだろう。もしかしたら国王から協力してもらうよう説得を命じられたのかも知れない。

 だがそれは仕方のない事だろう。

 ここには貴族制度があって、王が支配する世界。命じられれば従わなければならない。

 だが目の前のヴィンスレット公爵は自分の言葉に責任を持とうとしてくれている。

 それだけで公爵が誠実な人間である事は分かる。

 威圧感半端ないけど。


 苦労性なんだな。と翠は同情的な目を向ける。

 その視線に気付いた公爵の目に力が戻る。翠は目を逸らした。

 

 「要望を叶えると言った言葉に偽りはないが、できれば我が王国に協力して欲しいと思っている。聖女の力があれば瘴気で汚染された土地も甦り、他国の脅威からも民を守る事ができる。毎年の魔獣被害で失う命も格段に減らす事ができるだろう」


 そりゃそうだ。聖女の力があれば全てが好転する。一人の人間の協力で建国以来ずっと王国が悩まされていた問題が解決するのだ。それが手の届く場所にあるのに嘘でも必要ないとは言えないだろう。

 

 「一つ聞きたいんですけど、王国が求めているのは聖女の協力ですか? それとも結衣ちゃんの協力ですか?」


 その言葉に公爵は小さく息を飲んだ。


 大きな役割を与えられると人はその役割でしか人を見れなくなる。その肩にどれだけの重圧がかかっても、その役割の前では些細な事だと思ってしまうものだ。


 結衣ちゃんを一人の少女としてちゃんと認識して、その役割で縛らないであげて欲しい。その役割はここぞという時に自分を奮い立たせる礎であればいい。


 公爵は結衣に向き合った。釣られて結衣も姿勢を正す。


 「ユイ、突然見ず知らずの場所に連れてこられて協力しろなどと、虫のいい話なのは理解している。だが今我が国には其方の協力を必要としている。辛い事も危険な事もあるかも知れない。だが、我々が全力で其方を守ると誓おう。どうか我が国にユイの力を貸してくれないだろうか」


 その言葉と同時に部屋の隅に控えていた騎士やミラが深々と頭を下げた。

 結依はきょとんとした顔の後、パッと笑顔になり、


 「はい。いいですよ」


 あっさり言ってのける結衣に、公爵の顔が初めて崩れた。


 プッ


 思わず吹き出してしまった翠は慌てて口を押さえた。チラリと公爵を見るとすっかり元通りになり、それどころか目をこれでもかと座らせて翠を睨んでいた。

 

 いや、多分結衣ちゃん結構早い段階で腹を括ってたと思いますよ。

 うだうだ考えるより決断する。若さっていいな、と翠は結衣がいっそう眩しく見えた。

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