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6.物語の主人公は別にいた

 「あなたね! 聖女の名を語る詐欺師は!」

 

 と言って赤髪の少女はビシッと翠を指差した。

 

 (何でやねん)


 隣にこんなに可愛くてキラキラした女の子がいると言うのに、私の大度がでかいからか? でかいからなのか? 呆れ顔の翠の前にメイドのミラが音もなく割り込んだ。


 「ミルキオラ様、この部屋はただいま宰相閣下の御命令で入室が制限されております。直ちにお引き取りを」


 ミラは冷静かつ厳しい口調で言った。


 「何ですって!」


 と言ったところでミルキオラはミラの姿を認めると、一瞬困惑した後徐々に嘲る様に口を歪めた。

 

 「あなた、まさかミラリオ? あなたがそんな格好をするなんてどう言う心境の変化? まるで女装じゃない」


 あからさまに侮蔑した言葉をなおもミルキオラは続ける。


 「2年前の学園の卒業パーティー、忘れもしないわ。ずっと男だと思ってたあなたが突然ドレスなんか着て現れたものだから、会場は悲鳴の渦よ。その上あなたの婚約者になんて言われたんでしたっけ?『気持ち悪い』だったかしら。まあそうよね、何の疑いもなく男だと思ってた婚約者が実は女だったなんて、恥もいいところよね」


 ミルキオラの言葉を黙って受け入れるミラの手は強く握りしめられている。

 結依は突然始まった暴露話にオロオロしている。

 

 「ミルキオラ様、お引き取りを」


 それでも勤めて冷静な口調で体質を促すミラに、ミルキオラはゆったりとした動作で近付いてくる。

 そしてミラの前まで来ると徐に手を振るった。

 パシッと乾いた音がして、翠はミラが殴られた事に気付いた。


 「なっ」

 

 立ち上がった翠をミラは手で制す。

 

 「女装騎士風情が私に命令するんじゃないわよ。男として育てられたくせに家督も継がせてもらえなかった出来損ないのくせに。あなたは精々汗水垂らして魔獣と戦ってなさい。今となってはそれしかあなたに価値はないんだから」


 ミラはそれでも姿勢を崩さない。毅然と背筋を伸ばしてミルキオラを見据えた。


 「ええ、私は確かに男としても女としても役割を果たせなかった出来損ないです。ですが此度、本物の聖女様がご降臨されました」


 ミラがそう言うと、ミルキオラはこれでもかと眉を釣り上げ、歪みそうになる唇を必死に押さえ込んで言った。

 

 「何が言いたいの?」

 「今後聖女としての役目を果たせず出来損ないとなるのはどなたでしょうね」


 翠が口笛を吹けたならミラの啖呵に口笛を贈っているところだ。

 だが言われた側のミルキオラの顔は真っ赤に燃え上がった。ギリっと口を歪ませて怒りを露わにする。

 

 「何ですって? こんな年増の女が聖女な訳ないじゃない! 馬鹿にしてるの!? ここに来て確信したわ。聖女召喚は失敗よ失敗!」


 何でさっきからミルキオラが翠を聖女だと勘違いしているのかは分からないが、これは好都合だ。 

 翠は勤めて気弱な表情を作り、相手を刺激しないようにする。

 こんな攻撃的な人物を今は結衣に近付けたくない。勘違いしてるなら勘違いしたままお引き取りいただこう。結衣は先ほどから名乗り出た方がいいのだろうかとそわそわしているが、翠は結衣が動き出さないように手を握る。


 そこでタイミング良く騎士が息を切らして入室してきた。


 「失礼します。すぐに宰相閣下がお見えになります」


 その言葉を聞いてミラは一歩踏み出して再度言い放つ。

 

 「お引き取りを」


 すると流石に宰相の力は強いのか、ミルキオラが悔しそうな顔をした。


 「あなたも覚えてなさい! 聖女への、いえモンテス伯爵家へのあるまじき暴言、ちゃんとお父様に言いつけておきますからね!」


 ふんっ、とでも言うようにミルキオラは真っ赤な髪を翻した。そこにヴィンスレット公爵が姿を現す。その姿を見て一瞬驚いたようにミルキオラは足を止めたが、そのまま挨拶もなく乱暴な足取りで部屋を出ていった。

 静寂が辺りを包む。

 公爵はミラと立ち上がったままの翠を一瞥して、ゆっくりとした動作で部屋の中に入ってくる。

 そしてそのままテーブルの空いた席に座る。

 

 「よく押し留めたなミラ」

 「仕事をしたまでですので」


 公爵にそう言われてミラは先ほどの騎士然とした様子をやめて、淑女らしくお辞儀をした。

 結依はそんなミラに近付いてミルキオラに叩かれた頬に触れた。


 「大丈夫ですか? ごめんなさい私のせいで」

 「お気になさらず。ユイ様の所為ではありませんし、こんなものは怪我にも入りませんので」

 「でも・・・」


 ミラが心配でそばを離れない結衣に公爵はあっさりと言う。


 「気にする事はない。ミラは騎士であり、今後ユイの護衛としてそばにつく事になる」

 「護衛ですか?」


 結衣が見るとミラは会釈して応える。


 「隠しても仕方がないので言うが、さっきのような輩が今後もっと増えてくるだろう」

 「それは、本物の聖女を歓迎していない人たちと言う事ですか?」


 翠が言うと公爵は鷹揚に頷く。


 「そうだ。聖女の話はミラから聞いたか?」

 「聞きました」

 「さっきのがそれだ。彼女の名前はミルキオラ・モンテス。王国の現聖女であり、王太子の従兄妹にあたる人物だ」


 やっぱり。と翠は遠い目になる。あの目の覚めるような赤い髪に勝気そうな目。我儘そうな喋り方まで王太子にそっくりだ。

 

 「随分怒ってましたけど」


 理由はお察しだが。


 「モンテス伯爵家は長年聖女を輩出し続け、そのプライドの高さと欲の深さは天地も突き抜ける勢いだ。なまじ権力がある分全てを片付けるには時間が掛かるが、今まで散々好き放題していた家だからな、叩かなくても埃は嫌と言うほど出てくる。これを機に王国の内情も少しは風通しが良くなるだろう」


 だからお父様に言いつけてやるだったのかと納得する。

 全てを片付けるって一体何をどこまで、と思ったが翠はこれ以上聞くのをやめた。

 ものすごくめんどくさそうだ。


 「ならミラさんは適任ですね」

 「そうだ。ミラは貴族の娘であり数少ない女性騎士でもある。それに実力は折り紙つきだ。この部屋にいる誰よりも強いと言えるだろう」


 そう言うと先ほどの騒ぎに乗じて部屋に流れ込んできた騎士たちが気まずそうな顔をする。


 「すごい、まるで物語の主人公みたいですね」


 結衣がキラキラとした目で言う。

 確かに凄い。

 今の騒ぎで何が一番気になったって、ミラさんの生い立ちだと翠は思った。

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