5.嫌な感ほどよく当たる
現在夕方の四時を少し回ったところだ。
どうやら日本とこちらの世界の時間は違う様で、日本で召喚されたのが夜の十時過ぎだったのに対し、こちらにきた時は正午だった。
ヴィンスレット公爵も昼食にありつこうとしたところ、聖女召喚を聞きつけて食べ損ねていたのだとか。
公爵も一緒に食事をするのかと思ったが、国王に報告があるとかで今はいない。
国王への謁見も明日になるらしい。
目の前には軽めだが色とりどりの料理が並べられている。
サンドイッチにスコーン、ジャムやクッキー、暖かいスープやグラタンもある。
二人ではとても食べきれない量が次々と運び込まれ、その度に結依と翠は目を輝かせた。
翠のためにワインもある。
「すごく美味しそうですね翠さん!」
ここにきてようやく結衣の顔に心からの笑顔が浮かんだ。
やはり日本人、美味しそうな食事の前では表情も緩むというもの。
これで出てきたのが塩気だけの不味いスープと硬いパンとかだったらまたキレてるところだ。
壁際に控えているメイド達も結依の笑顔を見て表情を和らげていた。王太子の印象が悪すぎてこの国の人たちにいい印象がなかったが、公爵含め先ほどから世話を焼いてくれるメイド達は皆親切で礼儀正しい。王太子の様に翠を異物だと邪険にしたりしない。
しかし召喚された聖女と面会するのが公爵一人と言うのもおかしな話だが、こちらを怯えさせない様にしてくれたのだろうか。いや、公爵一人でも威圧が十人分だったからそうとは言い切れない。単に人手が出払っていたと言うことも考えられる。
召喚の儀は夜明けから行われていたらしく神官や魔術師達は六時間も召喚の間に篭りきりだったのだとか。
今は王城の一室にいるが、召喚の儀は王都南部にある神殿の地下で行われたらしく、正午になっても王太子の姿が見られないことで王城はちょっとした騒ぎになっていたそうだ。
「翠さんこのサンドイッチ美味しいですよ。食べたことない肉が挟まってます」
小さめのサンドイッチを一口食べて、中身が気になったのか開いている。
行儀が悪いからやめなさい。と思ったが今後教育係が付いて誰かが丁寧に指導してくれるだろうから黙っておく。
「このお肉って何の肉なんですか?」
配膳するため近くに控えてるメイドのミラさんに聞いてみる。
ミラさんは金髪を引っ詰め団子に纏めて、碧眼を分厚い眼鏡で覆って控えめな印象を受けるが、隠しきれないモデル体型も相まってかなりの美人さんだと分かる。
エプロンドレスを着ていることから高位のメイドの様だ。王城勤めと言うことはもしかしたら貴族なのかもしれない。
「この肉はグレイトボアを燻製にしたものです」
「グレイトボア・・・」
「ちなみにこちらのローストされたお肉はワイバーンのものでございます」
「「ワイバーン」」
結依と翠の声が重なる。
ワイバーンって確か小さい竜みたいなやつですよね、と言いながら結依はワイバーンのロースト肉に手を伸ばす。皿に添えられたソースをたっぷりとつけて口に放り込んだ。
物怖じしない実に好奇心旺盛な結衣だ。
「んん〜〜」
言葉もなく身悶えする結衣に翠も期待感を膨らませて肉を口に入れる。
噛んだ瞬間に広がる肉汁。臭みは無いけど濃い肉の味がして噛めば噛むほど旨味が溢れ出てくる。酸味と香辛料の効いたソースがまたよく合う!翠はすかさずグイッとワインを流し込んだ。
「すごくおいしいです。ワイバーンやグレートボアは希少な食材なんですか?」
ミラは眼鏡を中指で押仕上げて答える。
「グレートボアは凶暴な獣ではありますが、生息域も広く平民でも複数人でかかれば討伐することもできので比較的流通しやすいと言えます。ですがワイバーンは主に北の山岳地帯に生息していて、遭遇する機会も少なく一体討伐するにも騎士が20人は必要だと言われています」
「へえーすごく貴重なお肉なんですね」
結依は口を動かしながらしみじみと感心している。
翠は王族や騎士がいる世界、本当に違う場所に来たんだなと改めて実感する。
異世界と言うことは定番のあの組織もあるのだろうか、と翠はミラに聞く。
「この国には冒険者っていないんですか?」
「冒険者、ですか? それはどの様なことを生業にした方かお伺いしてもよろしいでしょうか」
もしかしていないのか、と若干残念な気持ちを抱きながら翠は自分が知っている小説の中の冒険者と言う職業を思い出してみる。
「そうですね、魔物の討伐や素材採取、盗賊狩りや遺跡探索とかを依頼として請け負い報酬をもらう人達ですかね」
ミラは何か納得したように何度か頷いた。
「冒険者と言う呼称ではありませんが、探索者と呼ばれる者達がそれに該当すると思います」
「探索者ですか」
「はい、先ほどミドリ様が仰られた内容に加え商人などの護衛も担って国を行き来する人が多いイメージですね。ですが探索者の本拠地はケルト帝国で、我が国は支部の様なものがある程度で帝国ほどの大きな活動はありません」
「そうなんですか。私のイメージする冒険者は辺境の村が魔獣に襲われた時に依頼を受けて討伐しに行くイメージですけど、この国は辺境とかにそれほどの脅威が少ないってことですか?」
その問いにミラは首を振る。
「いえ、ご存知の通り我が国には長年聖女様がいらっしゃいませんでした。正確には聖女はいるのですが浄化の力は使えませんので、王国は他国より魔獣も凶暴でより被害を受けやすい環境にあります」
「じゃあこの国を守っているのは騎士だけですか?」
「はい。我が王国には十の騎士団があり、各領地に駐屯して魔獣の被害から民を守っております。我が騎士団は他国より凶暴化した魔獣を相手にしているため、その強さは他国から恐れられているのですよ」
どこか誇らし気にミラは言う。
騎士は余程名誉な職業なのだろう。
「さっきの話で気になったんですけど、この国には聖女様がいるんですか?」
公爵の話では聖女はずいぶん昔に現れなくなったと言っていたはずだが。
「はい。ですがそれは王国が聖女不在なために浄化魔法が扱えないと思われてしまっては他国からの脅威が増すことになるので、対外的には聖女はご健在であるが力が弱りつつある。と言う定をして聖女の振りをしているに過ぎません」
騎士団の話の時とは打って変わってミラは若干声を尖らせて言う。
と言うことは今の聖女は外交的な意味合いが強いと言うことか。
聖女が現れなくなって二百年、その間聖女の役割を担ってきた人たちがいるということだ。
「面倒な勢力に育ってないといいけど」
「何ですか? 翠さん」
「何でもないよ」
ま、聖女云々に関わるつもりのない私には関係のないことだ。その辺は公爵様が何とかするだろう。
翠はスープが冷めてしまってはもったいないと手を伸ばしたところで、
ガシャン!
部屋の外で何かが割れる音がする。
翠はスープに伸ばした手を止めて、結依は口にフォークを突っ込んだまま音の方に振り向いた。
外の騒ぎは徐々に激しさを増していく。
少女の金切り声とそれを止める人たちの攻防。
通しなさい!この部屋にいるんでしょ! なんて声が聞こえる。
ここはお通しできませんミルキオラ様。なんて声も聞こえる。
『聖女なんて認めない! この国の聖女は私ただ一人よ!』
バン! と力強い音を立てて現れた少女は、燃える様な赤い髪に真っ白なドレスを身に纏い、とても気の強そうな目をしていた。
誰かと似ていると思うのは私だけだろうか、と翠は半目になる。
この国の誇るべき騎士も、この面倒を止めることはできないらしい。
やっぱり関わらない方がいい、と翠は深く思うのであった。




