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3.聖女とはなんぞや

 「ゆ、誘拐犯だと? 何故そうなる。俺は文献の通りに・・・」

 

 流石にここまで言い返されると思っていなかったのか、狼狽えた王太子がもごもごしていると、応接室の扉がノックされた。

 入ってきたのはいかにも執事然とした老紳士。

 

 「お話中失礼致します。オズワルド王太子殿下、国王陛下がお呼びです」


 端的に、しかし確かな強制力を感じさせる声だ。

 王太子もそう感じた様で、一瞬喉を詰まらせたが、「分かった」と言って部屋を後にした。

 老紳士が一礼して応接室の扉は再び閉じられた。


 何とも言えない沈黙が流れる。

 

 「あの、翠さん」


 結衣が遠慮がちに呼ぶと、翠はさっきまでの感情の昂りが嘘の様に引いていくのが分かった。


 「どうしたの? 結衣ちゃん」

 

 翠が表情を緩めて聞くと、結依は何やら言いにくそうな、だがどこか労わるような目で言った。


 「ありがとうございます翠さん。私はもう大丈夫です。落ち着きましたから」


 そう言って結依は翠の手にそっと自分の手を重ねた。

 そこでようやく気付いた。いつの間にか翠が結依の手を力一杯握りしめていた事に。


 「ごめん結衣ちゃん。痛かったよね、私握力強いから」

 

 翠は慌てて手を離したが、結衣が素早くその手を取って再びそっと包み込む。


 「いえ、翠さんの力強さでとても安心しました」


 そう言って微笑む結依は確かに聖女なのかも知れない。こっちの世界に来てから結依がますます輝いて見える。物理的に。

 でも、ほんと


 「かわいいなー」


 ボソリと言った言葉は結依には聞こえ辛かったようで、小首を傾げている。

 その姿に安心して、翠はようやく肩の力が抜ける気がした。

 自分が思っている以上に気を張っていたようだ。


 「こちらこそありがとう、結衣ちゃん」

 

 結依はきょとんとした顔をしたあと「いいえ」と笑顔で答えた。

 まだ日本にいた頃の溌剌さは無いが、少しでも笑顔が出て良かった。


 「話をさせて貰っても良いか」


 声をした方を見ると、先ほどまで優雅に紅茶を煽っていた公爵が、翠と結依の前に立っていた。

 何事かと身構えたが、公爵はその場で深々と頭を下げた。


 「まずは謝罪させてくれ。此度の件は誘拐犯と罵られてもおかしくない事態である事は理解している。二人に対する王太子の件も含めて、王太子の行動を把握できなかった私にも非がある。すまなかった。責められる事はもとより、できるだけの要望は叶えよう」

 

 翠は素直に驚いた。貴族って謝らないものなのかと思っていた。先ほどまでの王太子やそれに群がる貴族や教会の人間は決して翠にも結衣にも謝らなかった。自分たちの成功と今後の憂いが解消する事ばかりに喜んで、こちらの不安や怒りには見向きもしなかった。

 そもそも間違いを犯したとは思っていないのだろうが。


 「確かに王太子殿下は誘拐犯ではありますが、私も言い過ぎました。ひとつ確認なんですけど、

 ・・・不敬罪で裁かれたりとか無いですよね」


 冷静に考えてさっきまでの翠は一国の王子に対する礼儀をかなぐり捨てていた自覚はある。

 だが公爵が黙認していたため問題ないとは思っているが、一応確認しておかなければ安心できない。

 しかしそう問われた公爵は顔を上げるが答えない。


 え、ほんとに大丈夫だよね。


 若干焦り出す翠に隣の結衣が不安気に寄り添ってくるから余計に心配になる。

 公爵はたっぷりと時間をかけて答えた。


 「問題ない。王太子が何を言ってこようと気にするな」


 なんの間なの?

 無駄に不安にさせるんじゃないよ。


 じとり、と翠が見るが公爵は翠には目もくれずソファに座り直した。


 「ユイと言ったか。其方も王太子が何か面倒な事を言ってきたら遠慮なく私に言う様に。なんなら先ほどの様に無礼千万に罵っても不問に伏すから安心する様に」


 無礼千万って言ってるじゃん。


 「あ、はい! ありがとうございます・・・公爵様?」


 首をこてんと傾ける結依に何かを察した公爵は背筋を正した。


 「失礼した。私はこの国、アヴァーレン王国の宰相兼公爵位を賜っているイライアス・ヴィンスレットだ。公爵でも宰相でも、どちらでも好きなように呼んで構わない」

 「はい、公爵様。私は柴田結依です。結依と呼んでください」

 「私は篠崎翠です」

 

 お呼びではないかもしれないが、翠も一応名乗っておく。すると公爵は深い緑色の目を細めて翠に言った。


 「其方は私をなんと呼ぶのだ? ミドリ」

 

 その瞬間ブワっと顔に熱が集中した。全身が心臓になったような感覚に襲われる。

 翠は今まで誰に対してもこれほど動揺したことなんてないのに、公爵の一言で動揺する理由が分からなかった。


 それになんかさっきから私にだけ含みがあるような・・・


 翠は全集中で無愛想を顔面に貼り付けて言った。


 「公爵様と呼ばせていただきます」


 若干のほほ笑みを載せて、翠は勤めて冷静に言う。焦りが顔に出ないタイプでよかったと心底思う。

 またもや公爵は感情の読めない顔で翠を見ると、話を進めるべく切り出した。

 

 「そうか。それで今後の事だが、どするか決める前にまずは聖女について話したほうがいいだろう」

 「お願いします」

 

 結衣は背筋を伸ばして聞く姿勢になる。翠は紅茶に手を伸ばす。


 「現在この大陸には4つの国が存在するが、アヴァーレン王国以外の全ての国に聖女と呼ばれる存在がいる。その主な役割は自然発生した魔素溜まりから発生する瘴気の浄化と重度の病気や怪我の治癒、そして様々な慈善活動がある。この中でもっとも重要なのが瘴気の浄化だ」


 翠は挙手をしてき尋ねる。


 「はい、なぜこの国だけ聖女がいないんですか」

 「それについては、聖女はどの様にして生まれるのかと言う話になるが、主に聖女は精霊に愛された人のことを指す。瘴気の浄化には聖魔法が必要であり、その聖魔法を扱うには精霊の加護が必要なのだ。しかしこの国に聖女が存在したのは建国した200年前まで遡る。以来聖女は一度も現れていない」

 

 曰く、現在アヴァーレン王国と呼ばれるこの国はもともとはアルドリア聖国と呼ばれており、聖女が王に君臨する国だった。

 アルドリア聖国のとある村に生まれた勇者アンドリュースは、後に王配となる筈であったが、若い青年だったアンリュースは偶然出会った美しい精霊に恋をいてしまう。勇者アンドリュースと精霊はその中を深めていったが、もともと力の弱かったその精霊は人間との関わりを深めるにあたってその生命力を使い果たしてしまった。

 まずかったのは、その精霊が月の女神ルナルディアの愛し子だったと言うことだ。

 怒った女神ルナルディアは消えそうなほど弱り果てた愛し子をアンドリュースから引き離した。

 だがそれに怒った勇者アンドリュースは、あらゆる手段を使ってまで精霊を見つけ出し、あろう事かその存在を世界から隠した。

 そして勇者アンドリュースは隠した精霊を奪われない様に、アヴァーレン王国を建国した。アルドリア聖国の女王であり大聖女であったハルミナはアンドリュースの妻となり、聖女としての役割を果たした。

 しかし、建国当初は扱えていた聖女の力も、年を経るごとに徐々にその力を弱めていった。月の女神の怒りを買ったアヴァーレン王国から、徐々に精霊が姿を消していったのだ。

 そして建国から30年を迎える頃には王国の領土から精霊は完全に姿を消した。

 精霊が消えた土地で精霊の加護を得られなくなったかつての聖女たちは役割を果たせなくなり、と同時に聖女という存在が現れなくなってしまったとさ。


 めでたしめでたし。


 なわけねーだろ。

 いろいろ突っ込ませろ。


 神様の怒りを買ってましたとさ。

 

 

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