17.お前が言うな
カラーン、カラーンと外から大きな鐘の音がする。
「そろそろだね」
澄んだ鐘の音を聞いたバルトナー師団長は徐に席を立った。
「君に少し手伝ってもらいたい事がある」
そう言って返事も聞かずに歩き出した。
モーゼの様に人垣を割るその人物を無視して座り続ける勇気は翠にはない。
翠が立ち上がると当然レナはそれに続き、何故かノランもついてくる。
翠はノランに「どこに連れて行かれるの?」と聞くが、ノランも分からないと首を振る。ならば何故ついて来るのだろうか。
バルトナー師団長は迷いのない足取りで中庭を抜け、城へと向かう。
翠は慌てて言った。
「あの、私国王様には会いませんよ」
「国王に会いに行くのではないよ。それよりもっと重要な場所だ」
不敬極まりない発言だが、これはこの人の思想からか性格からなのか。ノランは諦めているとでも言いたげに苦笑いをしている。
どうやらもともと失礼な性格の様だ。
てっきり王城に向かっていると思ったが、バルトナー師団長は城の横を通り抜け、さらに裏手にある大きな庭園のさらに奥に向かう。
随分と歩かされてたどり着いた場所は小さな温室だった。
庭園の奥の森になっている場所のまださらに奥、隠される様に存在したそれは、随分長い間人の手が入っていない様に見えた。
温室のガラスは曇り、ひび割れている部分すらある。
「ここはね、我が王国の初代聖女様が建てた温室だよ」
翠の後ろで誰かが息を呑む音がする。
「初代聖女様が建てたものにしては随分・・・ 」
寂れている。荒らされていると言っても過言ではない有り様だ。
バルトナー師団長は翠の言いたいことが分かったようで、肯定するように頷いた。
「二十年前に王国である騒動が起きてね、以来誰も立ち入らない忌み場になってしまったのだよ」
「二十年前・・・」
呟いたレナを見てバルトナー師団長は何かを思い出す様に目をすがめた。
「あれは王国の根幹を揺るがす出来事だったね」
バルトナー師団長は温室に向き直って古びた扉を押すと、キィと言う音と共に抵抗もなく開いた。
一歩踏み入ると、中から枯れた草の匂いと乾燥した空気。そこは温室としての役割を果たしてはいなかった。
「随分様変わりしてしまったね」
懐かしそうに言いながらバルトナー師団長は温室の真ん中にある枯れた噴水の前に立った。優勝カップの様な形の噴水の中には土埃と枯葉が落ちていた。
「ノラン、これを横にずらしてくれ」
「その前に閣下、何故ミドリをここへ? ここの管理者は承知しているのですか?」
先程まで陽気な風体だったノランが、いつの間にか警戒心剥き出しの表情でバルトナー師団長に言った。
「もちろんだとも。こうして許可は取ってあるよ」
そう言ってバルトナー師団長は懐から小さな金の鍵を取り出した。それを見たノランは一瞬驚いた様子から、鍵が本物だと知るとまだ何か言いたそうではあったが一歩下がった。
「ミドリ君に関してはそうだね、来れば分かる。とだけ言っておこう」
人を食った様な笑みを浮かべてバルトナー師団長は言うが、翠は本人の前で本人の分からない話をするのは失礼ではないだろうかと思う。
「私も何でここに連れてこられたか知りたいんですけど」
「ミドリ君、君は初代聖女様の話は聞いたかい?」
話を逸らさないでほしいと翠は思う。
だが素直な翠は質問されたことに関して思いを馳せる。しかしあまりピンときていない翠にレナの補足が入った。
「初代聖女様は、アヴァーレン王国を建国したアンドリュース王の妃となった方です」
「ああ、たしか浮気した上に女神の怒りを買った人の」
「おい」
ノランが咎めるが、翠には不思議でならない。何で王座を降りてまでそんな男の妻となったのか。
夫となる筈だった男が愛して隠した精霊を守るために、自分の王という身分と聖女の力を失う羽目になるなんて、どれだけお人好しならそんな悲劇が起こりうるんだ。
「確かに歴史をかいつまんで言うととんでもない王様だね。だが間違ってはいない。以来我が王国は神の不況を買っていると言える」
「閣下」
「本当のことだ。しかし初代聖女は誰よりも国に、いや世界に尽くしていたと言っても過言ではないだろう」
「世界に?」
「まあ、そう思っているのは残念ながら極々少数だがね」
悲しいことに、と言ってバルトナー師団長はノランに早く噴水をのけるようジェスチャーする。
ノランが力を込めると噴水はズズズズと重い音を出しながらゆっくりと動いた。
するとその下から地下に続く階段が現れた。
「閣下っ、ここの存在は私も伝えられておりません」
レナが焦った様に言った。
「レナ君は知らされていなかったか、まあ無理もない。ここは無意味な場所となってしまったし奴にとっても忌み場だろうからね」
バルトナー師団長が言うと、レナは何か思い当たる節があるのか深く黙り込んでしまった。
もう自分に関わりのない話は自分以外の身内で話し合っといてくださいと翠は思う。なのでこちらの世界にやってきてから気になっていたことを聞いてみる。
「一つ聞いていいですか」
翠が尋ねるとバルトナー師団長は快く頷いた。
「何だね」
「この世界では、神様は実在するんですか?」
翠の質問にバルトナー師団長はパチクリと瞬きをして聞き返した。
「と言うと?」
「私がいた国では神様は思想みたいなもので、私たちに直接影響を与える存在ではなかったので」
翠の考えでは神様は自分を律するためのもの。神様が宿るから大切に扱おう。神様が宿るから言葉に気をつけよう。ルールを守るのだって人に親切にするのだってそうだ。全ての前提ががそうだとは言わないが、少なからず身体に染み付いているものだと思う。
だから神に嫌われたから苦境に立たされると言う現象が不思議でならない。
「なるほど、それは随分羨ましい世界だね」
「閣下」
「さっきからうるさいぞノラン。今更私たちが何か言ったところで神は何も聞いちゃいない」
「・・・そうかも知れませんが」
ノランはどこか痛ましそうに目を伏せた。
「しかしそうは言っても残念ながらこの世界では、神は大いなる力を持って私たち人間を御導き下さっているのだよ」
実に皮肉めいた言い方だ。
ノランはなにやら疲れた様子で聞いている。本当何でついて来たんだ。
「御導きですか」
「そうだよ。だからミドリ、君も十分に気をつける様に」
そのまじめ腐った顔に、貴方が大丈夫なら私も大丈夫だと思う、と翠は思った。




