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16.魔法師団長





 

 濡れ羽色の髪、シルバーの丸渕メガネの奥の瞳は絶えず笑みを浮かべている。薄い唇もそれに倣う様に笑みを携えているが、全体的な印象を総合するとたった一言、胡散臭い。

 人を品定めする様な不躾な視線を隠そうともいない。誰もが自分に従う事を前提とした態度、まさしく貴族と呼ばれる存在そのものの様に翠は感じた。


 「ミドリ様、貴女はユイ聖女と一緒に国王に謁見しに行かなくてよろしかったのか?」


 その口から放たれる不自然極まりな敬語に翠は寒気を覚えた。


 「私は聖女ではありませんし、いずれここを去る予定ですので。それとバルトナー魔法師団長様、私に敬語など使わないでください。名前も同様に」

 「では君も私をヒューベルと、なんならヒューでも構わないよ」


 冗談か本気か分からない笑顔だ。

 

 「恐れ多いのでバルトナー師団長と呼ばせていただきます」

 「そう? まぁ呼びたくなったら呼んでくれ。君には許可しておこう」


 どよっと食堂の外からどよめきが起こる。ノランの方を見てみると信じられなとばかりに目と口がだらしなく開いていた。

 翠はそんな許可必要ありません、と言いたいが言える雰囲気ではないので「ありがとうございます」と言っておく。


 なんとも言えない空気の中、いつの間にかお茶を用意しに行っていたレナがワゴンを押して食堂に戻って来る。

 翠の斜め向かいに座るバルトナー師団長と翠の前に湯気の立ったお茶が注がれた。


 「レナ君、君のお茶をこうして飲む事になるとは思わなかったよ」

 「恐れ入ります」

 「うん、喜んではいないのだがね」


 その瞬間重くピリついた空気が辺りを支配する。外にいる人たちの息を呑む音が聞こえる気がした。

 

 「申し訳ありません」

 「謝るくらいなら一刻も早く自分居場所に戻る事だ。そろそろ自分の役割を自覚しなさい」


 笑顔なのに抑揚のない声は人を萎縮させるには十分なようだ。その場は凍り付き、レナの表情も硬く強張っているように見える。


 「下がりなさい」

 「失礼致します」


 レナが壁際に立ち、バルトナー師団長がお茶を啜るとようやく場の空気が和らいだ。

 この騎士宿舎に来てからレナや周りの様子がおかしいのは分かっていたが、師団長のような高位の人物にまで気に掛けられているとなると、レナ自身も相当身分の高い人物なのかも知れない。

 そんなレナが聖女でもない一般人についていたらそりゃ宝の持ち腐れだわと翠も思う。

 まあ翠がいなくなれば解決する事だ。


 「バルトナー師団長はどうしてこちらに?」


 今頃結依は国王陛下に会いに行っているはずだ。アヴァーレン王国が待ちに待った聖女との顔合わせに、国王陛下のみならずあらゆる貴族や権力者が集うと思っていたが。

 翠が問うとバルトナー師団長はぐっと笑みをふかめた。


 「君に会いに来たのだよ」

 「私にですか?」


 バルトナー師団長はゆっくりと頷く。そして食卓の上の瓶を見つけて目を瞬かせた。


 「おや? もう半分も食べたのかい?」

 

 バルトナー師団長は半分に減ったフィゴジャムの瓶を持ち上げて、信じられないものを見るように翠を見た。非常に不愉快なので翠はノランに押しつける事にする。


 「ノランさんが」


 翠が言うと、魔法師団長は声を上げて笑った。笑い声がまるで悪魔だと思ったが、そう感じてるのは翠だけじゃない様だ。屋外の騎士たちの背筋がグングンと伸びていく。

 

 「ノラン、味はどうだったかね」

 「ハッ、苦味が強すぎて目眩を覚えました」

 「そうだろう。私も初めて口にした時のあの衝撃は忘れられないね」

 「ミドリは美味しいと言っていました」

  

 ノランが言うとバルトナー師団長は笑顔のまま固まった。翠はなんで言うんだとノランを睨む。


 「美味しい・・・」


 するとバルトナー師団長はさっきよりも激しく、発作でも起こすんじゃないかと思うほど笑った。誰もいなかったら床を転げ回っているんじゃないだろうか。

 途中ゲホッとかオエッとかいって苦しそうだが誰も近寄ろうとはしない。むしろますます後退りしていっている。

 やめろ私を置いていくなと翠は思う。


 数分後、一通り笑い終わったバルトナー師団長はまじめ腐った顔で一言。


 「それは良かった」


 ゾワリと翠の背に悪寒が走った。

 だがこの様子、フィゴジャムを作ったのはバルトナー師団長で間違いないようだ。できれば製造方法を知りたいが、これ以上喋ると藪に足を突っ混みそうで翠は口を開くか躊躇った。


 「ところでミドリ君、今朝君を襲った元聖女の処遇だが、しばらくの間遠方勤務になりそうだ」


 突然の話題変換に翠の思考は一瞬停止する。その後「ああ」と頬を腫らした赤い髪の少女を思い浮かべた。


 「遠方勤務ですか?」

 「不服かい?」

 「いえ、大した被害は受けていないで後のことはお任せしますけど、遠方勤務がどう言ったものか分からないので」


 そう言うとバルトナー師団長は器用に片眉を上げる。


 「意外だね」

 「意外、ですか」


 意外と言う言葉はある程度知った仲で発せられるセリフだと翠は思う。

 

 「いや、こちらの話だ。そうだねえ、遠方勤務は辺境の魔獣被害が多発している土地で怪我をした騎士や村人を治癒することだね」 

 「確かこの国は地方にも騎士が駐屯しているとミラが言ってましたね。強い魔物が出るとも言ってたのでそんなところで活動するとなるといろいろ大変そうですね。ミルキオラ聖女は治癒魔法?が使えるんですか?」

 「あれでも一応元聖女だ。この国で一番の治癒魔法の使い手と言えるだろう」

 「国で一番なんですか、それにしては・・・」

 「嫌われている、かい?」


 なんとも言い難いことをはっきりと言う人だ。翠も人のことは言えないが。だが実際ミルキオラに対するメイドや騎士の態度は、初めて見る翠からしても良いとは言えない。積極的に関わろうとはしないし、蔑視してるようでいて怯えてるようにも見えた。


 「そこまでは知りませんけど、聖女の話をする時のみんなの口調が少しきつい気はしましたね」

 「仕方のない事だ。金にならないからと治癒魔法を使い渋って死んだ騎士が何人もいるからね」


 なんとまあ、と翠が呆れていると、バルトナー師団長は変わらぬ口調で言った。

 

 「今までで十分過ぎる程力を蓄えただろう。これからは戦地で存分に放出してもらおうではないか」


 その笑顔はまるで悪魔のようだと翠は思った。


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