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15.悪魔降臨





 

 「なんてもん食わせやがんだ!」

 

 怒り心頭で戻ってきたノランは全身びしょ濡れだった。よほどなりふり構わない心境だったらしい。

 騒ぎに釣られて騎士たちがちらほらを食堂に戻ってくるが、やはり遠巻きに見ているだけで翠は首を傾げる。


 「おい聞いてるのか!」


 ノランが鬱陶しそうに髪を上げる様を見て翠は、


 「水も滴るいい男ですね」


 と言うとノランは大きく溜め息をついて、ドカリと元いた席に座り直した。


 「で? これは何なんだ」


 人がいいノランはフィゴジャムの瓶を光に翳しながら忌々しげに言う。


 「フィゴの実で作ったジャムだそうです」

 「フィゴの実!?」


 ノランはその用途と先ほどの苦味を思い出してうげっと舌を出した。


 「何だってそんなもんをジャムなんかにするんだよ、って言うかミドリお前これ食って何ともないのか?」

 「そうみたいです・・・何ならむしろ美味しいと言うか」


 人外を見るような目を向けないで頂きたいと翠は思う。


 「これが美味しいねぇ」

 

 ノランはしばし考えた後、


 「よし、ちょっとあいつらにも食わせてみるか」

 

 と遠巻きにする騎士たちの方を見た。


 「いいですね」

 「よくありません!」


 レナが怒った。

 翠もこれ以上は無差別に毒を食べさせるヤバい奴にされそうだからやめておこうと考えを改める。

 レナに言ったらそう言うことじゃありません、とガチのトーンで返された。なのでごめんなさいと素直に謝っておく。

 

 「やっぱり料理人のノランさんでもフィゴジャムは作ったこと無いですか」

 「当たり前だ。そもそも人間が食うもんじゃねえ」

 「やっぱり苦かったですか」

 「苦いなんてもんじゃねえよ。あまりの衝撃に背中の神経持っていかれるかと思ったわ。二度と人に食わすんじゃねえぞ」


 さっき他の騎士に食べさせようとしていた人の言葉とは思えないな。と翠がジト目を向けるとノランは素知らぬ風に目を逸らした。


 「で、ミドリはこれを誰から貰ったんだ?」


 ノランに問われて、翠は答えていいものかと迷っていると、隣のレナが躊躇いなく答える。


 「ヴィンスレット公爵様です」

 「公爵様が?」


 途端に険しくなる表情。レナは肯定するように頷いた。


 「公爵様がなんだってこんなものを」

 「やっぱり公爵様は私を殺そうとしたってことでしょうか」


 翠の率直な問いにノランとレナが目を向いた。


 「おまっ、そんな事冗談でもこんなとこで言うんじゃねえ」


 翠は周囲を見渡した。幸い騎士たちが遠巻きにしていたお陰で声は届いていなかったようだ。


 「すいません。でも他に理由が思い付かなくて」

 

 初対面だし、と言うとノランは分からんと頭を掻いた。


 「だが一つ言えることは、公爵様は間違っても人を毒なんかで殺したりしない。そんな卑怯な真似はしない。そもそもこいつで人なんか殺せねえ、精々出来て嫌がらせくらいだ」


 ノランは強い目で言い切った。

 翠はノランは自分が認めたプロフェッショナルな人だからと信用することにする。


 「だったらこれは嫌がらせってことですかね」

 「・・・知らねえよ」

 「と言うかそもそもこれは誰が作ったんですかね」


 翠が尋ねるとノランはレナに尋ねる。


 「公爵様が自分で作るはずはねえし、公爵邸でこんなもん作ったりしねえよな」

 「はい。それは間違いありません」


 何故レナが言い切るのだろうか。


 「レナは公爵様とも近しい間柄なの?」

 「近しい・・・そうですね。昔から大変お世話になっている方です」

 「お前まだそなんな」

 「それより、こんなものを好んで作るお方を一人だけ知っています」


 ノランはまだ何か言い足りない様子だったが、レナはこれ以上続ける気はないようなので、翠は次なる話題に乗っかることにする。


 「それってどんな人?」

 「薬を作るのが趣味の方です」

 「それってお前まさかあの人じゃねえだろうな」

 「そのまさかです」


 するとノランはあからさまに嫌そうな顔をした。しばらくあーだうーだ言いながら考えを巡らせているようだったが、それが落ち着くと、若干目を座らせて結論を言う、


 「まあ、でも確かに考えられるのはあの人しかいねえな」

 「で、そのあの人って誰なんですか? 薬師の方なんですか?」

 

 そう言われてノランはまだ言い渋った。


 「レナ」

 「・・・その方はこの国の魔法師団長をしている方で、公爵様とも古くからの友人で非常に優れた方なのですが」

 

 と気になるところでレナが言い淀む。


 「なのですが?」

 「・・・なんつうかな、確かに薬を作るのが趣味ではあるんだが、その薬が魔草を使った薬でな」

 「魔草? 普通の薬草とは違うんですか」

 「ああ。普通の薬草はそれぞれ持っている作用は微々たるもので、集めて煮詰めて収縮して掛け合わせたりなんかしてようやく効果を発揮するものがほとんどだ。だが魔草は違う、瘴気の影響を強く受けていて一つで致死を回復させる事ができる魔草もあれば、逆にひとかけで死に至る猛毒を持つものもある。ものによっては人を魔獣に変えるなんて言われている魔草もある」

 「そんなヤバい草を使って薬を作るのが趣味だと」

 「まあ言っちゃそうだな」


 ノランはまた頭を掻く。言いにくい事を言うときの癖のようだ。


 「またそれを自分とこの団員で実験するもんだからな」

 「ああ、嫌われていると」


 「酷い言われようだね」


 食堂の入り口から声がした。

 瞬間ノランとレナは立ち上がって背を伸ばした。

 何事だと翠は声のした方を見るとそこには全身黒ずくめの黒髪縁丸メガネの怪しい男が立っていた。

 その人物はゆったりとした足取りで近づいて来る。

 その度にレナとノランの表情が固まっていくのが分かった。

 異様な雰囲気に翠も立ち上がった方がいいのかと腰を浮かすとすかさず声がかかった。


 「立たなくていいよ。そのままそのまま」

 

 そう言われて翠は素直に座り直す。

 その人物は翠が座る食卓の前に辿り着くと、魔王かの如くゆっくりとした動作で翠を見た。

 レナとノランが素早く敬礼をすると、楽にしていいよの声で壁際に履けていく。

 一人食卓に残された翠は座ったままどうしたものかと考える。

 助けを求めてレナを見るが、要人の話は聞こえませんよとばかりに下を向いているため目が合わない。ノランを見ても苦い顔ばかりで助けてくれるつもりはないようだ。


 「初めましてミドリ様。嫌われ者の魔法師団長ヒューベル・バルトナーだ」

 「初めまして、篠崎翠です」


 翠は何事もなかったように笑顔を貼り付けた。



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