14.プロフェッショナルな人が好き
ボア肉のコチャップ煮が出来上がる頃には、丁度良いお昼の時間になっていた。
ボアを煮込んでいる間、ノランは手際良くパンを焼いたり、スープを作ったりした。翠は気になる事はその都度聞きつつ、ノランの作業を見守った。簡単な作業などは手伝いたかったが下手に近づくとケガをしそうで遠巻きにするしかなかった。
実に豪快な料理だった。
そうこうしているうちに休暇中であろう騎士たちが食堂にやっていたので、翠は配膳を手伝う事にした。
ご飯を受け取りに来た全ての騎士が翠とレナを見てギョッとした顔をして、だが何も言わずに去っていく。あれだけ驚いたならひとりくらい声をかけても良さそうなのに、みんながみんな見てはいけないものを見たかのように去っていくので、翠は厨房には女性が入ってはいけなかったのだろうかと首を傾げた。
「厨房は女人禁制とかって決まりはある?」
レナに聞くと小さく首を振った。
「いえ、騎士宿舎に女性がいる事がほぼありませんので皆驚いてはいるでしょうが、おそらく騎士たちが気になっているのは別の事です」
「別の事?」
「はい、ですがミドリ様には興味深々なようですので、後で釘を刺しておきます」
そう言われて翠が座って食事中の騎士たちを見ると、目があった事に驚いて次々に目を逸らしていく。その様子がおかしくて翠は食堂に来ている騎士全員を見回していると、レナに揶揄うなと釘を刺されてしまった。
「悪いな最後まで手伝わせちまって」
ノランは食器を片付ける翠に申し訳なさそうに声をかけた。
「いえ、今日は色々教えてもらったのでこれくらいさせて下さい」
片付けの手際はいいですから、と翠は自慢げに言う。これでも800人の昼食を作るのが仕事だったのだ。数十人分の片付けなど鼻歌を歌いながらでも出来る。
今の翠には労働しか返せるものはない。返せるものは返せる時に返しておかないと、いつ異世界に飛ばされるか分からないからね。と翠は心の中で思う。
「じゃあ今やってるのが終わったら、飯食ってくれ」
そう言ってノランさんはチーズたっぷりのパンと煮込み料理の残りを用意してくれた。それを見て、湯気が出ているうちにただかなくてはと張り切って作業を終わらせる。
翠とレナは食堂にお邪魔して並んで座っている。レナは一緒に食べるのを拒んだが、翠がお願いすると渋々ながらも承知してくれた。
ボアのコチャップ煮は旨みが強くずっしりとした味わい。肉体本分の騎士にとってはエネルギーになりそうな料理だ。
「美味しい。きっとあの豪快さも料理の一部だね」
翠が言うと、レナは少し笑って小さく「はい」と言った。
レナの笑顔は花が綻ぶような柔らかさだった。
「どうだ! 美味いか?」
翠たちの向かいにノランが昼食を持って腰掛ける。
「ノランさん」
レナが咎めるように言う。
「いいじゃねーか、なあミドリ」
「はい、ノランさんも一緒に食べましょう。コチャップ煮とても美味しいです」
「そうだろ。ノランでいいぞ」
「それはちょっと」
「なんでだよ」
外人の距離の詰め方が新鮮だと思うし悪い気はしないが、それとこれとは別問題。
「そう言えば、ノランさんとレナって以前から親しい間柄なんですか?」
グフッとノランは食べたものを詰まらせた。
おかしな質問をしたつもりは無かったが、ノランの認識は違うようだ。
ノランとレナがなにやら意味ありげな目配せをした後、ノランが口を開く。
「まあ知り合いは知り合いだな。こいつが小さい頃から面倒見てたからな」
「ノランさん」
「おっと」
ノランは口を滑らせたと慌ててご飯を掻き込む。
恐らく二十歳にも満たない美しい女性と料理人のおっさんにどんな過去が、と思わなくもないが翠も話したくない事を無理矢理聞き出す趣味はない。
「そうだレナ、あのジャム持ってる?」
「・・・持っていますが」
何をするんですかと暗に目が語っている。
「いや、ちょっとノランさんに聞きたいことがあって」
そう言うとレナは渋々スカートのポケットから瓶を取り出して食卓に置く。
いつ見てもジャムあるまじき鮮やかな青だなと、ついつい見入ってしまう。
「なんだそれ」
ノランが興味を示す。
「一風変わったジャムです」
翠はジャムの瓶を開けると、厨房からこっそりと持ち出したスプーンで素早く掬って口に含む。
「ミドリ様!」
レナが悲鳴に近い声をあげて翠から慌ててスプーンを奪い取る。
やっぱり美味しい。瓶丸ごとでも一気喰いできそうだ。
レナは一人慌てた様子で「吐き出して下さい!」「何を考えているのですか!」などと一通り翠を攻めた後、水を持ってきます! と走って厨房に向かった。
「なんだあいつあんなに慌てて。そのジャムがどうしたってんだよ。確かに見たことない色してるけど」
「これはある方から頂いたもので、私は不本意ながら美味しいと感じるんですけど、他の人は違うようなんです。ノランさん試食してみませんか?」
翠はもう一本のスプーンを取り出してノランに差し出す。
「それは興味あるな」
ノランはその性格同様豪快に掬って口に含む。
ノランさん!と遠くからレナの悲鳴が聞こえる。と同時にノランは乱暴に立ち上がったかと思うと、全てを薙ぎ倒す勢いで中庭に駆けていく。
脚を負傷しているとは思えない瞬足で水場まで行くと、そこでようやく口の中身を吐き出た。水を含んでは吐き出しを繰り返して、荒く深呼吸しているのが遠くからでも見て取れる。
それを見て翠はプロの料理人だな、と感心していた。
すぐ隣の厨房に水道があるのにわざわざ外に行くなんて。
ノランは翠に信用できる人物の称号をあたえられた。




