表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

10.公爵再び

九話の最後を変更しました。



 

 この空気、二日連続で味わうとは思わなかった。


 翠は紅茶のティーカップを傾けながら、しみじみとこの空気を味わっていた。

 目の前のソファに座る藍色髪の麗しい公爵様は、昨日以上に不機嫌なご様子だ。

 無理もない。またご飯を食べ損ねたらしい。


 「だから言っただろう、騎士を置けと」


 不機嫌かつドスの利いた声に胃がすくみ上がる。


 確かに昨日、公爵は執拗に騎士とメイドを置くように言っていたが翠がそれを頑なに断った。

 翠をどうにかしようなんて人がいるとは思えなかったからだ。

 だから今更ミルキオラの存在を失念してとは言えない。


 「殺しに来た相手と朝まで同じベッドで寝るなどどう言う神経をしてるんだ」


 ぐうの音も出ないとはこの事だ。

 しかしこればかりは仕方がない。あれほど神経が図太いなんて自分でも知らなかったのだ。

 翠は顔に笑みを貼り付けた。自分が悪いときは笑顔で乗り切るに限る。


 なにせ公爵は知らせを聞いてすぐに駆けつけてくれたらしいのだ。

 心配してくれる相手には腹が立っても感謝をしなければ。


 「まさか私を聖女と勘違いして殺しに来るなんて誰も予想できませんよ」

 「全くだな」


 さっきまでの感謝の心を忘れて翠は公爵を恨めしい目で見る。

 何で殺されそうになった側が怒られないといけないんだ。

 

 「でも自分で何とかできましたし、怪我もないですから公爵様もお戻りになって大丈夫ですよ」

 

 投げやりに翠が言うと、公爵は無言の圧を向けてくる。


 何、他に何か用事がありますか?

 



 考えてもわからない事は考えないに限る。

 翠はお腹が空いたので朝食をいただく事にする。

 翠の起床を待っている間にメイドが準備してくれていたものだ。ひと騒動あったので新たに作り直してくると提案されたが、翠はそれを断ってテーブルに並べてもらった。

 毎回到底食べ切れない量が運ばれてくるが、余ったものは使用人同士で分けて食べているらしいから口出ししない。

 こんな贅沢な暮らしは今後味わえなくなるだろうから今は堪能するに限る。


 翠は不機嫌な公爵を無視してスコーンを手に取る。

 いくつかの種類に分けられているジャムを選んでいると、公爵は一つの瓶を懐から取り出して翠の前に置いた。


 「これは何ですか?」

 「フィゴの実のジャムだ」


 フィゴの実、当然聞いたこともない名前だ。真っ青なジャムの中に黒いつぶつぶしたものが見える。食べ物としては毒々しいが、非常に綺麗な色をしている。


 「おすすめなんですか?」


 公爵がわざわざ懐に入れて持参するほどジャムに拘りがあったなんて意外だ。翠が意外そうにしていると公爵が淡々と言う。


 「いいから食べてみろ」


 なんだか試されている様な気分だが、お勧めされたものを知らないからと拒絶する翠ではない。

 翠はちぎったスコーンの上にスプーンで掬ったジャムを乗せる。

 若干一口で食べるには厳しいサイズになったスコーンを翠はどうしようか一瞬迷ったが、食べれると判断して一気に掘り込んだ。


 一口噛んだ瞬間、翠の目は輝いた。

 舌に広がるフルーツの優しい甘さとスコーンの味が合わさって非常に美味しい。ジャムの中にあった黒いつぶつぶがプチプチといいアクセントになっている。食感はイチジクに似ているが味も香りも日本では味わったことのないものだったが不思議と体に染み入る様な美味しさだ。非常に翠の好みだと言える。

 幸せそうに食べる翠の姿を公爵がずっと見ているので、翠は自分ばかり味わってはいけないと思い、ありがとうの気持ちを込めて瓶を公爵の前に置く。


 「美味しいか」


 翠は素直に頷く。


 「はい、すごく美味しいです。食べたことのない味ですけど、何だか身体が嬉しくなるような美味しさですね。何よりこのつぶつぶが良いです」

 

 そう言うと、何故か公爵は今まで無いくらい表情を無にして言った。

 

 「お前は一体どこまで本気なんだ」


 あまりの怒気に翠の思考が一瞬停止する。

 再開したはいいが、ジャムの感想の事だろうかと考える。今の会話でそれしか思いつかないから仕方がない。


 「・・・全部本気ですけど」


 ギリッと公爵はテーブルの上に置いていた右手を握りしめた。

 

 「お前は何処まで人を馬鹿にすれば・・・」

 「何がですか? 何か失礼なことがあったなら言って下さい」


 何が悪いのか本気で分からない翠は、助けを求める様に控えているメイドに目を向けるが、そのメイドも公爵が怒っている理由が分からず困惑気味だ。

 

 「お前は何故ここに居る!」

 「は、え? いやだからそれは王太子が・・・」


 翠が言い切る前に公爵は荒々しく席を立つと怒りの理由も何も告げず部屋を出て行った。


 「え、ちょっ・・・」

 

 ぽかんと口を開けたまま翠は数分固まっていた。


 「ミドリ様」


 メイドに声をかけられてようやく我に帰る。


 「何か私、怒らせる様な事をしたんですかね」

 「いえ、そうは見えませんでしたが」

 

 メイドも心底分からないと首を傾げる。

 冷めた紅茶を入れ直してもらっている間考えたが何も思いつかない。

 置き去りにされた公爵持参のジャムを翠は手に取る。

 

 「これ、公爵様の忘れ物です。返してもらっていいですか?」


 そう言ってメイドに渡すとメイドの顔がますます怪訝になる。


 「フィゴの実のジャムだそうです」

 「フィゴの実ですか!?」


 驚くほど貴重な実なのだろうか。


 「高価な実なんですか?」

 「いえ、フィゴの実自体はわりと簡単に採ることができます。ですが」

 「ですが?」

 「あまりの苦さで人間どころか魔物でも食べる事はありません。潰すと香りは良いのでむしろ畑などの害獣対策に使われるものです」

 「・・・害獣対策」


 まさか公爵は翠を害獣として退治しに来たのだろうか。

 それを美味しいと言いながら笑顔で食べているから怒ったのか?


 (え、仕事調理師だったんだけど、この世界で私の舌が馬鹿舌になったの?) 


 異世界にきて一番の絶望を翠は味わっていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ