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1.確かに人生やり直そうと思ったけど、そうじゃない

 転職しよう。

 そうしよう。

 

 通常業務終わりに上長から応援要請が来て、残業を余儀なくされた帰り道。篠崎翠は頭の中で同じ言葉を繰り返していた。

 


 いいように使われている。そう感じ始めたのが2年前で、人手不足だが人並み以上の責任感で現在まで不満を抱えながらも仕事をこなしてきたけど、もう限界だった。

 人手不足は解消されない、責任は上がっても給料は上がらない。自分の利益にならない奉仕をして何になると言うのか。


 仕事に追われて体力も精神もギリギリで、折角の休みもどこに行く気も起きず家の中でパズルゲームや動画を永遠と見続けて気がついたら日が暮れているなんてざらで。好きだった小説やアニメを見ても心が動かず、プライベートで人と関わる事も億劫になってますます引き篭もりが加速していく日々。


 仕事を辞めたいばかりに婚活に走り、会う人会う人変な人ばかりで余計に自信を失い、自暴自棄になる日もあった。


 でも途中で自分が楽になりたいばかりに他人を当てにしている事に気が付いて、婚活は一年でスッパリ辞めた。


 人を当てにして得たものできっと私は満足しない。

 でも、自分が愛されて幸せになる未来が見えなくなっている。



 ・・・転職したらどんな生活を送ろうか。

 転職すると心に決めると幾分、心が軽くなった。

 学生の頃は美術が好きだったし、絵画教室にでも通ってみようか。

 そう考えただけで、暗い夜道も少し優しく感じられた。

 秋の夜の冷たい空気を肺いっぱいに吸い込むと、翠はぐいっと口角を上げた。


 「もう私は頑張らないぞー!」


 まずは心に決める。

 頑張りません、私を好きなるまでは。

 

 最近じゃ動画を開くと自己啓発系の動画がトップで出てくるようになっている。あと星座占いと。

 間違いなく病んでる自覚がある。

 まずは自分を癒そう。

 翠はそう心に決めて少し軽くなった足取りで、ある場所に方向転換した。


 一年ほど前に見つけた雰囲気最高な小さなイタリアン。 

 店主の醸し出す雰囲気が落ち着いていて、その空間にいるだけで癒される私のオアシス。そして何よりそこで働いているバイトの結依ちゃん。元気で明るくて溌剌としていて、あの子の働く姿を見るだけで元気が出るのだ。

 腕時計に目をやる。


 「10時15分か、」


 残念、高校生の結依ちゃんはもういないか。

 でもまあ良い。

 翠は決めた道を迷わず歩いた。決めたら突き進む。そう言う性分なのだ。

 あの角を曲がったらもうすぐ店だ。そう思って歩調を早めると、曲がり角で人とぶつかった。


 「きゃっ」

 「うわっ」


 若さは咄嗟の叫び声に出る。そんな事が頭を過った。余計な思考を振り払って慌ててぶつかった相手に謝ろうと口を開けけると、それより早く聞き慣れた声がした。


 「翠さん⁉︎」


 顔を見て自然と顔が綻んだ。


 「結依ちゃん! ごめんねぶつかっちゃって。怪我してない?」

 「全然平気です。それより翠さんは大丈夫ですか?」


 トレードマークのポニーテールを右に揺らして聞いてくる。制服姿に小動物のような仕草で今日も可愛さが爆発している。


 「全然大丈夫。結依ちゃんは今帰り?」

 「そうです。翠さんは今からお店ですか?珍しいですねこんな時間に。お仕事ですか?」

 「そうなのよ。残業で遅くなっちゃったからご飯食べて帰ろうと思って」


 そう言うと、結依は目に見えて残念そうな顔で言った。


 「翠さんとお喋りできなくて残念です。今度はもっと早く来てくださいね」


 私は口説かれているのだろうか。

 クッ、やめろ、私は女色ではない。


 冗談はさておき、


 「次はもっと早い時間に来るから、その時に存分に話そ。それより今から帰りなら気を付けてね。最近物騒だからさ」

 「はい、翠さんも気を付けてくださいね」


 良い笑顔で結衣が言うと、お互い道を譲り合ってすれ違う、筈だった。


 カッ


 と音が鳴りそうなほど激しい光が視界を襲った。

 キャッ、と結依の声が聞こえる。

 車が突っ込んできたのか⁉︎

 咄嗟に翠は結衣の腕を掴んで引き寄せた。

 目を塞いでも眩しさが消えない。

 翠は刺すような光を感じる間結衣を抱きしめてそれが収まるのを待った。


 どれほどの時間が過ぎたのだろうか、徐々に煩かった光が弱まり辺りは静寂を取り戻していく。


 「・・・何だったの」


 衝撃はない。ただの電気系統の故障か?

 恐る恐る顔を上げて固まった。


 (なに・・・・・・何処ここ)


 冷たくて硬い石畳。等間隔に並んだ白い柱は西洋の神殿を思わせた。

 しかし薄暗く、妙に湿り気のある空気がこの空間の不気味さを増長させていた。

 何より、翠を取り巻く黒い人影。

 

 「みどりさんっ、何ですかこれっ」

 

 「「「おおおーーー」」」


 結衣が声を発した瞬間、今まで静寂を保っていた人々が声を感嘆の声を上げた。

 その声に驚いた結衣が身を強張らせたので、翠はさらに腕に力を込めた。

 よく見ると黒いローブに包まれた人たちの後ろにも人がいる。顔立ちは外国人。騎士服や司祭服、中世ヨーロッパの貴族のような出立ち。


 「成功だ!」

 「本当に成功した!」

 「聖女様だ!」

 

 翠は聞き捨てならない言葉を拾った。

 

 (聖女?)


 猛烈に嫌な予感を覚えた。

 ちょっと待って、私は30年間外国語の勉強を拒否してきたジャパニーズだぞ。なんでいかにも外人の口から日本語が聞こえるんだ。と言うか私の耳がおかしくなったのか。


 「これはどう言うことだ! なぜ二人もいる! 召喚は成功したのではないのか⁉︎」


 湧き上がる歓声を切り裂いていかにも神経質そうな声が響く。

 人だかりを割って現れたのは、いかにも王子然とした嘘みたいな赤い髪に青い眼をした青年。

 なぜかそこだけキラキラと輝いて見える。


 なに、目までおかしくなったの⁉︎

 

 翠が目を瞬かせていると、司祭服がはち切れんばかりの男が脂汗を拭きながら前に出た。

 

 「王太子殿下。聖女様召喚は間違いなく成功しております。その証拠に聖石がしっかりと反応しております」


 そう言って手に持った、淡く虹色に輝く透明な石を見せた。

 その光は幻想的で、思わず息を呑んだ。

 よく見るとその光はキラキラと宙にまで光を漂わせ、その光は見間違いでなければ翠の腕の中に真っ直ぐに吸い込まれていく。


 ・・・なんか嫌な予感するわぁ。

 

 翠は今すぐにでも思考を放棄したい衝動にかられた。

 聖石の光は間違いなく結依ちゃんに吸い込まれている。

 このパターンってあれだよね、あれですよね、そうですよね。


 「だと言うならばこの女は何だ?」


 王太子ははっきりと翠の目を見て言った。

 

 そうですよね。

 聖女召喚の儀式に王太子がいて、聖女がいて、手と手を取り合ってキャッキャウフフで世界を救うんですよね。そんな展開ですよね。


 

 最悪じゃん。

 

 いや、ちょっと待って。

 受け入れられないわー・・・。

 完全に巻き込まれじゃん。

 私関係ないじゃん。

 確かに自分の人生やり直そかな、って思ったよ。思って転職も決めたよ。

 これから美味しいものでも食べて、撮り溜めしてたドラマとかアニメとか見て、ゆくゆくは絵画教室にも通ってこれから自分の人生謳歌しようって思ってたよ。

 

 え、異世界? 人生のやり直し異世界?

 

 ちょと方向転換したかっただけでゼロから人生やり直したいとか思ってないんですけど。


 いやいやいやいや、ちょっと待って、ムリムリムリムリ。


 無理やでー。なんも追いついてこんで。

 

 私言いましたよね、

 大きな声で言いましたよね、神様。

 

 頑張らないって言いましたよね神様!?

 

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