第3話 旅立ち
あれから数日が経った。
僕は毎日、オーディンの装備を見つめながら、何も手につかない日々を送っていた。前に進むと決めたはずなのに、最初の一歩が踏み出せない。
そんな朝、ドアを叩く音で目が覚めた。
カーテンの隙間から鋭い朝日が差し込んでいる。
ガリウスさんにしては、時間が早すぎる気もする。
そんな疑問を抱きながら階段を降りた。
「クラルス・イロアス様。お迎えに上がりました、フォルセティと申します」
お迎え? 何のことだ?
「あの、僕に何か用ですか?」
「クラルス様には、魔法学園に通ってもらいます」
魔法学園。王都の魔法都市にある学園だったはずだ。
後ろから母の足音が近づいてくる。
「ちょっと、いきなり家に押し掛けてきてなんですか? そもそも、あなたは何者ですか?」
「お初にお目にかかります。私は、オーディン・レオンハルト様の側近をしていた者です」
オーディンの側近か。この人なら、何かを知っているのかもしれない。
「フォルセティさんね……すみません、すっかり忘れていました。でも、私の認識では、その話はなかったことになったはずです」
僕には何の話かさっぱりだ。
そんな僕を見かねたのか、フォルセティさんが説明してくれた。
「元々は、十年から十五年ほどかけて、オーディン様がクラルス様に稽古をつけるという計画でした。しかし……」
オーディンは死んだ。
恐らく、この計画もオーディン自身で考えたものだろう。
……いつも、なぜオーディンが自殺したのか。というところに辿り着く。
理由なんて考えても仕方がないけど、意図が読めない。いや、意図なんてないのかもしれない。
「クラルス様はまだ十五歳です。まだ猶予は残されていると判断いたしましたので、魔法学園にて力を付けていただきたいと考えております」
「わかりました。僕も、自分が力不足であるということを理解しているつもりです。でもその前に、なぜここまで急ぐ必要があるのか教えてください。フォルセティさんの話を聞いていると、切羽詰まっているように思えます」
僕よりも優れている人なんて、世界中を探せばすぐに見つかる。なのに、僕である理由はなんだ?
「結論から申し上げますと、それについて話すことができません」
「何でですか?」
そう尋ねると、母が答えた。
「神託でしょう。オーディンから聞いたことがあります」
神託……。
「その通りです。十六年前、私は神託を授かりました。しかし、内容を伝えることができないのです。声に出しても、私の話を聞いた人の頭の中に、被せるように別の声がするそうです」
実際に彼女が神託について話すと、頭が引き裂かれるような感覚に襲われた。
無数の声が、脳に直接流れ込んでくる。
幾重にも重なる声が、すべてをかき消し合い、意味をなさない。
フォルセティさんの話が終わり、音が脳を抜けていく中で、一つの単語が頭の中に残った。
『狂気の仔』
フォルセティさんの声ではなく、無数に流れるノイズからこの単語が聞こえた。
神託の内容? この場に居る誰か? はたまた、まったく関係のない事?
意味までは理解することができなかった。
「――では、明日改めて伺わせていただきます。準備は済ませておいてください」
「わかりました」
結局、この日は旅路の細かい予定を決めて解散した。
何故か、さっきの単語が気になって仕方がなかった。
「服はこのケースに詰めといたからね」
「母さんは王都に行かないの?」
母は、手を動かしながら答えた。
「クラルスが居なくなって、私まで王都に行っちゃったら、誰がこの村を守れるのよ。村の人たちには世話になったし、何よりも、あなたが帰ってくる場所がないと寂しいでしょ?」
確かに、この家には思い出がある。この村にも。
「心配することないわよ。私は大丈夫。自分の事も心配しなさいよ」
「それもそうだね。……僕は英雄になれるのかな?」
そう漏らすと、母は目を見て、はっきりと言った。
「英雄になんてならなくてもいい。あなたは、自分を大切にしなさい」
母の目には涙が浮かんでいた。
「……ありがとう。母さん」
ほどなく、旅立ちの準備を終えた。
最後の夕飯を食べ、眠りに就いた。
翌朝、時間通りにフォルセティさんが迎えに来て、外に出る。
「母さん、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
母は優しく微笑んでいた。
「では、お乗りください」
馬車に乗るのは初めてだな。案外、乗り心地がいい。
「王都までは、ここから十日ほどです。長いですので、ゆっくりお休みになってください」
ただでさえ小さい村が、だんだんと小さくなっていく。
やがて、草原の地平線に飲み込まれていった。
「クラルス様、そのペンダントはどこで手に入れたのですか?」
フォルセティは、首にかかっているペンダントを見ていた。
「これは、誕生日にガリウスさんから貰ったものです。綺麗ですよね」
着けているペンダントを取り、フォルセティさんに渡した。
すると、赤色だったペンダントが、青色へと変化した。
「この石は五輝石といって、クラルス様は火属性の赤。私は水属性の青。と、所有者の魔力適正によって色が変化するんです。とても珍しいものですよ」
「そうなんですね」
ガリウスさんも火属性だから、僕が着けても変わらなかったんだ。
この石のことを知ってて僕にくれたのかな?
今度会ったときに聞いてみよう。
……会話が途絶えてしまった。
オーディンについて色々聞きたいことがあるのに、切り出せない。
僕は自分から話を振るのが苦手ということがわかった。
十日間もずっと、この状態なのか?
居心地はとても悪い。




